鴨田南町(かもだみなみちょう)は愛知県岡崎市岩津地区の町名。丁番を持たない単独町名である。
地理
岡崎市の北西部に位置する。
番地
世帯数と人口
2019年(令和元年)5月1日現在の世帯数と人口は以下の通りである[3]。
人口の変遷
国勢調査による人口の推移
小・中学校の学区
市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[11]。
歴史
額田郡鴨田村を前身とする。8世紀中頃に、額田八郷の一つとして鴨田郷ができた[12][13]。
中世、1467年、鴨田郷に分立されていた松平氏第4代松平親忠が、井田野合戦で勝利したのち戦死者を弔うため井田野の地に念仏堂(現西光寺)を建立し、千人塚を築いた。西光寺は岡崎観光きらり百選に、 千人塚は市指定史跡[14]に、それぞれ選定されている。松平氏菩提寺の大樹寺を建立したのも松平親忠とされる[15]。
1560年桶狭間の戦いで敗れ、大高城から敗走して来た松平元康(後の徳川家康)が大樹寺に逃げ込み、自害を図ろうとしたところ、住職の登誉に諭されて思い留まったと伝わる[16]。
江戸時代には大樹寺領及び鴨田天満宮領となる。1878年に門前村と合併。1889年周辺の薮田村、百々村、瀧村、東阿知和村、井田村ともに大樹寺村と合併。その後額田郡岩津町を経て、1955年から岡崎市鴨田町となる。
1976年岡崎都市計画中部土地区画整理事業により井田新町が分離。1978年同事業により鴨田南町、寿町、大樹寺1丁目、同3丁目、薮田1丁目が分離。同年東阿知和土地区画整理組合の事業により堂前町が分離[1]。
町名の変遷
交通
- 道路
施設
その他
日本郵便
脚注
参考文献
関連項目