この項目では、動物について説明しています。スウェーデンの城については「ラッコ城 」をご覧ください。
ラッコ (海獺、Sea otter, Enhydra lutris )は、食肉目 イタチ科 ラッコ属に分類される哺乳類 で、海獣 の一種[ 11] 。現生種では本種のみでラッコ属を構成する[ 4] 。
毛皮 を採取するため乱獲 され、日本列島 では20世紀 初頭に絶滅 したと考えられていたが、北海道 東部(道東 )で1980年代から再び目撃されるようになり、モユルリ島 (根室市 )、霧多布岬(浜中町 )では繁殖も確認されている。水族館 で飼育もされている[ 12] [ 11] 。
分布
北太平洋 の、北アメリカ大陸 から千島列島 の沿岸にかけて棲息している。
アメリカ合衆国西海岸 (オレゴン州 沿岸部およびアラスカ州 南岸)、カナダ (ブリティッシュコロンビア州 沿岸部)、ロシア東部 [ 1] 。
模式標本 の産地(基準産地・タイプ産地・模式産地)はカムチャッカ (コマンドル諸島 とする説もあり)[ 6] 。以前は日本の北海道襟裳岬 以東[ 13] から千島列島、カムチャッカ半島 、コマンドル諸島、アリューシャン列島 、アラスカ半島 およびアラスカ州南岸、バハカリフォルニア半島 (メキシコ )にかけて分布していた[ 1] 。近年ではオレゴン州とカリフォルニア州 中部にかけてなどの分布が途切れている範囲があり、日本やメキシコでは散発的な記録があるのみとなっている[ 1] 。分布の北限は北極海 の氷域 で、南限はカリフォルニアとオオウキモ (ジャイアントケルプ)の分布と一致している[ 9] 。
形態
ラッコの前肢
体長 100 - 130センチメートル [ 8] 。尾長25 - 37センチメートル[ 8] 。体重 オス22 - 45キログラム 、メス15 - 32キログラム[ 8] [ 9] 。イタチ科 最大種[ 9] 。尾は短く扁平[ 7] [ 8] 。尾の基部には臭腺(肛門腺 )を持たない。体毛 密度が高く、哺乳類のなかでも最も高い部類に入る。1平方センチメートル あたり10万本以上の柔らかい下毛(綿毛 )が密生し[ 9] 、これはヒト で言えば6cm2 の皮膚 に頭髪 全てが生えているのに相当する密度である。全身では8億本もの体毛が生えている[ 8] 。潜水する時も綿毛の間に空気の層ができることで、寒冷な海洋 でも生息することができる[ 8] [ 9] 。全身をくまなく毛繕い するために柔軟な体、皮膚を具えている。体色は赤褐色や濃褐色・黒と変異が大きく、頭部や喉・胸部は灰色や黄白色[ 8] 。吻 部には洞毛 が密生する。幼獣は全身が明褐色から黄褐色の体毛で被われる[ 14] 。成獣の体毛は加齢によって頭部から明るい色に変遷する[ 14] 。
吻端の体毛がない裸出部(鼻鏡)は菱形[ 8] 。顎が頑丈で、側頭筋が発達する[ 15] 。臼歯 は扁平で幅広く、貝類 や甲殻類 を噛み砕くことに適している[ 8] 。耳介 は小さく、可動域が広い[ 15] 。前肢は小型で、指の境目は不明瞭[ 8] 。爪は引っ込めることができる[ 8] 。後肢は鰭 状[ 7] [ 8] 。水分は海水 を飲むことで補っており、過剰な塩分 を排泄 するためにカワウソ類の平均の2倍もの大きさの腎臓 を持つ。
分類
約530万年前に旧世界のカワウソ類との共通祖先から分岐したと考えられている[ 15] 。
以下の分類はMSW3 (Wozencraft, 2005) に従う[ 5] 。英名はSociety for Marine Mammalogy (Committee on Taxonomy, 2023) に従う[ 16] 。
Enhydra lutris lutris (Linnaeus, 1758) Western sea otter
千島列島、コマンドル諸島[ 6] [ 10] 。大型で、頭骨が幅広く吻が短い[ 6] 。
Enhydra lutris kenyoni Wilson , 1991 Eastern sea otter
アリューシャン列島からアラスカ州南部[ 10] 。プリンス・ウィリアム湾 からオレゴン州にかけて再導入[ 10] 。模式産地はアムチトカ島 (アラスカ州)[ 6] 。基亜種と比較して頭骨が短く吻が長いが、亜種 E. l. nereis ほどではない[ 6] 。亜種小名kenyoni はKarl W. Kenyonへの献名 [ 6] 。
