この項目では、元素について説明しています。その他の用法については「リン (曖昧さ回避) 」をご覧ください。
外見
無色、ロウ状白色、黄色、真紅色、赤色、紫色、黒色 左から白リン(黄リン)、赤リン、紫リン、黒リン
一般特性
名称 , 記号 , 番号
リン, P, 15
分類
非金属
族 , 周期 , ブロック
15 , 3 , p
原子量
30.973762 (2)
電子配置
[Ne ] 3s2 3p3
電子殻
2, 8, 5(画像 )
物理特性
密度 (室温 付近)
(白リン)1.823、(赤リン)≈ 2.2 – 2.34、(紫リン)2.36、(黒リン)2.69 g/cm3
融点
(白リン)44.2 °C 、(黒リン)610 °C
昇華点
(赤リン)≈ 416 – 590 °C 、(紫リン)620 °C
沸点
(白リン)280.5 °C
融解熱
(白リン)0.66 kJ/mol
蒸発熱
(白リン)12.4 kJ/mol
熱容量
(25 °C ) (白リン)23.824 J/(mol·K)
蒸気圧 (白リン)
圧力 (Pa)
1
10
100
1 k
10 k
100 k
温度 (K)
279
307
342
388
453
549
蒸気圧 (赤リン、bp. 431 °C )
圧力 (Pa)
1
10
100
1 k
10 k
100 k
温度 (K)
455
489
529
576
635
704
原子特性
酸化数
5 , 4, 3, 2[ 1] , 1[ 2] , −1, −2, −3 (弱酸性酸化物 )
電気陰性度
2.19(ポーリングの値)
イオン化エネルギー
第1: 1011.8 kJ/mol
第2: 1907 kJ/mol
第3: 2914.1 kJ/mol
共有結合半径
107±3 pm
ファンデルワールス半径
180 pm
その他
結晶構造
立方晶系 (白リン)
磁性
(白リン、赤リン、紫リン、黒リン)反磁性 [ 3]
熱伝導率
(300 K) (白リン)0.236、(黒リン)12.1 W/(m⋅K)
体積弾性率
(白リン)5、(赤リン)11 GPa
CAS登録番号
7723-14-0
主な同位体
詳細はリンの同位体 を参照
リン (燐、英 : phosphorus 、新ラテン語 : phosphorus [ 4] )は原子番号 15番の元素 である。元素記号 はP 。原子量 は30.97。窒素族元素 (15族)のひとつ。周期は3。
名称
ギリシャ語で「光を運ぶもの」という意味の「phosphoros 」から命名された。phos が「光」、phoros が「運ぶもの」の意。
同素体
白リン(黄リン)・赤リン・紫リン・黒リンなどの同素体 が存在する。+III(例:六酸化四リン 、P4 O6 )、+IV(例:八酸化四リン 、P4 O8 )、+V(例:五酸化二リン 、P2 O5 )などの酸化数 をとる。
リンは数種類の同素体をもつことが古くから知られている。白リン以外の同素体は、安定でほぼ無毒である。
白リン (P4 )は四面体形 の分子からなり、比重 が1.82、融点 が44.1 °C、沸点 が280 °Cの、常温常圧で白色ロウ状の固体 である。発火点は約44 °Cで些細なことで自然発火 するため、水中で保存する。空気中で室温でも徐々に酸化され、熱および青白い光を発する。現在、燐光 は別の発光現象の意味で用いられているが、その語源でもある。ベンゼン 、二硫化炭素 (CS2 )などの有機溶媒 によく溶ける。強い毒性を持ち[ 5] 、ニンニク のような臭いがある。日光にあたると赤リンに変化する。
赤リン は比重が2.05~2.34。紫リンを主成分とする白リンとの混合体で、融点590 °C、発火点260 °Cの赤褐色の粉末である。二硫化炭素 に不溶。マッチ の材料に使われる。密閉した容器で白リンを約250 °Cで加熱すると得られる。
紅リン は比重が1.88の深紅色の粉末である。微細な粒子からなる赤リンと考えられている。
紫リン は比重が2.36の固体である。褐色を帯びた暗紫色で金属光沢を持ち、α金属リン とも呼ばれる。白リンを鉛に溶かして密閉して加熱し、再結晶させることで得られる。電気伝導性は小さい。1865年にヴィルヘルム・ヒットルフ が発見したのでヒットルフの金属リンと呼ばれることもある。
黒リン は比重が2.69の固体である。黄リンを約12000気圧で加圧し、約200 °Cで加熱すると得られる。リンの同素体中でもっとも安定である。半導体 であり鉄灰色の金属光沢 を持ち、β金属リン とも呼ばれる。空気中ではなかなか発火しない。
二リン (P2 、P≡P)は、リン同士が三重結合 して二原子分子 になったものである。
