Theorema Egregium (ラテン語 。音訳:テオーレーマ・エーグレギウム[ 注 1] 。直訳:卓越した定理[ 注 2] )はカール・フリードリヒ・ガウス により証明された定理 で、曲面 のガウス曲率 が曲面 の内在的な量(リーマン計量 )のみで書ける事を主張する。
日本語では
などと訳される事もあるが、egregiumには「驚異の」という意味はない[ 注 2] 。英語では「Remarkable Theorem」(注目すべき定理)と意訳する事もある[ 12] [ 13] [ 14] 。
語源
「Theorema Egregium」という語はこの定理を示したガウスの原論文から来ている:
Formula itaque art. praec, sponte perducit ad
egregium
THEOREMA . Si superficies curva in quamcunque aliam superficiem explicatur, mensura curuaturae in singulis punctis inuariata manet. — Carl Friedrich Gauss、Disquisitiones generales circa superficies curvas[ 15]
概要
鞍点
M を3次元ユークリッド空間
R
3
{\displaystyle \mathbb {R} ^{3}}
内の曲面とし、P をM 上の点とする。点P においてM の「最も曲がっている方向」の曲がり具合と「最も曲がっていない方向」の曲がり具合の積を点P におけるM のガウス曲率 という。(ただし図のようにP が鞍点 になっている場合は、逆方向の曲がりをマイナスの曲がり具合と解釈する。よってこの場合の「最も曲がっていない方向」とは「逆向きに最も曲がっている方向」である)。
ガウス曲率はその定義より、
R
3
{\displaystyle \mathbb {R} ^{3}}
におけるM の曲がり具合を利用して定義されている為、
R
3
{\displaystyle \mathbb {R} ^{3}}
においてM がどのような形になっているかが一見重要に見える。
しかし実はガウス曲率はM の「外の空間」である
R
3
{\displaystyle \mathbb {R} ^{3}}
とは無関係に計算できる、というのがTheorema Egregiumの趣旨 である。具体的にはガウス曲率はM の距離空間としての構造(厳密にはリーマン計量 )のみから計算できる。
ヘリコイド(螺旋面)からカテノイド(懸垂面)に変形するアニメーション
したがって、
R
3
{\displaystyle \mathbb {R} ^{3}}
内でM を変形しても、その変形がM の距離構造を変えない限り、ガウス曲率は変わらない。例えばカテノイド (英語版 ) (=懸垂面)とヘリコイド (英語版 ) (=螺旋面)は見た目は大きく異なるが、両者の距離構造は同じなので、ガウス曲率は変わらない。
このように「外の空間」とは無関係にM の情報だけを用いて計算できる量をM に内在的な (英 : intrinsic )量であるという。Theorema Egregiumは、ガウス曲率がM の内在的な量である事を意味している。
Theorema Egregiumから得られる帰結として、平面上に地球の正確な歪みの無い地図 を描くことはできない。 Theorema Egregiumを使うと、地球 の地図を書くとき距離を歪ませない正確な地図は書けない事を示す事ができる [ 注 4] [ 注 5] 。実際、もし正確な地図が書けるなら、地球と地図(すなわち球面と平面)の距離構造は同一なので、Theorema Egregiumより両者のガウス曲率は等しくなければならないが、球面のガウス曲率は半径をR とすると1/R2 であり、平面のガウス曲率は0 である事が知られているので、これは矛盾である。
なお、ガウスがTheorema Egregiumなどの曲面論(ガウスの曲面論 (英語版 ) )を研究したきっかけは、国家の測量を依頼されたためであった。
ベルンハルト・リーマン はTheorema Egregiumに着目する事により、「外の空間」なしのn 次元曲面、すなわちn 次元リーマン多様体 を定義し、これが今日の微分幾何学 の研究の嚆矢となった。
さらにアルベルト・アインシュタイン は、重力の座標変換則がリーマン多様体のそれとよく似ている事に着目し、宇宙をリーマン多様体の類似物(擬リーマン多様体 )と見なすことで一般相対性理論 を確立した。
厳密な定式化
古典的な定式化
Theorema Egregiumは以下のように定式化できる:
定理 ―
R
3
{\displaystyle \mathbb {R} ^{3}}
内の曲面M に対し、M のガウス曲率はM の第一基本形式 (およびその2階以下の偏微分)のみを用いて記述できる。
なお、第一基本形式は現代的な言い方では「リーマン計量 」と呼ばれる。
具体的には第一基本形式 を
I
=
E
d
u
2
+
2
F
d
u
d
v
+
G
d
v
2
.