Enhydra lutris nereis (Merriam, 1904) Southern sea otter
カリフォルニア州(サンタクルーズ からPismo beachにかけて)[ 6] 。以前はチャンネル諸島 (カリフォルニア州) やバハカリフォルニア(メキシコ)にかけても分布していた[ 6] 。チャンネル諸島のサン・ニコラス島 に再導入[ 6] 。模式産地は同諸島のSan Miguel島[ 6] 。頭骨の幅が狭く、吻が長い[ 6] 。
生態
ジャイアントケルプ (コンブ の一種)を生態的基盤として、また、“寝床”として海に暮らすラッコたち。
海洋の沿岸部に生息し、主に海岸から1キロメートル 以内の場所に生息する[ 8] 。主に岩場が近くにあり、海藻 が繁茂した環境に生息する[ 9] 。陸上に上がることは稀であるが、天候が荒れた日には上がることもある。単独で生活するが[ 8] 、繁殖期 にはペア で生活する[ 9] 。休息時には数十頭から数百頭の個体が集合することもある[ 9] 。昼行性 で、夜間になると波のない入江などで海藻につかまって休む[ 9] 。生息密度が高く人間による攪乱のない地域では、陸上で休むこともある[ 9] 。防寒効果を維持するため、頻繁に毛繕いをし、毛皮 を清潔に保っている。幼獣の毛繕いは母親が行う。主に水深20メートルまで潜水するが、水深97メートルまで潜水した例もある[ 9] 。主に52 - 90秒間の潜水を行うが、最長で約4分の潜水を行った例もある[ 8] 。
食性と海洋生態系への影響
カニ を食べるラッコ。
ステラーカイギュウ の絶滅 にも、ラッコの乱獲 に起因するウニ の過剰増加とコンブ などの激減が関与しているとされている[ 17] 。
食性は肉食 で、貝類、甲殻類、ウニ 類などを食べる[ 7] 。これらがいなければ魚類 を食べることもある[ 7] 。時には海面で海鳥 を捕食することもある[ 18] 。獲物は前肢で捕えることが多い[ 9] 。硬い獲物は歯や前肢を使い、中身をこじあけて食べる[ 9] 。貝類やウニ類は胸部や腹部の上に石を乗せ、それに叩きつけて割り中身だけを食べることもある[ 9] 。このため「道具を使う(霊長類 を除いた)哺乳類」として紹介されることもある[ 9] 。魚を捕らえるのは苦手とする説もある[ 19] 。亜種のカリフォルニアラッコでは道具を使い貝類を割る行動が比較的頻繁に確認されているものの、主に柔らかい獲物を食べる亜種(アラスカラッコ)では道具を使って貝類を割ることは稀とされる。なお、動物園などで飼育 されているラッコの場合は自然界には無い道具を使用するほかに水槽 のガラスに貝殻を叩きつけることも確認されており、日本の豊橋総合動植物公園 では強化ガラス を叩きつけすぎて強化ガラスにヒビが入った例も確認されている。また貝類を食べる際の石等の道具や食べ切れなかったアサリ 等は、わき腹のたるみをポケット にして、しまい込んでおく癖がある。
皮下脂肪 が少なく、体温 維持のため1日あたり体重の2-3割もの魚介類 を食べる必要がある[ 11] 。
ラッコが長く生息する海域ではウニが食い尽くされて、主に貝類を捕食するようになるといわれる。そういった生態から漁業被害を訴えられることもあるが、ウニが増えるとコンブ などの海藻 が食い尽くされる弊害があり、ラッコが生息することでそれを防ぐ効果もある。2010年代以降に再定着しつつある北海道 の東部でも、ウニの食害を問題視する漁業者がいる一方でウニを減らしてコンブを保護する効果を期待する意見もある[ 11] 。
ラッコの食性が海洋生態系 に与える影響は、カリフォルニア大学 やブリティッシュコロンビア大学 などが研究している[ 12] 。ラッコが激減した海域ではウニによる海藻食害で磯焼け が広がり、魚介類の繁殖、地球温暖化 や海洋酸性化 の原因である二酸化炭素 の海藻による吸収が妨げられている[ 12] 。逆に、ラッコが棲息する海域では海藻の森 が守られやすいほか、貝の採食時に海底を攪乱することでアマモ の有性生殖 を促している[ 12] 。アメリカ合衆国魚類野生生物局 は2022年7月に発表したアセスメントで、ラッコを同国西海岸へ再導入する可能性を、気候変動抑制と海洋生態系回復の両面から評価した[ 12] 。