結晶構造
白リンの結晶構造
黒リンの結晶構造
黒リンの結晶構造
同素体ではないもの
黄リン は同素体とされていたが、実際には不純物 (赤リンなど)を含む粗製白リンであり同素体ではない。リン鉱石 (リン酸カルシウム )をケイ砂 、コークス とともに混合強熱して得られる淡黄色蝋状固体である。黄色は白リンの表面が微量の赤リンの膜で覆われたもので、融点沸点などの物理的性質は白リンに準じる。19世紀にマッチの材料として使用されたが、自然発火 事故や健康被害(白リン顎 )により20世紀初頭に使用が禁止された。赤リンの乾留でも得られる。
反応
燃焼 すると十酸化四リン (五酸化二リン )が生成する。
4
P
+
5
O
2
⟶ ⟶ -->
P
4
O
10
{\displaystyle {\ce {4P + 5O2 ->P4O10}}}
白リンは強塩基 の水溶液と反応するとホスフィン を生成する。
P
4
+
4
OH
− − -->
+
2
H
2
O
⟶ ⟶ -->
2
HPO
3
2
− − -->
+
2
PH
3
{\displaystyle {\ce {P4 + 4OH^- + 2 H2O -> 2HPO3^2- + 2 PH3}}}
[ 6]
歴史
1669年 にヘニッヒ・ブラント が、錬金術 の実験としてバケツ60杯の尿を蒸発させていたところ、尿の残留物からリンを発見した[ 7] 。
2023年 、日米欧の研究者チームは、土星 の衛星 エンケラドゥス の海に、高濃度のリンが含まれていることを発表した[ 8] 。
生化学
DNAなどの核酸 におけるホスホジエステル結合
生体内では、遺伝情報の要であるDNA やRNA のポリリン酸エステル鎖として存在するほか、生体エネルギー代謝に欠かせないATP 、細胞膜の主要な構成要素であるリン脂質 など、重要な働きを担う化合物中に存在している。また、脊椎動物 ではリン酸カルシウム が骨格 の主要構成要素としての役割も持つ。このため、あらゆる生物にとっての必須元素 であり、地球上におけるリンの存在量が、地球生態系 のバイオマス の限界量を決定すると言われている。農業 においてはリン酸 が、カリウム ・窒素 などとともに肥料 の主要成分である。
リンの原子が地上に現れるおもな循環システムは、植物を起点として考えた場合、
植物が枯死するか、その植物を食べた動物が死ぬ
微生物に分解され土壌に戻る
再び植物の根から吸い上げられる
となる[ 9] 。この循環は短期間で一巡する場合もあるが、10年単位の時間を要する場合もある。雨や風によってループから外れ、海に流出してしまうリンもあり、そうしたリンが海底で堆積してできるのがリン灰石 である。
海底で生成されたリン灰石がプレートテクトニクス で運ばれて地表に現れるまでには100万年以上の年月がかかる[ 9] 。
海洋においては浅い地域に多く、元素の中では偏在性が強い。メキシコ、コンゴ、南米付近の海底には大規模なリンの鉱床がある[ 10] 。
摂取
多くの食品にはリンが含まれ、その存在形態には無機リンと有機リンがある。無機リンの例としてはリン酸 があり、牛乳 に比較的多く含まれる。加工食品によっては無機リンがpH調整剤 として添加されることもある。有機リンはタンパク質や糖、脂質とリン酸 とが結合している。肉ではその多くが有機リンであり、たとえば、キナーゼ によりリン酸化されたタンパク質であったり、ホスファチジルコリン などのリン脂質 として存在している。一方、穀類や豆類などではリンは糖 と結合していることが多く、例としてはフィチン酸 を挙げることができる[ 11] 。
体内での存在
骨 に一番多くヒドロキシアパタイト として存在する。血液中では7割が有機リンとして存在している[ 11] 。
摂取基準
リンの食事摂取基準(2015年)[ 12]
年齢
男性(目安量)
女性(目安量)
18歳以上
1000 mg
800 mg
用途
資源としてのリンの原料は主にリン鉱石 である。
用途としては、化学肥料の原料として使われるものがもっとも大きい。近年では、過リン酸石灰 の生産が落ち込んでいるのに加え、従来の重過リン酸石灰 の生産量は減少し、代わりにリン酸アンモニウム 肥料がその重要性を増している。リン酸は金属 の表面加工や工業用触媒 に用いられるほか、食品添加物 としてコーラ などにも少量添加されている。
代表的なリン酸の関連化合物の用途については、農薬 や殺虫剤 としての利用も多く、化学兵器 として研究されるほど強力な毒性を持った製品も開発されたが、その多くは使用が中止されている。現在はリン酸エステル 系の殺虫剤が主力になっている。