{\displaystyle I=E\,du^{2}+2F\,du\,dv+G\,dv^{2}.\,}
とするとき、ガウス曲率K はブリオスキの公式 (英語版 )
K
=
det
|
− − -->
1
2
E
v
v
+
F
u
v
− − -->
1
2
G
u
u
1
2
E
u
F
u
− − -->
1
2
E
v
F
v
− − -->
1
2
G
u
E
F
1
2
G
v
F
G
|
− − -->
det
|
0
1
2
E
v
1
2
G
u
1
2
E
v
E
F
1
2
G
u
F
G
|
(
E
G
− − -->
F
2
)
2
{\displaystyle K={\frac {\det {\begin{vmatrix}-{\frac {1}{2}}E_{vv}+F_{uv}-{\frac {1}{2}}G_{uu}&{\frac {1}{2}}E_{u}&F_{u}-{\frac {1}{2}}E_{v}\\F_{v}-{\frac {1}{2}}G_{u}&E&F\\{\frac {1}{2}}G_{v}&F&G\end{vmatrix}}-\det {\begin{vmatrix}0&{\frac {1}{2}}E_{v}&{\frac {1}{2}}G_{u}\\{\frac {1}{2}}E_{v}&E&F\\{\frac {1}{2}}G_{u}&F&G\end{vmatrix}}}{(EG-F^{2})^{2}}}}
により記述できる。ここでEu はE のu -偏微分を表す。
現代的な定式化
リーマン多様体 の言葉を使うと、Theorema Egregiumを以下のように再定式化できる。
M
⊂ ⊂ -->
R
3
{\displaystyle M\subset \mathbb {R} ^{3}}
を
R
3
{\displaystyle \mathbb {R} ^{3}}
のC∞ 級部分多様体とし、M に
R
3
{\displaystyle \mathbb {R} ^{3}}
の内積から誘導されるリーマン計量g を入れ、g が定めるレヴィ・チヴィタ接続 (共変微分)を∇ とし、リーマンの曲率テンソル R を
R
(
X
,
Y
)
Z
:=
∇ ∇ -->
X
∇ ∇ -->
Y
Z
− − -->
∇ ∇ -->
Y
∇ ∇ -->
X
Z
− − -->
∇ ∇ -->
[
X
,
Y
]
Z
{\displaystyle R(X,Y)Z:=\nabla _{X}\nabla _{Y}Z-\nabla _{Y}\nabla _{X}Z-\nabla _{[X,Y]}Z}
により定義する。
各点
P
∈ ∈ -->
M
{\displaystyle P\in M}
に対し、TP M のg に関する正規直交基底
e
1
,
e
2
{\displaystyle e_{1},e_{2}}
を選び、P におけるM の断面曲率 を
S
e
c
P
:=
g
(
e
1
,
R
(
e
1
,
e
2
)
e
2
)
{\displaystyle \mathrm {Sec} _{P}:=g(e_{1},R(e_{1},e_{2})e_{2})}
により定義する。断面曲率は
e
1
,
e
2
{\displaystyle e_{1},e_{2}}
の選び方によらずwell-definedである事が知られている[ 注 6] 。
このときTheorema Egregiumは以下のように再定式化できる:
定理 (Theorema Egregiumの再定式化) ―
R
3
{\displaystyle \mathbb {R} ^{3}}
の二次元部分多様体
M
⊂ ⊂ -->
R
3
{\displaystyle M\subset \mathbb {R} ^{3}}
に対し、点P におけるガウス曲率は点P における断面曲率と一致する[ 18] 。
断面曲率はM に内在的な量(リーマン計量)のみから定義したので、断面曲率はM に内在的な量である。よって上記の定理はガウス曲率がM に内在的である事を示している。
高次元の場合
M をリーマン多様体 M の部分多様体とする。M がM において余次元1であれば 、第二基本形式 が実数値の双線形写像になり、第二基本形式の固有値・固有ベクトルとして主曲率
κ κ -->
1
,
… … -->
,
κ κ -->
m
{\displaystyle \kappa _{1},\ldots ,\kappa _{m}}
およびそれに対応する主方向
e
1
,
… … -->
,
e
m
{\displaystyle e_{1},\ldots ,e_{m}}
が定義できる。さらに全ての主曲率の積としてガウス曲率
K
=
κ κ -->
1
⋯ ⋯ -->
κ κ -->
m
{\displaystyle K=\kappa _{1}\cdots \kappa _{m}}
が定義できる。(なおガウス曲率は第二基本形式の行列式に等しい)。
このとき、以下が成立する:
系 (断面曲率と主曲率の関係 ) ― i ≠j を満たす任意のi , j ∈{1 ,...,m }に対し、以下が成立する[ 18] :
S
e
c
(
e
i
,
e
j
