株式会社東京現像所(とうきょうげんぞうしょ、英: TOKYO LABORATORY LTD.)は、主に映画・テレビ番組の仕上げを行っていた映像ポストプロダクション。東宝の連結子会社で、阪急阪神東宝グループに属していた。
東洋現像所(現・IMAGICA Lab.)・東映化学(現・東映ラボ・テック)とともに日本の3大現像所と呼ばれていた[2]。
概要
1955年、当時の日本でも高まりつつあったカラー映画の需要に応えるべく、東宝・大映・大沢商会・東和商事などの映画関係各社および藤山愛一郎らの出資により、映画用フィルムの現像所として設立された[3]。
当初より色彩技術の開発に重点が置かれ、その成果は1960年の大映『おとうと』(監督:市川崑、撮影:宮川一夫)において採用された銀残しと呼ばれる現像手法にも結実した(『おとうと』は1961年のカンヌ国際映画祭フランス映画高等技術委員会賞を受賞)。その他にも小津安二郎のカラー作品やオプチカル合成を駆使した東宝の特撮作品、松竹『男はつらいよ』、精緻な色調が日本国外では“キタノ・ブルー”とも呼ばれた北野武監督作などを手がけてきたことで知られる。
その後、デジタルインターミディエイト、VFX、デジタルシネマなどの分野で日本国内外の映像作品に携わっていた。また、テレビ普及期よりアニメーション番組との係わりが深く、多くのアニメ番組クレジットタイトルでその社名を見ることができた。2016年からは、VFXセクションが「Digital Clover」(デジタルクローバー)と名乗って活動していた。
外国映画の日本語字幕の制作も担当していたほか、コマーシャル撮影や映画撮影での需要が未だにあることからフイルム事業も継続しており、日本国内で8mmフィルム・16mmフィルム・35mmフィルムの映画フィルム現像が行える数少ない拠点のひとつだった[3]。現像には、深大寺の湧き水を施設内のプールに溜めて使っていた[3]。また、専用のスキャナーを使用したフィルムからのスキャニング技術が発達した近年では、黒澤明作品など旧作のデジタルリマスター作業も担当していた[3]。
事業終了
デジタルシネマが普及したことでDCP(デジタルシネマパッケージ)サービスの効率化を図るべく、2022年9月30日、IMAGICAエンタテインメントメディアサービスと東宝が2023年4月に両社合弁の新会社を設立し、IMAGICAおよび東京現像所の個別で行ってきたDCPサービスを当該会社で行うことを発表した[4]。これに伴い、IMAGICAおよび東京現像所のDCPサービスは両社とも2023年3月31日に終了した[5]。
その後、東宝の取締役会において「DCP事業終了後の今後の方向性を検討したが、残存事業のみで同社が経営を維持することは困難」と判断し、2022年11月22日、東京現像所の事業終了を決議し「2023年11月30日(予定)で全事業を終了する」という旨を発表[6]。同月25日に東京現像所も全事業終了を正式に発表した[7]。なお、DI事業、映像編集事業は東宝の子会社であるTOHOスタジオに、アーカイブ事業は同じく東宝の子会社であるTOHOアーカイブ株式会社に、2023年12月1日付で承継された[8]。
2023年9月時点で、東京現像所が預かっているフィルム原版で返却先と連絡が取れないものが約2万作品もあり[9]、一時は東京現像所の事業終了に伴い廃棄対象になるとされたが、こちらもTOHOアーカイブが引き続き管理することになった[10]。
2023年12月1日、東宝スタジオ構内に後継施設「HIGH-RESOLUTION BASE」を新設。同所にて、DI・DCPマスター作成・映像編集の各事業と映像資産のアーカイブサービスの提供を開始した[11][12]。
2024年3月1日、東宝株式会社に吸収合併され、法人格も消滅した[13]。
制作に関与した主な作品
映画
フィルムからのデジタルリマスター
テレビドラマ
特撮
日本語字幕
テレビアニメ
1960年代 - 1970年代
1980年代
1990年代
2000年代
OVA
ゲーム
2000年代以降では、主にサンライズ・スタジオコメット・J.C.STAFF・スタジオジュニオ・日本アニメーション・シンエイ動画などが制作するアニメ作品に於いて、「ビデオ編集」「オンライン編集」といった形で関わっていた。
備考
脚注
参考文献
- 『調布・映画小史』(著:市川久夫/刊:調布史談会/1990年)
関連項目
外部リンク