セルゲイ・オレゴビッチ・シロトキン(Sergey Olegovich Sirotkin, ロシア語: Серге́й Оле́гович Сиро́ткин 1995年8月27日 - )は、 ロシア・モスクワ出身のレーシングドライバー。
2008年に レーシングカート を始める。
2010年、15歳で新規開催されたイタリアのフォーミュラ・アバルトにイエンツァー・モータースポーツから参戦し、18位でシーズンを終わる。
2011年も同シリーズに同チームで参戦。 当初はイタリア選手権とヨーロッパ選手権に参戦していたが、スパからヨーロッパ選手権のみに集中するため、ユーロノバ・レーシングに移籍。14戦中5勝でシリーズチャンピオンを獲得した。 イタリア選手権では、2勝したがチームメイトのパトリック・ニーダーハウザーには届かずシリーズ2位となった。
2012年はユーロノバ・レーシングからAuto GPにフル参戦し、2勝を挙げシリーズ3位となる。
同年にはイタリアF3にもフル参戦。ヨーロッパ選手権では2勝、イタリア選手権では1勝をあげ、共にシリーズ5位となった。
2012年は2レースのみフォーミュラ・ルノー3.5にスポット参戦を行った。
2013年はフル参戦し、最高位は2位でシリーズ9位となる。
翌2014年もフル参戦し、1勝をあげシリーズ5位となった。
2015年はGP2にステップアップし、ラパックス・チームに所属。1勝をあげシリーズ3位となった。
2016年はARTグランプリに移籍し優勝2回を記録。2年連続でシリーズ3位となった。2017年も同チームから出走した。
2013年7月15日、ザウバーはインベストメント・コーポレーション・インターナショナル・ファンド、北西ロシア連邦国家開発基金、ロシア国立航空技術研究所というロシアの3社とのスポンサー契約の発表と共に、契約の一部としてシロトキンを将来のF1デビューにむけて育成することを発表した[1]。
ザウバーはシロトキンにスーパーライセンスを取得させるためにフェラーリでのテストを行わせる[2]などし、当初は2014年シーズンからレギュラードライバーになると考えられていた。しかし2013年12月21日にザウバーはシロトキンを2014年のテストドライバーに起用することを発表した[3]。
2015年にはザウバーのレギュラードライバーに昇格するとの噂もあったが[4]、結果として起用されることはなくテストドライバーとしての契約も終了した。なお、後に発生した「ドライバー多重契約騒動」の際には名前は上がっておらず、事件に巻き込まれることはなかった。
2016年にはルノーのテストドライバーとして契約し、母国ロシアGPとブラジルGPのフリー走行1(FP1)に出走した。
翌2017年は同チームのサードおよびリザーブドライバーに昇格し[5]、前年同様母国ロシアGPのFP1に出走し、その後3戦のFP1で走行した。
2018年から、ウィリアムズのレギュラードライバーとなる[6]。だが、レギュラードライバー1年目による経験不足やマシンが外れの年であったため、大苦戦を強いられている。そんななか、イタリアグランプリで11位完走。6位で完走したハースのロマン・グロージャンが失格となったことで10位に繰り上がり、F1での初入賞となった[7]。結局入賞はこれ一度きりで自力入賞は無く、2018年シーズン終了後マシンの信頼性低下ほかを理由にウィリアムズチームから去った[8]。
2019年は、WECの2018-2019シーズンの2019年に行われるレースにSMPレーシングから参戦することが発表され、活動をWECに移すかと思われたが、ルノーが彼をリザーブドライバーとして起用したことを発表。シートは失ったがリザーブという形でF1に残ることとなった。
2017年のル・マン24時間レースはSMPレーシングからLMP2クラスで参加し、総合33位(LMP2クラス16位)となった。
2018年のF1参戦は、図らずも以下のような珍しい記録を残すこととなった。
これまでのF1にはスポット参戦や欠場者が必ず存在したため、最下位となるドライバーはそのどちらかで、かつ、入賞できず、獲得ポイントも0ポイントで終えることが多く、前年のマーカス・エリクソンのようなフル参戦者の中での「実質」ランキング最下位という形が主流であった。ところが、この年はシーズン開始時のエントリーリストに掲載された全員がフル参戦を果たしたため、このような記録を残すこととなった。
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