カリーナED(カリーナイーディー、Carina ED)は、トヨタ自動車が1985年から1998年まで生産・販売していた4ドアハードトップ型の普通乗用車である。
セリカのプラットフォームを流用した4ドアハードトップである。取扱店はカリーナ同様トヨタ店。ただし、東京地区では1989年までトヨペット店と併売、大阪地区ではトヨペット店扱いであった。
初代モデルは1985年登場。CMでは「4ドアでありながら、クーペのフォルム。」と謳われるなど徹底的に耽美性を追求し、クーペ並みの低い全高に強く傾斜した前後ピラー、富士山型の小さなキャビンと高めのベルトラインを持つプロポーションを特徴としていた。反面、4ドア乗用車としての実用性および後席居住性には難があった[1]が、その流麗なスタイリングはコロナセダン/カリーナセダンの熟年層向けイメージを覆し、動力性能においても2Lのツインカムエンジンが搭載されるなど、ハイソカーブームの波に乗って若年層にも絶大な人気[2]を博した。なお、歴代を通して後期型はリアガーニッシュ部のEDロゴが発光、テールレンズ全体に黒い縁取りがなされた。
1989年登場の2代目では、プラットフォームを共有する姉妹車として「コロナ」の名を冠したコロナEXiVが追加された。
しかし1990年代以降、日本の自動車に対する価値観が居住性や実用性を重視する方向へと変化したことや、側面衝突時や横転時の安全性確保の観点からハードトップが敬遠されるようになった結果、コロナEXiVとともに1998年をもって生産を終了した。
3代目カリーナ3ドアリフトバッククーペの事実上の後継にあたり、セリカ/コロナクーペとは姉妹車の関係にある。
発売当時、他に類を見ない車高を低く抑えたデザインと、4代目セリカのプラットフォームを流用したトヨタ初の4ドアピラーレスハードトップが話題となり、記録的なセールスで「トヨタの傑作」とまで言わしめた。意匠設計の木村徹(後に同社デザイン研究所長・デザイン部長・理事を経て名古屋工業大学大学院教授)は、この大ヒットにより社長特別表彰を受けている。
初代カリーナEDが登場した当時は上述のとおりハイソカーブームの真っ只中でありながら、マークⅡ3兄弟より100万円近く安価だったことからカリーナEDも爆発的な人気を博したため、日産・プレセア、マツダ・ペルソナ、三菱・エメロードなど同様のコンセプトを持つ車種が日本国内各社から続々と登場することとなった。またトヨタ自動車からも、カリーナED/コロナEXiVよりも下のクラスの新規車種としてカローラセレス/スプリンターマリノが登場している。また、ボディサイズの割に室内が狭いハードトップ車という意味からすれば、マークⅡ3兄弟や日産・ローレルなどの高級セダンにも影響を与えたと捉えることもできる。
2000年代以降、メルセデス・ベンツ・CLSのヒットを機に欧州メーカー各社が「4ドアクーペ」と呼ばれる車種を次々と登場させたことから、カリーナEDはその先進的なコンセプトを持った車種であったと評価されることもある。
EDはExciting Dressy(エキサイティング・ドレッシィ=刺激的でしゃれている)を略したもの(カリーナは英語で竜骨座の意)。
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