)
=
S
e
c
¯ ¯ -->
(
e
i
,
e
j
)
+
κ κ -->
i
κ κ -->
j
{\displaystyle \mathrm {Sec} (e_{i},e_{j})={\overline {\mathrm {Sec} }}(e_{i},e_{j})+\kappa _{i}\kappa _{j}}
ここで
S
e
c
P
(
⋅ ⋅ -->
,
⋅ ⋅ -->
)
{\displaystyle \mathrm {Sec} _{P}(\cdot ,\cdot )}
、
S
e
c
¯ ¯ -->
P
(
⋅ ⋅ -->
,
⋅ ⋅ -->
)
{\displaystyle {\overline {\mathrm {Sec} }}_{P}(\cdot ,\cdot )}
はそれぞれM 、M の断面曲率である。
M が曲率c の定曲率空間であれば 、
S
e
c
(
e
i
,
e
j
)
=
c
+
κ κ -->
i
κ κ -->
j
{\displaystyle \mathrm {Sec} (e_{i},e_{j})=c+\kappa _{i}\kappa _{j}}
であり、
S
e
c
P
(
e
i
,
e
j
)
{\displaystyle \mathrm {Sec} _{P}(e_{i},e_{j})}
がM に内在的な量であることも言える:
定理 (Theorema Egregiumの一般化 ) ―
M
¯ ¯ -->
c
{\displaystyle {\bar {M}}_{c}}
を曲率c の定曲率空間とし、
M
⊂ ⊂ -->
M
¯ ¯ -->
c
{\displaystyle M\subset {\bar {M}}_{c}}
をその余次元1 の部分多様体とし、さらにP をM の点とする。さらに線形写像
ρ ρ -->
:
∧ ∧ -->
2
T
M
P
→ → -->
∧ ∧ -->
2
T
M
P
{\displaystyle \rho ~:~\wedge ^{2}TM_{P}\to \wedge ^{2}TM_{P}}
を
g
(
ρ ρ -->
(
X
∧ ∧ -->
Y
)
,
Z
∧ ∧ -->
W
)
=
g
(
R
(
X
,
Y
)
W
,
Z
)
{\displaystyle g(\rho (X\wedge Y),Z\wedge W)=g(R(X,Y)W,Z)}
により定義する。
このとき、ρ の固有値の集合は
{
κ κ -->
i
κ κ -->
j
+
c
∣ ∣ -->
i
,
j
∈ ∈ -->
1
,
… … -->
,
m
,
s.t.
i
≠ ≠ -->
j
}
{\displaystyle \{\kappa _{i}\kappa _{j}+c\mid i,j\in 1,\ldots ,m,{\text{ s.t. }}i\neq j\}}
に一致する[ 19] 。ここでm はM の次元であり、
κ κ -->
1
,
… … -->
,
κ κ -->
m
{\displaystyle \kappa _{1},\ldots ,\kappa _{m}}
は点P における主曲率である。
また
κ κ -->
1
,
… … -->
,
κ κ -->
m
{\displaystyle \kappa _{1},\ldots ,\kappa _{m}}
に対応する主方向を
e
1
,
… … -->
,
e
m
{\displaystyle e_{1},\ldots ,e_{m}}
とすると、
κ κ -->
i
κ κ -->
j
+
c
{\displaystyle \kappa _{i}\kappa _{j}+c}
に対応する固有ベクトルは
e
i
∧ ∧ -->
e
j
{\displaystyle e_{i}\wedge e_{j}}
である。
よって特に以下が従う:
系 (偶数次平均曲率の内在性、偶数次元のガウス曲率の内在性 ) ― 記号を前述の定理 と同様に取るとき
M
¯ ¯ -->
c
{\displaystyle {\bar {M}}_{c}}
におけるM のガウス曲率K はM の次元m が偶数ならM に内在的な量である[ 19] [ 注 7] 。
一方、奇数次元のガウス曲率はM に内在的な量ではない が、以下が成り立つことが知られている:
系 (符号を除いたガウス曲率の内在性) ― 記号を前述の定理 と同様に取る。M の次元m が奇数であっても、
M
¯ ¯ -->
c
{\displaystyle {\bar {M}}_{c}}
におけるM のガウス曲率K は符号を除いて内在的な量である[ 19] [ 注 8] [ 注 7]
以上の事から、m が偶数の場合には
M
¯ ¯ -->
c
{\displaystyle {\bar {M}}_{c}}
におけるM のガウス曲率をリーマン曲率で書きあらわす事ができる。
M
¯ ¯ -->
c
{\displaystyle {\bar {M}}_{c}}
が曲率0の場合は、具体的にはリーマン曲率から定まるオイラー形式 がガウス曲率と一致する。
このオイラー形式はガウス・ボンネの定理 の高次元化にも役に立ち、オイラー形式を積分したものがオイラー数に一致する、という形で高次元のガウス・ボンネの定理を記述できる。
