樹皮 (じゅひ、英 : bark )[ 1] とは、一般用語としては、樹木 (木本植物)の幹 や枝 の最外層を覆う死んだ細胞 からなる組織 を意味することが多い。ただし生物学 や林学 では、樹木において維管束形成層 より外側にある組織をすべて含んだ意味で用いることが多い。この広い意味での樹皮は、維管束形成層から外側につくられた靭皮 (二次師部 )と、その外側にできたコルク形成層 およびそれに由来する組織(コルク皮層 、コルク組織 )からなる周皮 で構成されている。一般的な意味での樹皮は、周皮の外層にあるコルク組織におおよそ相当する。樹皮は内側から次々と形成されて表層から剥がれていくが、その裂け方や剥がれ方は植物種によって異なるため、種 によって異なる外観を示す(下図1)。またコルク組織に覆われると空気の出入りが遮られるが、新たな分裂組織が形成されてコルク組織を突き破り、空気の出入り口となる皮目 (ひもく)が形成される(下図1b)。
樹皮は、コルク栓 、天然繊維 、生薬 、色素 、皮なめし などに利用されることがある。
定義
樹皮 は、樹木 (木本植物 )の表層にある組織 を意味するが、その範囲は定義によって異なる。一般用語としては、樹皮は樹木の幹 や枝 の最外層にある死んだ細胞 からなる組織を意味することが多い[ 2] [ 3] [ 4] 。ただし生物学的には、樹木の茎(幹や枝)や根 において、維管束形成層 より外側にある部分をまとめて樹皮とよぶ[ 2] [ 3] [ 4] [ 5] [ 6] (下図2a)。木材学分野でも、樹皮は同様な範囲を示す[ 4] 。この広義の樹皮は、内側の靭皮と外側の周皮からなり、若い樹皮ではこれに表皮 や皮層 、一次師部 の残骸を含むことがある[ 5] 。上記の一般的な意味での樹皮は、周皮の外層(コルク組織)のみに相当する。
2c .
ニワトコ属 (
ガマズミ科 )の茎の周皮: 下部の緑色に染色された部分はコルク皮層とコルク形成層、その上はコルク細胞からなるコルク組織であり、最外層のコルク細胞は崩壊している。コルク細胞内の黒色部は
タンニン 。
広義の樹皮は、内側の靭皮(二次師部 )と外側の周皮からなる。
靭皮 (じんぴ、bast)[ 5]
茎 や根 において維管束形成層 の外側に形成された師部 、つまり二次師部 (secondary phloem) は、靭皮 とよばれる[ 2] [ 5] [ 7] (上図2a, b)。二次師部の外側に一次師部が残っている場合、これも靭皮に含める[ 7] 。靭皮やそれに付随する皮層や一次師部で形成された繊維は、靭皮繊維 (bast fiber)とよばれる[ 5] 。
周皮 (しゅうひ、periderm)[ 4] [ 5]
維管束形成層の活動によって新たな組織(主に二次木部 )が形成され、茎や根の直径が増すことにより、外側にあった表皮 や(一次)皮層 は押し出されて引き伸ばされ崩壊していく。この際、表皮 や皮層 にコルク形成層 (phellogen, cork cambium)とよばれる新たな側方分裂組織 が形成され、内側にコルク皮層 (phelloderm, cork cortex)、外側にコルク組織 (コルク層、phellem, cork, cork tissue)を形成する[ 2] [ 4] [ 8] [ 5] [ 9] [ 6] (上図2a, b, c)。このコルク形成層とそれに由来する組織を合わせたものが周皮 とよばれる[ 2] [ 4] [ 8] [ 5] [ 9] 。コルク形成層も次第に外に押しやられ活動を停止し、その内側に新たなコルク形成層が形成される。このことを繰り返し、やがてコルク形成層は靭皮の部分へ移っていく[ 4] [ 5] 。コルク皮層は、少量の柔組織 からなる[ 4] 。一方、コルク組織は規則正しく密接したコルク細胞(cork cell)から構成され、コルク細胞は成熟すると死細胞となり、細胞壁 には疎水性物質であるスベリン や蝋 が沈着している[ 4] [ 8] [ 5] 。樹脂やタンニンのため、コルク組織は褐色を呈することが多い[ 8] 。
3 . さまざまな樹木の樹皮:(上段左から)シロバナトックリキワタ(アオイ科 )、イブキ (ヒノキ科 )、チリマツ (ナンヨウスギ科 )、(中段)アレッポマツ (マツ科 )、オウシュウトウヒ (マツ科)、フユボダイジュ (アオイ科)、(下段)ヨーロッパナラ (ブナ科 )、シナカエデ (ムクロジ科 )、セイヨウミザクラ (バラ科 )
