株式会社エイケン (英 : EIKEN Co.,Ltd. )は、日本 のアニメ制作会社 。株式会社ADKエモーションズ の連結子会社。日本動画協会 正会員。
沿革
前史
1952年、テレビの放送開始に合わせ、テレビ受像機 の輸入販売会社として、当時のヤナセ 社長である梁瀬次郎 の発案で日本テレビジョン株式会社 [ 2] (T elevision C orporation of J apan Co.,Ltd.、以下TCJ)が設立。しかし、テレビの普及が予想以上に早かったことから、1950年代半ばにはサイドビジネスとしてテレビCM の制作に手を出すようになり、間もなくそのCM制作の方が本業になっていた。そのCM制作の際にいわゆるアニメCMを多く手掛けていた事が、エイケン発足のきっかけとなる。
TCJ映画部発足~動画センター分社設立
1963年、『鉄腕アトム 』の影響でアニメブームが起きる直前、アニメCMの制作陣を分離独立する形で、TCJ映画部を発足。彼らを真っ先にテレビアニメ制作に当たらせ、『仙人部落 』を制作した。その後、『鉄人28号 』のヒットで、経営は軌道に乗る。最盛期には作画から編集に至るまで300名以上の従業員を抱えていた。
1969年3月10日、テレビアニメ制作を担っていた映画部が株式会社テイ・シー・ジェー動画センター として分社化。映画部部長の村田英憲 が社長に就任し、これを現在のエイケンの創業とした。同時期、これまでアニメ制作の中心だった企画室長の高橋茂人が上司の村田と袂を分かつ形で独立し、瑞鷹 [ 3] を興した。分社に伴って人員を大幅に削減して経営をスリム化。社屋も東京都港区 港南 (品川 )から荒川区南千住の東京スタジアム (現在の荒川総合スポーツセンター )付近に移転した。
同年10月5日、『サザエさん 』(フジテレビ 系列)放送開始。1979年9月16日に最高視聴率となる39.4%を記録(ビデオリサーチ 調べ、関東地区・世帯・リアルタイム)し、放送開始から半世紀以上経過した現在も安定した視聴率を獲得する長寿番組に成長。国民的アニメとして広く認知される。以後、『サザエさん』の制作がエイケンの経営の柱となる。また、『サザエさん』はアニメ業界のデジタル化、ハイビジョン化を経てもハンドトレス、セル彩色、フィルム撮影といったアナログ作業工程を長らく堅持し続けた。映画用フィルムやセル画材の生産終了、アナログ作業に対応可能な外注先の事業撤退・廃業など物理的要因が重なり、2013年10月6日放送分よりデジタル作業工程に移行している。
エイケンに商号変更~現在
1973年5月、TCJが保有株式をすべて譲渡したことにより、同社及びヤナセからは資本的に独立。株式会社エイケン に商号を変更した。社名は梁瀬が村田の名前「英憲 」(ひでのり)の音読み(えいけん )を採用して命名した。株式譲渡に伴ってTCJはアニメーション制作事業から撤退したため、映画部ならびに動画センター時代に手掛けた作品の著作権は一部を除いてエイケンに移管されている。
現在地に移転するまでスタジオ[ 4] として使用された建物。2020年現在はホワイト急便荒川工場前店が入居している。
1976年10月1日、『ほかほか家族 』放送開始。これ以降、フジテレビによる教養・情報系ミニアニメ(ミニ番組 )枠は一貫してエイケンが制作を担当し、『親子クラブ 』に至るまで幾度の放送時間変更を繰り返しながら続いた。同番組終了後もミニアニメ枠は維持され、2016年からは『ぼのぼの 』を制作・放映している。
1990年、自社ビルが完成し、現在地に社屋を移転する。同年以降、企画・製作した作品の制作管理はメルヘン社 やマジックバス など同業他社に委託し、エイケン自体は『サザエさん』の制作に専念するようになる。
2002年7月、エイケンの発行済み株式の70%を広告代理店 のアサツー ディ・ケイ (ADK)が取得し、同社の子会社となる。併せて、ADK特別顧問の関谷猪三男が取締役会長に就任した。また、フジテレビも同時期に株式の10%を取得している。
2007年、会長の関谷が退任。創業者で代表取締役社長の村田が代表取締役会長に就任し、副社長の毛内節夫が代表取締役社長に就任した。