詳細は部分リーマン多様体の接続と曲率 の項目を参照されたい。
脚注
出典
注釈
^ 「¯ 」で長母音 を「˘ 」で短母音 を表すと「thĕōrēma ēgrĕgĭum」である[ 1] 。ラテン語の発音は基本的には文字をそのまま読めば良い[ 2] [ 3] 。ただし「th」に関してはギリシア語の借入なので、古典ギリシア語 と同様帯気音 [tʰ] と発音するのが本来だが実際には[t] と発音する事も多かった[ 4] 。よってTheorema Egregiumを音訳すると「テオーレーマ・エーグレギウム」となる。なお、Theoremaのアクセントは前から2番目の「e」のところ、Egregiumのアクセントは語頭の「E」の位置にある[ 3] 。アクセントが強勢アクセント なのか高低アクセント なのかは未解決であるが強勢アクセントだったという説が有力である[ 5] 。
^ a b c ラテン語で「Theorema」は「 1. 議論、問題、2. 定理、3. 意見、見解、4. 見ること、観察」という意味のギリシャ語源の中性名詞であり[ 6] 、「egregium」は形容詞「egregius」が中性単数主格の名詞につくときの格変化で、意味は「1. すぐれた、卓越した 2. 名誉ある」である[ 6] 。
^ より直訳に近いのは、「前項の公式はそれ自身が卓越した定理を導く」であるが、「定理」の部分が定理の表題を兼ねているので、この訳文にした。
^ ここでいうのは地図上の任意の二点間 の距離を保つ地図が書けない、という事である。与えられた一点からの距離を保つ地図であれば実現可能で正距方位図法 (リーマン多様体 の言葉で言えば正規座標 (英語版 ) )がこれにあたる。
^ ガウス曲率は断面曲率に一致する(後述)ので、平面、および球面の断面曲率を直接計算する事でもこの事実を証明でき、この場合は証明にTheorema Egregiumを必要としない。ただし、ガウス曲率が断面曲率に等しいという知見自身はTheorema Egregiumにより得られたものである。
^ 一般のm 次元リーマン多様体の場合は、正規直交基底
e
1
,
e
2
{\displaystyle e_{1},e_{2}}
の貼る平面と別の正規直交基底
e
1
′
,
e
2
′
{\displaystyle e'_{1},e'_{2}}
の貼る平面が同一であれば、これらの基底の定義する断面曲率は同一である。今は2 次元のリーマン多様体M を考えているので、この条件は常に満たされる。
^ a b 本定理でいる「内在的」の意味に注意する必要がある。実際、M の内在的な量から直接計算される
c
+
κ κ -->
i
κ κ -->
j
{\displaystyle c+\kappa _{i}\kappa _{j}}
から
κ κ -->
i
κ κ -->
j
{\displaystyle \kappa _{i}\kappa _{j}}
を求めるには、c を知らねばならず、積
κ κ -->
i
κ κ -->
j
{\displaystyle \kappa _{i}\kappa _{j}}
はc に依存して決まる 。よって
κ κ -->
i
κ κ -->
j
{\displaystyle \kappa _{i}\kappa _{j}}
から求まる偶数次平均曲率やガウス曲率の平方等もc に依存して決まる量である。
本定理で言う「内在的」はc をfixしたとき、任意に埋め込み写像
f
:
M
→ → -->
M
¯ ¯ -->
c
{\displaystyle f~:~M\to {\bar {M}}_{c}}
を取ると、f から定まる主曲率の積の集合
{
κ κ -->
i
f
κ κ -->
j
f
}
{\displaystyle \{\kappa _{i}{}^{f}\kappa _{j}{}^{f}\}}
(やそこから定まる偶数次平均曲率、、ガウス曲率の平方等)は、f が
M
¯ ¯ -->
c
{\displaystyle {\bar {M}}_{c}}
への埋め込み写像である限り 、f に依存しない、という意味である。
^ すなわちガウス曲率の自乗K2 がM に内在的な量である。
文献
参考文献
原論文
ラテン語:
英訳
ウェブ
書籍
Carl Friedrich Gauss (Author), Adam Hiltebeitel (Translator), James Morehead (Translator), General Investigations Of Curved Surfaces Unabridged (Paperback), Wexford College Press, 2007, ISBN 978-1-929148-77-6 .
Carl Friedrich Gauss (Author), Peter Pesic (Editor), General Investigations of Curved Surfaces (Paperback), Dover Publications, 2005, ISBN 978-0-486-44645-5 .
関連項目
外部リンク