1993年にデビュー10周年を迎えた吉川晃司は、2月24日に17枚目のシングル「KISSに撃たれて眠りたい」をリリースし、同月にファンへの感謝の意を込めたコンサートを数本行った[5][1]。4月7日にはデビュー10周年記念となるライブ・アルバム『GOLDEN YEARS VOL.I』および『GOLDEN YEARS VOL.II』を同時リリース[1]。同作をリリースしたことについて吉川は「あのライヴをやったことと、ライヴ盤を出したこと。両方とも、応援してきてくれた人への感謝の気持ちですね。ひねくれ者ですけど、そういう“ありがとう”って気持ちはまっすぐに出したいと思ってます」と述べている[6]。また吉川はデビューしてからの10年間を振り返った上で、NHK総合音楽番組『第36回NHK紅白歌合戦』(1985年)に出演した際にギターを燃やす行為を行ったことを例に挙げた上で自身のことを「けっこうダセえ奴だなと思いましたけどね」と自嘲気味に述べており、吉川の行為によって地方に左遷された番組スタッフがいたことに触れ、「一生恨まれるなあ、と。あの時にはあれしか思いつかなかったんですけど、バカでしたよねえ」と述べた他、体制に対する反発心があったものの的外れな行為になってしまったことに対して「もうちょっと何か、うまくできなかったかなと思う気持ちのほうが大きいですけどね」と述べている[7]。
本作のレコーディングは1993年6月1日から12月8日までの約半年間に亘って行われた[1]。前作との大きな違いとして、レコーディング開始前に吉川は読書するようになったと述べた他、1か月半に亘り海外旅行に行ったことで様々なヒントを得ていたために慌てる必要がないことが大きかったとも述べている[14]。吉川は読書した中からジェフリー・アーチャーの作品を例として挙げた他、宗教関連の本も多数読み漁っていたと述べている[14]。前作に続き本作においてもプロデューサーとして吉田建が参加しているが、吉川は吉田に対して「前回よりもちょっと引いた所で、見てほしいって、最初にお願いしたんですよ」と述べており、試行錯誤の中で不明瞭な点が発生した場合にのみ吉田にフォローしてもらうという作業であったため、「プロデュースっていう形ではなくて、目付役みたいな感じ」と吉川は述べている[13]。吉川はスタジオ・ミュージシャンとのコミュケーションを重要視しており、バンドと同じような感覚でアルバム制作を行っていたが、それについて周囲からは「よく、バカだって言われる(笑)」と述べた上で、「ソロでやってるんだから、色々なことをやりゃあいいじゃんって、言われるんだけど、ダメなんだよね(笑)」とも述べている[13]。楽曲制作については10曲はスムーズに行えており、中でも「GIVE ME A BREAK」は5分で制作したと吉川は述べている[15]。また本作において最も収穫となったのは8曲目「Little Heaven」であったと吉川は述べており、「こういうホワーっとした曲は、今までの僕の中になかったし、書くこともなかった。このアルバムの中では救いの存在になっているよね」と述べている[15]。
本作は1994年1月31日に東芝EMIのイーストワールドレーベルからCDにてリリースされた。初回生産分は28ページのブックレット仕様となっており、「Rambling Rose」「VENUS〜迷い子の未来~」「Day by Day」3曲の直筆サイン入りソングスコアが記載されている。同年5月23日には6枚目のアルバム『GLAMOROUS JUMP』(1987年)以来約7年ぶりに、LPレコードで限定生産品としてリリースされた。本作からは先行シングルとしてデビュー10周年記念としてリリースされた「KISSに撃たれて眠りたい」およびローソン「3D R&R SHOW」のコマーシャルソングとして使用された「VENUS 〜迷い子の未来〜」がシングルカットされた他[25]、日本テレビ系テレビドラマ『ザ・ワイドショー』(1994年)の主題歌として使用された「Rambling Rose」がリカットされた[26][27]。また、「Day by Day」もシングルカット予定はあったがプロモーション盤のみが制作され正式にはリリースされなかった。本作を受けたコンサートツアーは「KOJI KIKKAWA CONCERT TOUR 1994 "My Dear Cloudy Heart"」と題し、1994年2月5日の戸田市文化会館 ホール公演を皮切りに、5月29日の横浜アリーナ公演まで37都市全49公演が実施された[28]。