悪役令嬢 (あくやくれいじょう)とは、小説、漫画、アニメ、コンピュータゲームなどのフィクションに登場するキャラクター類型のひとつで、作品中で悪役として扱われる令嬢のこと。
また、日本のオンライン小説を中心に悪役令嬢を題材とした作品ジャンルを悪役令嬢もの(あくやくれいじょうもの)というが、これについても本記事で扱う。
概要
「悪役令嬢」とは、フィクション作品世界の中でヒロインの敵対者として登場し、家柄や身分、容姿、資産などで有利な位置に立って、ヒロインの恋路に立ちはだかる役柄であり、権力や取り巻きを使ってヒロインを攻撃するが、ヒロインやゲームでの攻略対象(王子や公爵家子息、騎士団長嫡男など)に反撃され、最終的には敗北し破滅(バッドエンド)してしまうこともある存在である[1]。
悪役令嬢を題材とした作品ジャンルは「悪役令嬢もの」と呼ばれ[1]、何らかのきっかけで前世の記憶を思い出した主人公が、自分が転生前に遊んでいた乙女ゲームの中の「悪役令嬢」になっていることに気づき、死や没落といったゲーム内での破滅の運命を回避すべく行動していくうちに、人間関係や話の展開がゲームとは異なるものに変化していく、というのが基本的な流れである[2]。乙女ゲームの代わりに小説や漫画などになっている作品もある[2]。
破滅の内容は様々で、死刑、国外追放、婚約破棄、没落などがあり、主人公は、破滅を避けるために前世の知識や知恵を駆使して奮闘するが、危機を切り抜けた途端、また別の危機に直面したり、思わぬ別の破滅フラグを立ててしまったり、悪戦苦闘する[1]。破滅への向き合い方も様々であり、運命を不可避として受け止め、生活力を養って破滅後に備える主人公もいれば、敢えて悪役として過激に行動することで、破滅以外の可能性に挑む主人公もいる[1]。王子や公爵家子息など、美形の攻略対象との恋愛要素が多い作品や、ピンチに慌てふためくコメディ的な作品まで、幅が広く、様々なバリエーションが存在している[1]。
「悪役令嬢」という言葉を最初にタイトルに用いた商業作品は、2009年刊行の菅原りであ作『悪役令嬢ヴィクトリア』とみられる[3]が、上記パターンのような作品ではない[5]。作品ジャンルとしては、2010年代前半頃に小説投稿サイト『小説家になろう』において成立した[2]。なろう系の一種であり[6]、もともと同サイト内で多かった「異世界転生」ジャンルに、女性向け恋愛ゲームの世界観を背景とした「乙女ゲーム」ジャンルが合流してブームとなり[2]、一大ジャンルに成長した[2]。同サイトでは2012年2月に開始した『悪役令嬢後宮物語』があり、転移転生ではないが後続の悪役令嬢作品に影響を与えたとみられる[7]。それ以前の女性向け作品では乙女ゲーム世界の脇役に転生することが多かったがストーリーを動かし辛いためか、それより主人公の行動力が大きく上昇した[8]。
2013年7月に『小説家になろう』で連載が始まった長編作品『謙虚、堅実をモットーに生きております!』(ひよこのケーキ)は、『小説家になろう』において女性向け作品が不利だと思われていた中で累計ランキングで2位に付けていた人気作品である。この作品は、少女漫画の「意地悪な悪役令嬢」に転生していることに気が付いた主人公が、没落を回避して「平穏無事な人生」を目指すという内容であるが、2017年以降は更新が途絶え、なおかつ、書籍化もされていないにもかかわらず、2020年に至っても長期に渡り人気を維持しており、「悪役令嬢もの」の記念碑的作品と評されることもある[2]。2020年には、『乙女ゲームの破滅フラグしかない悪役令嬢に転生してしまった…』(山口悟)がアニメ化され、注目を浴びた[10]。
特徴
人物像
- 王族、政治家のような権力を持つ者、貴族、金持ちの娘のように他者を従わせる力があり、誰もいじめを制止出来ない[8]。
- 王族、貴族の親族など身分、階級、ヒーローの婚約者、何らかの実力を持つ者、取り巻きがいる、学園舞台だと生徒会役員[8]。
- ヒーローに恋心を抱いているか、ヒロインが嫌い[8]。
敵役なことから本来のヒロインとは能力や設定は真反対で身分や財力は高いため攻略対象の王子の婚約者、嫁候補有力であることが多く、美しいが冷たい印象、可愛げはないかむしろマイナス、完璧主義で他人に厳しい点が挙げられる[11]。
ストーリー展開
物語のテーマはヒロインが誰かと結ばれると悪役令嬢は身分を失ったり国外追放、死刑などゲームシナリオ通りの破滅にどう抗うかで、ヒロインよりも素敵な男性と結ばれて立場も優位に立つパターンや、ゲームシナリオとして存在する恋愛、破滅のフラグをどうやって折っていくかのヒロインの恋愛を支えるパターンに主に分けられ、両方とも転生前のゲーム攻略知識で破滅を回避する[11]。悪役令嬢側からの視点になると、それほど悪役に見えず、本来のヒロインの方が悪役に感じることがあり[12]、ヒロインは猫を被っており他者を陥れることや[13]、海外ドラマの「後宮」もののような女性同士のギスギスしたマウンティング合戦や貴族の権力闘争を描く作品も存在する[14]。
オンライン小説以外の悪役令嬢
悪役令嬢のようなポジションのキャラクターが実際の乙女ゲームでよく登場していたわけではなく、なろう系で独自に発展したスタイルである[15][16]。乙女ゲームにはオリジナルとなる「悪役令嬢」はほとんどいないのに、「乙女ゲームに出てそうな悪役令嬢」が活躍するパロディ作品が増殖しており、「遅刻する食パン少女」と同様の「オリジナルなきパロディ」の一種である。本来の乙女ゲームで主人公に卑怯な真似をするのは端役であり、悪役といえたり破滅の最後を迎えるようなことはほとんどなく、敵役は最終的に和解して友達になり、本当は善人で良い子なヒロインより魅力的なこともある[17]。乙女ゲームを知らない人にも悪役令嬢をわかりやすくするために実際には登場しないような悪役らしい存在を出している可能性があり、同ゲームで一番の常識人はヒロインでも男キャラでもなく悪役令嬢のようなキャラだとの指摘がある[17]。