同じくリン酸化合物であるリン酸ナトリウム 水溶液は強塩基性 を示すため、単独で金属の洗浄剤として使われるほか、次亜塩素酸 と混合することで強力な洗剤となるため、三リン酸ナトリウム は洗剤として広く利用されていたが、排水に高濃度のリンが含まれるために微生物の異常な繁殖の原因となり、赤潮 などの公害を引き起こした。それゆえ、環境 への配慮から日本国内での使用はほとんどなくなってきている。リン酸水素カルシウム は研磨剤 として歯磨きなどに含まれ、フッ素 を含む歯磨きには二リン酸カルシウム など、口腔衛生に関わる場面でもリン酸化合物が数多く配合されている。
そのほかにも、コーンフレーク やベーキングパウダー 、飼料 にもリン酸化合物が含まれるほか、ハム やチーズ などの製造時にも使用されている。燃料の不凍液 にリン酸化合物が加えられたり、繊維 製品の難燃 加工にも利用されたりしている。製紙 工業では消泡剤 として、核燃料 の再処理ではウラン ・プルトニウム 抽出の際の溶剤としてなど、多様なリン酸化合物が開発され、さまざまな場面で利用がある。
一般的に工業用の材料として使用されるものは、無機被覆または樹脂被覆処理を行った被覆リンとして流通している。被覆されることによって有毒なホスフィン の発生を抑制して自然発火が起きないようにすることで取り扱いを容易にしている。販売されている被覆リンは保存に特別な設備を必要とせず、常温の空気中に保存することができる。
潤滑 用途ではさまざまな種類のリン系添加剤が使用されており、特に耐摩耗性、極圧性に優れたものが多く存在する。ジチオリン酸亜鉛 などは磨耗防止、酸化防止、腐食防止といった機能を持つ多機能添加剤であるため昔から潤滑油用途で多用され、現在でも一般的な4ストローク 用エンジンオイル のほとんどに添加されている。
煙幕 として白リン弾 や赤リン発煙弾 が使われている。
規制
リンは細胞の不可欠な構成要素であるため、環境 中に過剰に存在すると微生物の大量増殖を導いてしまう。赤潮 などの公害 が多発した1960年代 以降、合成洗剤 の洗浄助剤 としての使用が禁止されるなどの対策が講じられ、その後も閉鎖性水域を中心に、環境基準 の項目として定番となっている。
ガソリンエンジンの排ガスを浄化する三元触媒 はエンジンオイルに含まれるリンによって被毒する。そのためILSACなどのエンジンオイル規格においてリンの含有量規制が存在する。ただしリンは磨耗防止などさまざまな機能を担っている重要な要素であり、現状では潤滑性能を維持する観点から最低含有量も同時に設定されている。
白リン(黄リン)への習慣的曝露によりリン中毒性顎骨壊死 を生じ、これは1880年代から1910年代にかけてマッチ工場の労働者の職業病であった。1906年のベルヌ条約 によりマッチへの白リンの使用を禁じる取り組みが始まり、日本では1921年の黄燐燐寸製造禁止法とそれを受け継いで戦後制定された労働安全衛生法 、毒物及び劇物取締法により黄リンマッチの製造・使用・譲渡等が禁止されている。
リンの化合物
リンのオキソ酸
リンのオキソ酸 は慣用名を持つ。次にそれらを挙げる。
リンのオキソ酸およびホスフィンの命名法。互変異性体 の関係にあるものは両矢印で示した
オキソ酸の名称
化学式 (酸化数)
オキソ酸塩の名称
備考
ホスフィン酸 (phosphinic acid)
HPH2 O2 (+I)
ホスフィン酸塩 ( - phosphinate)
水素原子のうち2個がリンに直接結合しているため、リンの原子価は5価。
ホスホン酸 (phosphonic acid)
H2 PHO3 (+III)
ホスホン酸塩 ( - phosphonate)
亜リン酸の互変異性体。水素原子のうち1個がリンに直接結合しているため、リンの原子価は5価。
亜リン酸 (phosphorous acid)
H3 PO3 (+III)
亜リン酸塩 ( - phosphite)
詳しくは亜リン酸 、三酸化二リン を参照。
リン酸 (phosphoric acid)
H3 PO4 (+V)
リン酸塩 ( - phosphate)
詳しくはリン酸 、五酸化二リン を参照。
ペルオキソ一リン酸 (peroxomonophosphoric acid)
H3 PO5 (+V)
ペルオキソ一リン酸塩 ( - peroxomonophosphorate)
水溶液としてのみ得られ、強い酸化力 がある。
※オキソ酸塩名称の '-' にはカチオン種の名称が入る。
同位体
参考文献
ダン・イーガン『肥料争奪戦の時代―希少資源リンの枯渇に脅える世界』(原書房、2023年)
出典
関連項目
外部リンク