ウルドゥー文字 (ウルドゥーもじ、ウルドゥー語 : اردو حروف تہجی )とは、ウルドゥー語 を表記する表記体系であり、アラビア文字 から発展したペルシア文字 を基本とした、38文字からなるアブジャド である。右から左へ書かれる。
概要
南アジアは、10世紀末のガズナ朝 による侵攻に始まり、デリー・スルタン朝 時代にイスラーム 勢力の配下に置かれた。とくに、ムガル帝国 では大々的にペルシア語 文化が持ち込まれた。1648年 にムガル帝国の首都はデリーに移り、デリー方言を基本にして、ペルシア語の影響下にウルドゥー語が成立した。このため、ウルドゥー文字もペルシア文字を元にしているが、ウルドゥー語の音韻体系に合わせ、いくつか字母・記号が追加されている。
また、基本書体も、ペルシアで発展したナスタアリーク体 である。現在のペルシア語はナスフ体 で印刷されることも多いが、ウルドゥー語ではいまでもナスタアリーク体を主に使用する。
字母
以下に、38字母とその名称を記す[ 1] 。文字名称の baṛī は「大きい」、chōṭī は「小さい」という意味。33番目と38番目の文字は、それぞれ語末でのみ32番目・37番目の文字と区別される。
番号
独立形
音
文字名
末字形
中字形
頭字形
1
ا
(母音)
alif
ـا
2
ب
b
bē
ـب
ـبـ
بـ
3
پ
p
pē
ـپ
ـپـ
پـ
4
ت
t
tē
ـت
ـتـ
تـ
5
ٹ
ʈ
ṭē
ـٹ
ـٹـ
ٹـ
6
ث
s
sē
ـث
ـثـ
ثـ
7
ج
dʒ
jīm
ـج
ـجـ
جـ
8
چ
tʃ
cē
ـچ
ـچـ
چـ
9
ح
h
baṛī hē
ـح
ـحـ
حـ
10
خ
x
xē
ـخ
ـخـ
خـ
11
د
d
dāl
ـد
12
ڈ
ɖ
ḍāl
ـڈ
13
ذ
z
zāl
ـذ
14
ر
r
rē
ـر
15
ڑ
ɽ
ṛē
ـڑ
16
ز
z
zē
ـز
17
ژ
ʒ
žē
ـژ
18
س
s
sīn
ـس
ـسـ
سـ
19
ش
ʃ
šīn
ـش
ـشـ
شـ
20
ص
s
svād
ـص
ـصـ
صـ
21
ض
z
zvād
ـض
ـضـ
ضـ
22
ط
t
tōē
ـط
ـطـ
طـ
23
ظ
z
zōē
ـظ
ـظـ
ظـ
24
ع
ʔ
ain
ـع
ـعـ
عـ
25
غ
ɣ
γain
ـغ
ـغـ
غـ
26
ف
f
fē
ـف
ـفـ
فـ
27
ق
q
qāf
ـق
ـقـ
قـ
28
ک
k
kāf
ـک
ـکـ
کـ
29
گ
ɡ
gāf
ـگ
ـگـ
گـ
30
ل
l
lām
ـل
ـلـ
لـ
31
م
m
mīm
ـم
ـمـ
مـ
32
ن
n
nūn
ـن
ـنـ
نـ
33
ں
(鼻母音化)
nūn-e-γunna
ـں
34
و
v, oː, ɔː
vāō
ـو
35
ہ
h
chōṭī hē
ـہ
ـہـ
ہـ
36
ھ
(帯気音 )
dō cašmī hē
ـھ
ـھـ
ھـ
37
ی
j, iː
chōṭī yē
ـی
ـیـ
یـ
38
ے
eː, ɛː
baṛī yē
ـے
ペルシア文字との違い
そり舌音 を表すために、以下の3文字が追加されている。
35番目の ہ (chōṭī hē ) は、字形が(とくに頭字形で)ペルシア文字のもの(ه )と異なっている。
36番目の ھ (dō cašmī hē 。dō cašmī は「めがね」を意味する) は、子音字と組み合わせて帯気音 をあらわすために使用する。単独の字形はペルシア文字の ه の頭字形に似ており、繋げて書いた際も頭字形と中字形は同じ形だが、尾字形は ه の場合と違って中字形と同じ形になる。
文字
کھ
گھ
چھ
جھ
ٹھ
ڈھ
ڑھ
تھ
دھ
پھ
بھ
مھ
نھ
رھ
لھ
يھ
音価
kʰ
gʰ
tʃʰ
dʒʰ
ʈʰ
dʒʰ
ɽʰ
t̪ʰ
d̪ʰ
pʰ
bʰ
mʰ
nʰ
rʰ
lʰ
jʰ
33番目の ں (nūn-e-γunna , 点のない ن )は、鼻母音 を表すためにあるが、語末以外では通常の ن を使用する。
38番目の ے (baṛī yē ) は、語末の母音 eː, ɛː を表すが、語末以外では通常の ی を使用する。
現代ペルシア語では غ と ق が同音になっているが、ウルドゥー語では両者を区別する。ただし実際には ق は k (閉鎖音の前では x, ɣ )に合流していることが多い[ 2] 。
