山下 澄人(やました すみと、1966年1月25日 - )は、日本の小説家、劇作家、演出家、俳優。
兵庫県神戸市出身[1]。神戸市立神戸商業高等学校(現神戸市立六甲アイランド高等学校)卒。倉本聰の富良野塾第二期生。
1996年より劇団FICTIONを主宰。
2011年より小説を発表しはじめる。
2012年、『ギッちょん』で第147回芥川賞候補、同年初の創作集『緑のさる』で第34回野間文芸新人賞を受賞。
2013年、『砂漠ダンス』で第149回芥川賞候補。同年、『コルバトントリ』で第150回芥川賞候補。
2016年、『鳥の会議』で第29回三島由紀夫賞候補。
2017年、『しんせかい』で第156回芥川賞受賞。
誤配された新聞に富良野塾の募集チラシが挟まっていた。それを読んで無料で生活できることに魅力を感じたこととブルース・リーや高倉健などを観て俳優に憧れていたことが主な志望動機であり、倉本聰の作品は観ていたものの脚本家名は当時意識していなかったという[2]。
東京新橋で面接と実演試験があり、後者に関して台詞を暗記しなくてもよいと言われたため暗記せずに臨んだが、他の受験生はほとんど暗記してきたという。他のスタッフの反対を押し切って倉本が山下を選び、数千人の希望者の中から採用された[2]。
倉本から態度が悪いと常時叱られていたが、演技は誉められて入塾後三ヶ月ほどでドラマ出演できたという[2]。
卒業後も塾関連の公演に出演していたが、27歳の時に倉本により降板させられた[2]。
倉本に降板させられた後、劇団FICTIONを旗揚げする(1996年)。イッセー尾形の一人芝居の演出家の森田雄三に脚本を書くことを進められ、自作するようになった。倉本はFICTIONの都内での公演にも北海道から見に来てくれたという。[2]
公演を見に来ていた出版社社員に小説を書くことを二年間にわたって勧められたので、書くことを承諾して原稿を渡したが、実はその社員は編集者ではなく営業であった。後に山下の芝居のファンであった小説家・保坂和志が他の未完原稿を評価したことがきっかけになって『緑のさる』が刊行され、野間文芸新人賞を受賞した。[2]
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