インディアン座 (インディアンざ、Indus) は、南天の星座の1つ。日本からは星座の全域を見る事はできない。
主な天体
恒星
2022年4月の時点で、国際天文学連合が固有名を認証した恒星は1つもない。
- α星:3.11等[3]。インディアン座で最も明るい恒星。中国の星図でインディアン座の領域が「波斯」とされたことに由来する「ペルシアン (Persian)」という名が知られる[4]。
- β星:3.65等[5]。
- ε星:太陽系から11.867 光年と非常に近くにある恒星の1つ[6]。
星団・星雲・銀河
由来と歴史
ペーテル・ケイセルとフレデリック・デ・ハウトマンが残した観測記録を元にペトルス・プランシウスが1597年に作成した地球儀に残したものが最初である[7]。ヨハン・バイエルが1603年に発刊した『ウラノメトリア』でそれを引用したことにより世に知られるようになった。ケイセルたちは、16世紀末にマダガスカルからスマトラ、ジャワにかけて航海しており、この間に接したアフリカ南部からマダガスカル、東インド諸島の原住民をモデルにしたものと考えられている[7]。
中国明末期崇禎帝の時世の1631-1635年にかけてイエズス会士アダム・シャール(湯若望)が徐光啓らとともに編纂した天文書『崇禎暦書』では、この星座の領域にペルシアを意味する「波斯」という名前の星官が置かれた[8]。
インディアン座は新しい星座であるため、神話や伝承は伝わっていない。
呼称と方言
日本では、時代とともに呼称が改訂されている。明治期は「アメリカの蛮族」という意味の「米蕃(べいばん)」[9]という訳語が充てられていたが、日本天文学会の会誌『天文月報』1910年2月号から「印度人(インドじん)」と訳が改められた[10]。1952年7月、日本天文学会が「天文述語集」を刊行した際、星座名はひらがなまたはカタカナで表記することとされ[11]、同時にこの星座の名称は「インデアン」と改められた[12]。この頃、東亜天文学会系列の研究者の一部では「インデヤン」の表記が用いられた。さらに、1974年に文部省から『学術用語集天文学編』が刊行された際に「インディアン」と表記が改められた。
出典
参考文献
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座標: 21h 00m 00s, −55° 00′ 00″