デーヴァナーガリーとの違い
ヒンディー語 とウルドゥー語は日常語レベルでは同一言語といってよいが、ヒンディー語は左横書きのデーヴァナーガリー で書かれる。デーヴァナーガリーはアブギダ であるため、母音の表記方法はまったく異なる。
ウルドゥー文字であらわされる子音のうち、[q x ɣ f z ʒ] は借用語にのみ現れる。デーヴァナーガリーの場合、これらの音をあらわすには、それぞれ k kh g ph j に点(ヌクター)を加えた क़ ख़ ग़ फ़ ज़ を使うが([ʒ] は通常 [z] と区別されない)、実際には点を打たず、k kh g ph j とつづりの上でも音の上でも区別しないことが多い[ 3] 。
デーヴァナーガリーにある鼻音字 अं ङ ञ ण (ṃ ṅ ñ ṇ ) はウルドゥー文字には存在せず、すべて ن (n ) と書く。サンスクリットからの借用語にあらわれる ऋ (r̥ ) ष (ṣ ) はそれぞれ ر (ri ) ش (š ) と区別せずに書く。例:کرشن (krišn = kr̥ṣṇ , クリシュナ )。デーヴァナーガリーのつづりも、元のサンスクリットの音の区別を保存しているだけで、発音上は区別されない[ 4] 。
補助記号
記号
音
名称
اٙ
ɑː
alif mad
ء
ʔ
hamza
ّ
(重子音)
tašdīd
َ
ə
zabar
ِ
ɪ
zēr
ُ
ʊ
pēš
ۡ
-
jazm
ً
ən
tanvīn
ハムザ は、母音が2つ続くときに、後ろの母音字の上に置かれる。イザーファト(エザーフェ )を表すときに、読まない ہ で終わる語にはハムザを加える。また、アリフで終わる語にはハムザつきの ی を加える。子音で終わる語では zēr でイザーファトを表すことがある。
子音の後ろに母音が続かないことを示す jazm は、ペルシア文字のものと形が異なる。母音記号や jazm がつけられることは、辞書の中などを除くと、ほとんどない。tanvīn はアラビア語由来の副詞につけられる。
母音の表記
ウルドゥー語には a [ə] , i [ɪ] , u [ʊ] の3つの短母音と、ā [ɑː] , ī [iː] , ū [uː] , ē [eː] , ai [ɛː] , ō [oː] , au [ɔː] の7つの長母音がある。
語頭の短い母音(a i u)は、ا で表す。語頭の長母音は آ (ā ) ای (ī, ē, ai ) او (ū, ō, au ) を表す。
語頭以外では短い母音は表記されず、長い母音は ا (ā ) ی (ī ) ے (ē, ai ) و (ū, ō, au ) と表記する。
数字
左から右へ書くインド数字 を使用するが、アラビア語で使うものとは字形が異なり、ペルシア語で使うものとも少し異なる(特に 4, 6, 7)。
0
1
2
3
4
5
6
7
8
9
アラビア
٠
١
٢
٣
٤
٥
٦
٧
٨
٩
ペルシア
۰
۱
۲
۳
۴
۵
۶
۷
۸
۹
ウルドゥー
発音のずれ
アラビア語やペルシア語からの借用語は、基本的にもとのつづりのまま表記されるため、表記と実際の発音の間にずれが起きる場合がある。
借用語にのみ現れる音のうち、[q] は [k] (閉鎖音の前では [x, ɣ] )、[ʒ] は [z] として発音されることが多い[ 2] 。[ʔ] は通常発音されないが、母音のあとに ع が置かれると、かわりに母音が長くなる[ 5] 。
コンピュータ
キーボード
Windowsのウルドゥー語キーボード。
脚注
^ Schmidt (2007) p.344 による
^ a b Schmidt (2007) p.310
^ 町田 (1999) pp.67-68
^ 町田 (1999) p.14(r̥ ), p.23(鼻音), p.42(ṣ )
^ Schmidt (2007) p.343
参考文献
Schmidt, Ruth Lauila (2007) [2003]. “Urdu”. In Danesh Jain; George Cardona. Indo-Aryan Languages . Routledge. pp. 286-350. ISBN 020394531X
町田和彦 『書いて覚えるヒンディー語の文字 デーヴァナーガリー文字入門』白水社 、1999年。ISBN 4560005419 。
関連項目