2008年、東京国際アニメフェア 2008にて、村田が第4回功労賞表彰を受章。
2014年、「エイケンクラシカル 」ブランドを立ち上げ。ベストフィールドにより、初期作品のDVD-BOXが展開された。
2017年8月31日、村田英憲が代表取締役を退任し、名誉会長に就任した[ 5] 。
2018年3月10日、2019年に分社化から50周年を迎えるのに伴い「エイケン50周年プロジェクト」を開始。併せてエイケンがこれまで制作した人気アニメの登場キャラクターが集合したメインビジュアルも公開された[ 6] 。
同年3月27日、毛内節夫が代表取締役を退任して取締役相談役に異動したことに伴い、取締役の中村達朗が代表取締役社長に昇任した。
2023年3月27日、中村達朗が代表取締役を退任して顧問に異動したことに伴い、ADKマーケティング・ソリューションズ出身の高田幸郎が代表取締役社長に就任した。
作品履歴
テレビアニメ
劇場アニメ
OVA
Webアニメ
配信年
タイトル
名義
備考
2009年
家電クンフー
エイケン
パイロットアニメ
制作・製作
制作協力
その他
脚注
^ a b 株式会社エイケン 第56期決算公告、2024年(令和6年)5月9日付「官報」(号外第111号)40頁。
^ 放送局である日本テレビ放送網 とは関係ない。
^ 『ムーミン 』や『アルプスの少女ハイジ 』の制作会社
^ 杉山卓 著「アニメハンドブック」(1980年、秋元書房)の「第四部 アニメーションづくりをしているプロダクションの名鑑」の項では1980年時点の所在地が荒川区南千住6-27-7と記載されている。
^ 2018年3月27日付で名誉会長を辞し、創業者として扱われている。
^ エイケン50周年記念特設ページ
^ NHKクロニクル
^ アメリカでは『Cricket on the Hearth』というタイトルで1967年12月18日にテレビ放送。
^ TCJの資料では『炉端のコオロギ』として表記されている。TCJ会社案内パンフレット(1967年)、3p。
^ NHKクロニクル
^ アメリカでのタイトルは『The Wacky World of Mother Goose』。
^ まんだらけ36号(まんだらけ出版部、281頁)
参考文献
同社スタッフ・OBが独立・起業した会社
現在
過去
アド・コスモ - 美術スタッフを務めた泉谷実が現代制作集団出身の山本善之と設立。美術部門は解散し、事業もスタジオ・コスモに承継された。
パンメディア - 制作進行を務めた大場伊紘がズイヨー映像、日本アニメーション を経て設立。現在は解散。
キュープロ - 撮影スタッフの柳田久次郎が設立。現在は廃業。
スタジオズィーベン - 撮影スタッフの新井隆文が設立。現在は廃業。
ジェック・イー - アニメーターの小林勝利が金子勲、堀越新太郎、岡田宇啓らとともに設立。スタジオエル に吸収合併。
関連人物
アニメーター・演出家
関修一
国保誠
片野功
関本典孝
本多康之
森田浩光
藤原舞
西阪晃子
根岸真知子
小池達也
清川康太
本田奈留美
関口優花
山崎立士 (アサツー ディ・ケイ出身)
長友孝和
岩澤秀平
岩崎翔
前園文夫
牛草健
川口準之祐
金田莉子
制作・プロデューサー
その他
野坂律子(脚本家、文芸担当)
江川真規(美術→文芸担当)
面出明美 (脚本家、元文芸担当)
成島由紀子(脚本家、元文芸担当)
大浜誠(脚本家、元文芸担当)
中座洋次(草薙 創業者、元美術担当)
藤田勉(スタジオWHO代表、元美術担当)
中島理(フリー、元美術担当)
宇田川幸勅(宣伝担当、現:テレビせとうち )
近藤栄三(制作担当、元総合ビジョン プロデューサー、現:NHKエンタープライズ )
吉田宰祐(制作担当)
貝田貴仁(制作担当)
外部リンク
テレビアニメ
劇場アニメ OVA Webアニメ 関連頂目
1940年代 1950年代 1960年代 1970年代 1980年代 1990年代 2000年代 2010年代 2020年代 関連項目
備考
子:子会社
開:株式公開を行っている企業
正:日本動画協会正会員
準:日本動画協会準会員
出典