烏森町(かすもりちょう)は、愛知県名古屋市中村区と中川区にある地名である。現行行政地名は中村区に烏森町1丁目から烏森町8丁目が、中村区及び中川区に単独町名としての烏森町が存在する(いずれも住居表示未実施地区[6][7])。中村区烏森町8丁目と中川区烏森町は隣接している。
概要
中村区南部、中川区北部に位置する。烏森という地名の由来は城跡に森があり、多くの烏が棲んでいたため「烏(からす)の森」と呼ばれ、略して「烏森(かすもり)」となったと言われている[8]。佐屋街道の最初の集落であり、古くは豊臣秀吉の家臣、杉原家次の子である杉原長房の居城として烏森城が築城され、同じく秀吉の配下の副田吉成が出家した後、禅養寺に隠棲している。
名古屋市の行政地名としては烏森駅の西一帯を指すが、駅周辺の高須賀町や松葉町の一部、愛知県道190号名古屋一宮線、名古屋高速5号万場線の烏森出入口周辺を含む場合もある。町の中心を縦断する佐屋街道沿いに古い街並みが続き、中川区側には東海旅客鉄道(JR東海)の関連施設が集中している。佐屋街道と交差するように惣兵衛川(中井筋)が流れていたが、現在は暗梁化され中村区側は中井筋緑道として整備されている。
字
単独町名としての烏森町には小字が残る。現存する烏森町の字は以下の通り。なお特記のない限り、中村区及び中川区いずれにも存在する[10]。
またかつて中村区烏森町には以下の字が存在した[11]。
- 案内
- 九反田
- 須崎
- 天地
- 東沖田
- 西沖田
- 村内
- 村内上
歴史
愛知郡烏森村を前身とする。
沿革
世帯数と人口
2019年(平成31年)1月1日現在の世帯数と人口は以下の通りである[2]。
区 |
町丁 |
世帯数 |
人口
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中村区
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烏森町
|
2,682世帯
|
5,080人
|
中川区
|
烏森町
|
146世帯
|
247人
|
計
|
2,828世帯
|
5,327人
|
学区
市立小・中学校に通う場合、学校等は以下の通りとなる[16]。また、公立高等学校に通う場合の学区は以下の通りとなる[17]。
主な施設
教育
寺院・神社
- 禅養寺
- 願成寺
- 妙通寺
- 願隆寺
- 相応寺
- 烏森天神社
その他
交通
長らく町の東西を横断するJR関西本線、近鉄名古屋線によって町が分断され、朝夕のラッシュ時は踏切による慢性的な渋滞が問題化していたが、2002年にJR線の、2005年には近鉄線の高架化が完了し解消された[18]。高架化が完成する以前は1時間当たりの遮断時間が47分を数える踏切も存在した[19]。
鉄道・バス
道路
その他
日本郵便
脚注
出典
注釈
- ^ 中村区のみに存在
- ^ 中村区のみに存在。かつては中川区にも存在。
- ^ 中村区のみに存在。かつては中川区にも存在。
- ^ 中村区のみに存在
- ^ 中川区のみに存在。かつては中村区烏森町にも存在した。
参考文献
関連項目
外部リンク
- ウィキメディア・コモンズには、烏森町に関するカテゴリがあります。
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註 |
☆ - 住居表示実施地区 / ★ - 道路・河川・鉄道等用地のみ / ■ - ウィキメディア・コモンズカテゴリ有
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旧町名 | |
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わ行 | |
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富田支所管内 | |
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註 |
- ☆ : 住居表示実施地区 ★ : 道路・河川・鉄道等用地のみ ■ : ウィキメディア・コモンズカテゴリ有
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