乙女ゲーム以外では、以前から『シンデレラ』の主人公の姉、『キャンディ・キャンディ』のイライザ、『小公女』のラビニアなど、少女を主人公にした作品にはヒロインをいじめる女性キャラクターが登場するが、シンデレラの姉は失明するパターンがあるものの、イライザやラビニアは大きな罰を受けない。
乙女ゲームの悪役令嬢としてnumanは『AMNESIA』のリカ(イッキルート)[19]、凶悪ではなく当て馬感が強いとしながらも『ワンド オブ フォーチュン』のシンシア・ウィットフォードを挙げている[20]。最初の乙女ゲーム『アンジェリーク』のロザリア・デ・カルタヘナや『アルバレアの乙女』のファナのようにライバルキャラはいるが、いじめをすることなく正々堂々とヒロインと戦うキャラである[8]。『ワンド オブ フォーチュン』のシンシア、『ときめきメモリアル Girl's Side』の須藤瑞希のようにヒーローを巡って参戦するキャラもいるが登場時間が短く存在感が薄く、それは乙女ゲームには複数の攻略対象がいてルートも複数であり、彼女らは攻略対象のうち1人のライバル役でしかないためである[8]。『耽美夢想マイネリーベ』は成金お嬢様、ぶりっ子腹黒公爵令嬢、男勝りでクールなお嬢様という明確な悪役令嬢のライバルたちとヒロインが戦う[8]。作中では悪い噂を流されたり、ライバルがヒーローに媚薬を盛ってかっさらうこともある[8]。ヒロインも手紙に小細工をしたり、誘いに乗らなかったライバルを「使えないヤツ」と貶したりしている[8]。『ファンタスティックフォーチュン』のミリエールのようにヒーローを憎んでいる悪役令嬢もいる[8]。
漫画では『ガラスの城』(わたなべまさこ)はヒーローは不在だが妹である主人公のマリサが実は伯爵令嬢であると知った姉のイサドラがそれに成り代わり、マリサを召使としていじめ、主人公を憎んでいる[8]。『伯爵令嬢』(細川智栄子あんど芙〜みん)では記憶喪失になったコリンヌに成り代わり、スリだったアンナが令嬢となり、アンナはコリンヌの命を狙う[8]。『花より男子』(神尾葉子)はお金持ち学校に通う庶民のヒロインがリリーズたちにいじめられていたが、次第に周りに認められていくというのが悪役令嬢ものの原点の1つともいえ、『謙虚、堅実をモットーに生きております!』の劇中作の漫画『君は僕のドルチェ』の高道若葉と鏑木雅哉の関係性が『花より男子』の牧野つくしと道明寺司をイメージした可能性がある[8]。ただ、同作には強力なライバルポジションはいない[8]。『メイちゃんの執事』(宮城理子)はヒロインのメイのライバル、詩織が悪役令嬢といえ、同作のようにお嬢様学校、庶民ヒロイン、執事が存在する『執事様のお気に入り』(津山冬、伊沢玲)がある[8]。
テレビドラマ『家なき子2』の木崎絵里花は財閥令嬢でぶりっ子、ヒーローのことが好きでヒロインを嫌っていたが最終的にヒロインの友達に下剋上されフェードアウトした[8]。
悪役女性を主人公に据えた作品としては1991年から1995年まで刊行された『お嬢さまシリーズ』(森奈津子)がある[3]。
史実ではマリー・アントワネットは「パンがなければお菓子を食べればいいじゃない」と言ったとされている台詞はまさに悪女のようで、最期はギロチン刑に処されるのも悪役令嬢ものへの影響が考えられる[8]。悪役令嬢は多数の人によって集合知的に作り上げられた架空のオリジナルともいえ[8]、なろう系のテンプレート設定の多くはルーツがはっきりとせず、なんとなく自然発生的に形成されてよくあるパターンになったが明確なさきがけはとなる作者はおらず、お約束だけが存在するのである[21]。
論考
いわゆる「悪役令嬢もの」について、ライターの青柳美帆子は、「主人公はさまざまなキャラクターから好意を向けられるが、基本的にはメインヒーローは固定であることが多い。少し変わり者の(しかし特別な)少女が、定められた運命を乗り越えるために、知恵や愛や勇気をもって行動していき、それが結果としてヒーローの心をつかむのだ」と述べ[10]、コバルト文庫が2000年代後半に取り組んだ「ただひとりのヒーロー」に愛される「姫嫁」「溺愛」と、角川ビーンズ文庫やビーズログ文庫による「ファンタジー」と「恋愛(ラブコメディ)」との融合との関連を指摘し、少女小説の系譜を受け継ぐものとして位置付けている[10]。ただ「小説家になろう」発作品を少女小説として捉えると作品の受け入れの幅が狭まるのではないかとの批判も考えられ、BookLiveの男性向けライトノベルランキングでは主人公が少女で女性読者も多く、以前なら少女小説レーベルで出版されていたかもしれない『本好きの下剋上』『薬屋のひとりごと』がトップ10入り、書籍市場の縮小で対象者が広くなって性別による区別が実質を伴わなくなっているが、それでも少女たちの欲望に全力で応えるエンターテインメントとして少女小説らしさを感じるとする[10]。
『悪役令嬢、セシリア・シルビィは死にたくないので男装することにした。』(秋桜ヒロロ)の担当編集者はバッドエンドを回避する物語だという目的が明確で読んでいて安心感があり、努力もなく逆ハーレムを形成するのではなく、一所懸命努力して道を切り開く展開が現代の女性読者に共感されやすいとみている[22]。
荻原魚雷はこの手の異世界ものにおいて男は最強、女は苦境な設定が好まれ、悪役令嬢ものに共通するのは自立願望でヒロインが同性に気を使うのも現代を反映しているとみている[23]。