広義の樹皮のうち、靭皮(二次師部 )からコルク形成層 までの間の部分は生きた細胞からなるが、それより外側(コルク組織 )は死んだ細胞からなる[ 4] [ 5] 。前者は内樹皮(inner bark)または甘皮(あまかわ)、後者は外樹皮(outer bark)または粗皮(あらかわ)とよばれることがある[ 2] [ 3] [ 注 1] 。また外樹皮はリチドーム(rhytidome)ともよばれるが[ 2] [ 3] 、周皮とほぼ同様の範囲をリチドームとよんでいることもある[ 4] 。
茎の二次肥大成長 に伴い、樹皮は裂けて外側から剥離していく[ 3] [ 4] 。ただしセコイア (ヒノキ科 )やコルクガシ (ブナ科 )ではコルク組織が剥離しにくく大量に蓄積し、厚い樹皮を形成する[ 2] 。コルク組織の裂け方や剥がれ方は植物種によって異なり、そのため樹皮の特徴から植物種を同定できることもある[ 2] [ 3] [ 8] [ 10] (図3)。
周皮 は、表皮 に代わって植物体の表面を保護する機能を担う[ 4] [ 8] [ 5] 。特にコルク組織 の細胞はスベリン などを蓄積し、寄生菌や有害物質の侵入を防ぎ、また植物体からの水の喪失を防ぐ。
皮目
樹木 において茎 (幹 と枝 )や根 の表層にコルク組織 が形成されると、気孔 を伴う表皮 が失われ、またコルク組織はスベリン や蝋 が細胞壁 に沈着した細胞が密着してできているため、空気の取り入れが難しくなる。この際、皮目コルク形成層 (ひもくコルクけいせいそう; 皮目形成層、lenticel phellogen, lenticel cork cambium)とよばれる新たな分裂組織が生じ、外側に細胞間隙に富む柔組織 をつくりだして周皮 を突き破り、皮目 (ひもく、lenticel)とよばれる開孔部を形成する[ 4] [ 8] [ 5] [ 11] (下図4a)。この柔細胞は填充細胞(てんじゅうさいぼう; 添充細胞、complementary cell)とよばれる[ 11] [ 12] 。皮目は、気孔に代わってガス交換を行う場となっていると考えられている[ 4] [ 5] [ 11] 。
皮目の形や大きさ、密度、色などの特徴は、種 や枝 の位置、年齢などによって異なるため、分類形質となる[ 5] [ 10] (上図4b, c)。サクラ (バラ科 )やヤナギ (ヤナギ科 )などの茎では横長の、キリ (キリ科 )やニワトコ (ガマズミ科 )などの茎 では縦長の皮目が形成される[ 11] 。
人間との関わり
樹皮(広義)は、下記のようにさまざまな用途で利用される。
コルク
コルク組織 は多孔質で弾力性があるが、細胞壁 にスベリン や蝋 が沈着しており水や空気をほとんど通さない。コルクは断熱、防音、電気的絶縁性、耐薬品性に優れている[ 13] 。
コルクガシ (ブナ科 )は厚いコルク組織をもち、ワイン の栓などに利用されている[ 13] [ 14] (下図5a–c)。
ロバート・フック はコルクの切片を顕微鏡観察し、多数の"小部屋"(ラテン語で cellula )からなることを1665年に報告し、これが細胞(cell)の語源となった[ 4] [ 13] [ 15] (上図5d)。これは初めて顕微鏡で観察された細胞であったが、コルク細胞は細胞壁だけが残った死細胞であり、細胞内構造は存在しない[ 4] [ 13] 。
林業・農業、動物による食害
樹皮をそいで食べようとするゾウ
ニホンジカ やエゾシカ (下図6a)などの動物は樹皮を剥ぎ取って食料とすることがあり、これが林業 に大きな被害を与えることがある[ 16] [ 17] [ 18] 。またクマ も、食料不足の際には歯や爪で樹皮を剥ぐ「熊剥ぎ 」を行うことがある[ 17] 。ほか、ウサギ[ 19] 、タイリクヤチネズミ、クリハラリスなども樹皮剥ぎを行い樹木に大きな被害をもたらす[ 20] 。
切り倒した樹木 は樹皮がついたままであると乾燥しにくく生材害虫の増殖を招くため、樹皮を取り除いておくことがある[ 21] [ 22] (下図6b)。一方で材面の干割れや損傷を防止するため、樹皮をつけたまま乾燥させることもある[ 23] 。
6d .