繁殖
繁殖様式は胎生 。交尾 、出産 は海上で行う[ 20] [ 21] 。春になると雄は雌に交尾のアピールをし、雌の承諾が得られると並んで仰向けになって波間に浮かぶ。雄は交尾の際、体勢を維持するために雌の鼻を噛む。たいていはすぐに治る軽傷で済むが、稀に傷が悪化し、食物を食べられなくなることなどで命を落としてしまうケースもある。雄は交尾が済むと別の雌を探しにいき、子育てに参加することはない。妊娠期間は6か月半から9か月[ 8] 。1回に1頭、まれに2頭の幼獣を産む[ 7] [ 9] 。腹の上に仔を乗せながら、海上で仔育てを行う。幼獣は親が狩りをしている間、波間に浮かんで親が戻ってくるのを待つ。このときは無防備になり、ホホジロザメ に約1割の幼獣が捕食されてしまう。幼獣は親から食べられる物の区別や道具の使い方を習う。
呼称
ラッコに関する最初の学術的な記録は、ヴィトゥス・ベーリング のカムチャツカ 探検に同行した博物学者ゲオルク・シュテラー が行ったもので、彼が遺したフィールドノートを元に1751年に刊行されたDe Bestiis Marinis (『海獣』)などに記されている。学名は1758年、博物学者カール・フォン・リンネ によって著書『自然の体系』に記載された[ 22] 。原記載はMustela lutris [ 23] であり、その後1777年には「海のカワウソ 」を意味するLutra marina [ 24] が与えられるなど若干の変遷があったが、現在ではEnhydra lutris が正式なものとして受け入れられている。
属名 Enhydra は古代ギリシア語 : εν 「〜の中で、中に」 + ὕδωρ 「水」の合成[ 注釈 1] 、種小名 lutris はラテン語 で「カワウソ」を意味する lutra に由来する[ 注釈 2] 。
合わせて「水に棲む、カワウソに似た生き物」というような意味になる[ 15] [ 25] 。
現在の和名 「ラッコ」は、近世日本 における標準的な本草学 名に由来し、さらにそれはアイヌ語 で本種を意味する"rakko"にまで語源 を辿れる。漢字表記は中国語と同じく海獺 。他に、古くは猟虎 、海虎 、落虎 などと書かれた。いずれも読みは「ラッコ」である[ 26] 。
その「ラッコ」発音の高低アクセント は頭部にあったが、現在は平坦ないし語尾に付ける事例が多い[ 注釈 3] 。
アイヌ語ではアトゥイエサマン(海のカワウソ)とも呼ばれるが、夜にこの言葉を使うとカワウソが化けて出るため夜間はラッコと呼ぶようになったという伝承がある[ 27] 。
英語ではsea otter[ 28] (意:海のカワウソ)の名が一般的に慣用されている(1655 -1665年 初出[ 28] )。
人間との関係
狩猟
狩られたラッコの毛皮と人間(1892年 、アラスカ地方フォックス諸島 ウナラスカ 。ヒトとの大きさ比較を兼ねる)
『シートン動物記 』によると、本来は海辺で生活する陸棲動物であり、日光浴 をしている群れをごく当たり前に見ることができたらしい。その頃は人間に対する警戒心も無かったため、瞬く間に狩り尽くされてしまい、現在のような生態になったと記されている。
古くから毛皮 が利用されていたが、18世紀、19世紀に銃によって多数が捕獲された。乱獲 によってカナダ のブリティッシュコロンビア州 、アメリカ合衆国 のワシントン州 およびオレゴン州 の個体群 は絶滅した[ 6] 。
日本では平安時代 には「独犴」の皮が陸奥国 の交易雑物とされており、この独犴が本種を指すのではないかと言われている。陸奥国で獲れたのか、北海道方面から得たのかは不明である。江戸時代 の地誌 には、三陸海岸 の気仙 の海島に「海獺」が出るというものと[ 29] 、見たことがないというものとがある[ 30] 。かつて千島列島 や北海道の襟裳岬 から東部の沿岸に生息していたが、毛皮ブームにより、H・J・スノー らの手による乱獲によってほぼ絶滅してしまった。
毛皮目的の乱獲 により、20世紀 初頭にはラッコの個体数は絶滅 寸前にまで減少した。アラスカではカリフォルニアアシカ が乱獲などによって激減し、アシカを主要な捕食 対象としていた当海域のシャチ の捕食対象がラッコにシフトし、これによって90% 近くを捕食する事態も起きた。 [要出典 ] その後、野生生物に対する意識が保護へと大変換する時代に入ると、以後は生息数を徐々に回復していった。