悪役令嬢に負けずにヒロインが男性と結ばれるハッピーエンドはよくあるが、悪役令嬢作品は負ける立場であったキャラを主人公として運命に守られた強大な存在である本来のヒロインに立ち向かうお約束へのカウンターともいえる。ただ、ちゆは従来のヒロインは貧困の中で労働にも励む健気な存在だが、悪役令嬢作品の主人公は身分が高くてもメイドや平民にも優しい違いはあるが、立場は異なってもお約束の域を出ていないことが多く、悪役令嬢作品の裏表あるヒロインのせいで冤罪により誤解されつつも本当のことを分かってくれている男性キャラの存在というよくある展開は『キャンディ・キャンディ』とあまり変わらず、濡れ衣によりピンチになるキャラは別でも主人公補正が移ったたけでベースは同じであると指摘[13]、表面は新しくみえてもその実は古典的であるとしている[7]。
吉田尚記は2020年に投稿サイトの検索単語上位3つが悪役令嬢、ざまあ、婚約破棄であることに触れてから「令嬢、つまりリア充で地位を成し遂げた者は邪悪な者である」という認識が読者にはあり、ライトノベル界では令嬢が婚約破棄されるのをみて溜飲を下げることが恒常的になっているとする。従来の異世界転生ものは読者自身がギリギリ投影されており、2000年頃は普通の男子高校生が転生していたのが2020年頃には会社員やニートが転生するものに変化していき、転生ものは筆者にすら読者層がよくわからないサイレントマジョリティが読むようなジャンルになったという。「自らはもういい、先がないのは見えているからせめてうまくいっている人たちが悲惨な目に遭うのを見たい」という欲望に駆られる人々が転生ものの次に手を出したのが、自分を投影していない悪役令嬢ものであるとする。宇野常寛はワイドショーや週刊誌、SNSで行われている、自分より甘い汁を吸っているような人にスキャンダルが起こったときに石を投げて溜飲しているのと同じだと言い、吉田も同意した[25]。
悪女もの
韓国のオンライン小説では2012、3年頃からロマンスファンタジーのジャンルで悪女を主人公としたアマチュア作家による作品が増えている[26]。2014年に始まった『捨てられた皇妃』をきっかけとして悪女ものの人気が上昇した[26]。
主人公は小説の世界の悪女に転生したり、悪女が過去に戻って人生をやり直すことが多い。日本の悪役令嬢もののように乙女ゲームが舞台ではないのは、韓国のカカオページではウェブトゥーンより小説の方が人気が高く読者も小説のほうを思い浮かべることが多く、小説の中に転生した方が読者受けがいいと筆者も考えているとみられることや、韓国では乙女ゲームは日本ほど人気ではなく共通認識の点で小説より弱いからとされる[26]。
悪役令嬢ものでは学園を舞台とすることが多いが悪女ものには学園物はほとんどなく、コメディ要素もあるが基本的にストーリーはシリアスである[26]。悪女ものの漫画を配信しているピッコマのSMARTOONは縦読みの漫画であるため横幅が狭く、主人公1人のモノローグなどをよく用い、自身が策を考えて道を切り開くような頭で考えるヒロインが多い[26]。
悪役令嬢を題材とした作品
悪役姫も含む。☆はアニメ化作品、○はアニメ化予定作品。
小説家になろう発
B's-LOG COMICでコミカライズされている作品
その他(小説家になろう発)
- FLOS COMICでコミカライズされている作品
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- コミックZERO-SUM/ゼロサムオンラインでコミカライズされている作品
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- ヤングエースUPでコミカライズされている作品
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- 裏サンデー女子部/マンガワンでコミカライズされている作品
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- マンガParkでコミカライズされている作品
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- Palcyでコミカライズされている作品
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- Berry's Fantasyでコミカライズされている作品
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- PASH UP!でコミカライズされている作品
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- ガンガンONLINEでコミカライズされている作品
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- comicブーストでコミカライズされている作品
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- がうがうモンスターでコミカライズされている作品
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- MAGCOMIでコミカライズされている作品
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- コミックガルドでコミカライズされている作品