取り木 (環状剥皮部分を覆って保護している)
樹木 において、樹皮内層は師部 であるため、樹皮を環状に剥離することで師部を断ち切ることができ、この手法は環状剥皮 (英語版 ) (環状はく皮、環状除皮、girdling, ring barking)とよばれる。環状剥皮によって植物を枯死(巻き枯らし、巻枯らし)させて間伐を行うことや[ 24] [ 25] (上図6c)、果樹において樹勢抑制、着花促進、生理落果の抑制、果実品質の向上などに利用されている[ 26] [ 27] [ 28] [ 29] 。また環状剥皮された部分の先端側で不定根 形成が促進されることがあるため、これを使って植物を栄養繁殖(取り木 )させることがある[ 30] [ 31] (上図6d)。
工芸
樹皮は、屋根材 としても利用される。ヒノキ (ヒノキ科 )の樹皮を屋根材としたものは檜皮葺き (ひわだぶき)とよばれ、宮殿 、神社 、仏寺 などの屋根に広く利用されている[ 32] (下図7a)。またスギ (ヒノキ科)の樹皮を用いたものは杉皮葺きとよばれる[ 2] [ 33] 。
秋田県角館 では、ヤマザクラ 類の樹皮を用いた工芸品が作られており、樺細工 (かばざいく)とよばれる[ 34] (上図7b)。代表的なものとして茶筒 や茶櫃 などの茶道具 、文箱 、ブローチ 、ネクタイピン などがある。日本の経済産業大臣指定伝統的工芸品 の1つに指定されている[ 35] 。
シラカンバ などカバノキ属 (カバノキ科 )の樹皮は樺皮 とよばれ、水に強く腐りにくいため、容器(上図7c)や靴(上図7d)、家屋の覆い、船、人形などさまざまな用途に用いられていた[ 36] [ 37] [ 38] 。また薄くはがれるため書写材ともされ、これを用いた文書は樺皮写本 とよばれる[ 37] [ 39] [ 40] (上図7e)。カバノキ属の樹皮は油分を含み燃えやすいため、松明 や着火剤にも用いられた[ 36] 。
天然繊維
コウゾ (クワ科 )やミツマタ 、ガンピ (ジンチョウゲ科 )の樹皮から得られる靭皮繊維は、和紙 や紙幣 の原料に利用されている[ 41] [ 42] (下図8a)。アイヌ民族は、シナノキ (アオイ科 )やオヒョウ (ニレ科 )の樹皮から取り出した繊維を用いて織物や衣服をつくり、これらはアットゥシ とよばれる[ 43] (下図8b)。また、繊維として用いる前段階として、樹皮を直接叩いて伸ばし、布や紙とする用法が世界各地に残っており、樹皮紙 や樹皮布 とよばれる[ 44] [ 45] [ 46] 。樹皮布としては、南太平洋各地のタパ などがある[ 47] (下図8c)。
食用・薬用
樹皮のうち、靭皮(二次師部 )は生細胞からなり糖 など貯蔵物質が含まれているため、飢饉時などに非常食として利用されたことがある[ 48] (下図9a)。またニッケイ属 (クスノキ科 ; 下図9b)やカネラ(カネラ科 )の樹皮は、香辛料 として利用される[ 49] [ 50] 。
9a .
マツ の内樹皮(靭皮を含む)をはぎ取っている。
ケイヒ (クスノキ科 )、ホオノキ (モクレン科 )、アカメガシワ (トウダイグサ科 )、トチュウ (トチュウ科 )、キハダ (ミカン科 ; 上図9c)などの樹皮(特に靭皮)は、生薬 として用いられている[ 51] 。キナノキ属 (アカネ科 )の樹皮はキナ皮とよばれ、マラリア の薬として知られるキニーネ の原料となる[ 52] (上図9d)。
色素・タンニン
サクラ やシャリンバイ (バラ科 )、キハダ (ミカン科 )、ヤマモモ (ヤマモモ科 )などの樹皮は、染物 に使われることがある[ 53] [ 54] [ 55] 。樹皮は自然染料の原材料として古くから活用されており、日本では奈良時代の経典や公文書に使われた麻紙には、防虫のためキハダで染めた黄染紙が使われた[ 56] 。黄八丈 の樺色にはキハダやナカハラクロキ 、茶色や黒色にヤエヤマヒルギ 、琉球絣や紅型にフクギ が使われる[ 56] 。
またブナ科 植物などの樹皮にはタンニン が含まれ、皮革 のなめし などに用いられる[ 57] 。タンニンには防腐、防水、防虫の効果があり、漁網 を染めるために、ツガ、カシワ、スダジイ、クリ、ヤマモモなどの樹皮が使われていた[ 56] 。
バーク製品
10 . バークチップ
樹皮は英語でバーク(bark)といい、製材所で木材加工後の処理について従来より課題があった[ 58] 。その樹皮を細かく粉砕して醗酵させ、堆肥 化したものはバーク堆肥 といい、肥料 や土壌改良材として使用される[ 58] [ 59] [ 60] 。また粉砕した樹皮を固めて、バイオマス発電 の燃料(木質ペレット )にする方法も考案され、利用されている[ 58] 。
一方、クロマツなどの樹皮を破砕したものはバークチップ とよばれ、農業 、園芸 におけるマルチング 材(土壌の覆い)、グランドカバー などに利用されている[ 58] [ 59] [ 61] [ 62] [ 63] (図10)。
ギャラリー
脚注
注釈
^ 靭皮を内樹皮、周皮を外樹皮とよんでいる例もある[ 4] 。
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^ 小林章「日本の造園におけるエクステリアウッド利用の伝統と現在 」『木材保存』第26巻第4号、2000年、168-176頁、doi :10.5990/jwpa.26.168 。
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