保護
原油流出事故によって亡くなったラッコ
乱獲 によって各地で地方絶滅を迎えたことで、明治 時代には珍しい動物保護法『臘虎膃肭獣猟獲取締法 』(明治45年法律第21号)が施行され、今日に至っている。一方、漁業者からはアワビ 、ウニ などを捕食する害獣 と見なされることもある。
世界的には生息域や個体数の減少を受けて保護対象となっており、ワシントン条約 で取引が規制され、国際自然保護連合 (IUCN)が2000年から絶滅危惧種 に分類している[ 12] 。1977年にカワウソ亜科単位でワシントン条約附属書IIに掲載されている(亜種E. l. nereis を除く)[ 3] 。E. l. nereis は1975年のワシントン条約発効時からワシントン条約附属書Iに掲載されている[ 3] 。
2004 - 2018年における生息数は128,902頭と推定されている[ 1] 。
近年は流出した石油 による影響のほか、漁業 による混獲 により生息数が減少している[ 1] 。ラッコは鰭脚類 などと比べると体が小さく皮下脂肪 が相対的に薄いため、体毛が油で汚染され、水を弾かなくなると、たちまち海水 に体温を奪われて凍死 してしまう。また、体毛が濡れると密度の高い体毛の間に空気を蓄えられなくなり、浮力 が減少して溺死 することもある。例えば、1989年 のプリンス・ウィリアムス湾 でのタンカー 座礁 事故では、流出した原油により少なくとも1,016頭の死亡が確認されている[ 9] 。
悪天候やエルニーニョ現象 などの気候変動に伴う食物の変動、およびそれに伴う幼獣の餓死 による影響も懸念されている[ 1] 。
アラスカやアリューシャン列島ではキタオットセイ 、トド 、ゼニガタアザラシ などの鰭脚類 が減少し、それらを捕食していたシャチ が本種を襲うことが増加し、生息数が減少している[ 1] 。
カリフォルニアではトキソプラズマ などの感染症の蔓延により生息数が減少している[ 1] 。
日本
再定着した歯舞群島 では1990年代以降生息数が増加し、ここから北海道東岸へ来遊する個体もいると考えられ、生息数は増加傾向にある[ 7] 。第二次世界大戦 以降は1973年に浜中町 で発見例があり、1990年代以降は北海道東岸や襟裳岬 でも発見例が増加している[ 7] 。2002年 以降に襟裳岬近海で2 - 3頭、2009年 以降に釧路川 河口で1頭が定着し、浜中町、大黒島 (厚岸町) 、納沙布岬 (根室市)では1 - 2頭の継続的な観察例、2010年 に納沙布岬で6頭の観察例がある[ 7] 。さらに2021年には10匹以上に観察された。[ 31] 一方で1990年代以降は定置網 や刺網 による混獲 も増加し、死亡例も発生している[ 7] 。
絶滅危惧IA類 (CR) (環境省レッドリスト )[ 7]
飼育
日本では1982年から水族館 での飼育ブームが起き、最多時(1994年)には全国の28館で122頭が飼育されていた[ 32] 。しかしながら、1998年にはアメリカ合衆国が輸出禁止策を打ち出し[ 12] [ 32] 、新規でラッコを飼育する水族館が無くなった。また老衰死 や繁殖を目的とした移動 などで、ラッコを飼育する水族館は激減した。
2022年12月時点では、マリンワールド海の中道 (福岡市 )で1頭、鳥羽水族館 (三重県 鳥羽市 )で2頭の合わせて2館3頭となっており、老齢と数の少なさから飼育下繁殖も困難である[ 12] 。
関連作品
脚注
ウィキメディア・コモンズには、
ラッコ に関連するメディアがあります。
ウィキスピーシーズに
ラッコ に関する情報があります。
注釈
^ なお、古代ギリシア語 で「カワウソ」を指して ενυδρις (enydris) と呼び、語形・語義ともに類似するが、詳細は不明。
^ 形容詞(第三変化)化したものか。
^ 高低アクセント表示が特徴となっている三省堂 『明解国語辞典 』の1989年刊の第4版では両方併記(①⓪)であるが、現在はNHKなどにおいても頭部に高低アクセントをつけることは僅少である。
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外部リンク
Enhydra lutris Mustela lutris