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- アリアンローズでコミカライズされている作品
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- 月刊コンプエースでコミカライズされている作品
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- マンガUP!でコミカライズされている作品
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- comicコロナ/コロナEXでコミカライズされている作品
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- コミックライドでコミカライズされている作品
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- FKコミックスでコミカライズされている作品
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- comic POOL(一迅社×pixiv)でコミカライズされている作品
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- コミックブリーゼでコミカライズされている作品
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- コミック アース・スターでコミカライズされている作品
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- まんが4コマぱれっと / 一迅プラスでコミカライズされている作品
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- BKコミックスf連載
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- その他でコミカライズされている作品
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- 未コミカライズの作品
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カクヨム発
- コミカライズされている作品
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- 未コミカライズの作品
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アルファポリス発
「小説家になろう」より引き上げられた作品も含む。レジーナブックスも参照。
- コミカライズされている作品
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Berry's Cafe発
- Berry’s Fantasyでコミカライズされている作品
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- 未コミカライズの作品
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その他のノベル
個人漫画発
- pixiv発
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- ニコニコ静画発
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アンソロジー発
- 悪役令嬢ですが、幸せになってみせますわ!発
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オリジナル漫画
- 少女漫画誌発
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- ティーンズラブ誌発
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- 女性漫画/レディースコミック誌発
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- 青年漫画誌発
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- 4コマ誌発
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- 週刊誌発
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- その他
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- アンソロジー
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オリジナルアニメまたはアニメオリジナルエピソード
ゲーム
テーブルトークRPG
カードゲーム
モバイルゲーム
コンシューマーゲーム
脚注
注釈
出典
参考文献
関連項目
- ライバル(男子版は友情が生まれることもあるのに対して、女性版は正反対でヒロインの足を引っ張るなどひたすら意地悪)
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