代数的整数論(だいすうてきせいすうろん、英: algebraic number theory)は数論の一分野であり、抽象代数学の手法を用いて、整数や有理数、およびそれらの一般化を研究する。数論的な問題は、代数体やその整数環、有限体、関数体のような代数的対象の性質のことばで記述される。これらの性質は、例えば環において一意分解が成り立つかとか、イデアルの性質、体のガロワ群などであるが、ディオファントス方程式の解の存在のような、数論において極めて重要な問題を解決することができる。
代数的整数論の歴史
ディオファントス
代数的整数論の始まりはディオファントス方程式までさかのぼることができる[1]。これは3世紀のアレクサンドリアの数学者ディオファントスに因んで名づけられたもので、彼はそれを研究し、ある種のディオファントス方程式を求める手法を発達させた。典型的なディオファントス問題は、2つの整数 x と y であって、それらの和とそれらの平方の和が与えられた2つの数 A と B にそれぞれ等しくなるようなものを見つけることである:
Disquisitiones は、エルンスト・クンマー、ペーター・グスタフ・ルジューヌ・ディリクレ、リヒャルト・デデキントを含む、19世紀のヨーロッパの他の数学者たちの研究の開始点だった。ガウスによって与えられた注釈の多くは実質、彼自身のさらなる研究の告知であったが、出版されないままだったものもある。それらは当時の人々にとってとりわけ謎めいて見えたに違いない。今では我々はそれらを特に L 関数と虚数乗法の理論の萌芽を含んでいると読み取ることができる。
ディリクレ
1838年と1839年の2つの論文において、ペーター・グスタフ・ルジューヌ・ディリクレは二次形式に対する最初の類数公式を証明した(後に彼の学生クロネッカーによって精密化された)。この公式は、ヤコビが「人間の洞察力の最大限に触れる (touching the utmost of human acumen)」結果と呼んだが、より一般の数体に対する類似の結果への道を拓いた[5].彼は二次体の単数群の構造の研究に基づいてディリクレの単数定理という代数的整数論における基本的な結果を証明した[6]。
"Although the book is assuredly based on Dirichlet's lectures, and although Dedekind himself referred to the book throughout his life as Dirichlet's, the book itself was entirely written by Dedekind, for the most part after Dirichlet's death." (Edwards 1983)
素元とは O の元 p であって、p が積 ab を割り切るならば因子 a か b の一方を割り切るもののことである。この性質は整数の素数性と密接に関係する。なぜならばこの性質を満たす任意の正の整数は 1 か素数だからである。しかし、素元の方が真に弱い。例えば、−2 は負だから素数ではないが、素元である。素元への分解を許せば、整数においてさえ、
のような異なる分解が存在する。一般に、u が単元、すなわち O において乗法逆元を持つ数で、p が素元ならば、up もまた素元である。p と up のような数は同伴であるという。整数において、素数 p と −p は同伴であるが、これらのうち一方のみが正である。素数は正であると要求すれば同伴な素元の集合から一意的に元が選ばれる。しかしながら、K が有理数でないときには、正の概念の類似はない。例えば、ガウスの整数Z[i] では、数 1 + 2i と −2 + i は、後者は前者に i を掛けたものだから同伴だが、他方より自然であるとして一方を選び出す方法は存在しない。これから
がある。ここで各 は素イデアルであり、この表現は因子の順序の違いを除いて一意である。特に、これは I がただ1つの元で生成される主イデアルのときに正しい。これは一般の数体の整数環が一意分解を持つという最も強い主張である。環論のことばでは、整数環はデデキント整域であるということである。
O が一意分解整域であるときは、すべての素イデアルはある1つの素元によって生成される。そうでないときは、素元で生成されない素イデアルが存在する。例えば Z[√−5] において、イデアル (2, 1 + √−5) は1つの元で生成できない素イデアルである。
歴史的には、イデアルを素イデアルに分解するアイデアはエルンスト・クンマーの理想数(英語版)(イデアル数)の導入にはじまった。これらは K の拡大体 E の属する元である。この拡大体は今ではヒルベルト類体と呼ばれる。主イデアル定理(英語版)により、O の任意の素イデアルは E の整数環の主イデアルを生成する。この主イデアルの生成元はイデアル数と呼ばれる。[要検証 – ノート]クンマーはこれらを、円分体における一意分解の不成立のための代用品として用いた。これらはやがてリヒャルト・デデキントによるイデアルの先祖の導入とイデアルの一意分解の証明を導いた。
ここで 1 + i = (1 − i) ⋅ i だから 1 + i と 1 − i で生成されたイデアルは同じであることに注意。ガウスの整数でどのイデアルが素イデアルのままであるかという問への完全な解答はフェルマーの二平方和の定理によって与えられる。奇素数 p に対して pZ[i] は、p ≡ 3 (mod 4) ならば素イデアルであり、p ≡ 1 (mod 4) ならば素イデアルでない。このこととイデアル (1 + i)Z[i] が素イデアルという観察を合わせて、ガウスの整数での素イデアルの完全な記述を得る。この単純な結果をより一般の整数環に一般化することは代数的整数論における基本的な問題である。類体論は K が Q のアーベル拡大である(すなわちガロワ拡大でありそのガロワ群がアーベル群である)ときにこの目標を達成する。
イデアル類群
一意分解が不成立なことと主イデアルでない素イデアルが存在することは同値である。素イデアルが主イデアルからどのくらい離れているかを測る対象はイデアル類群と呼ばれる。イデアル類群を定義するには、群構造を持たせるために、整数環のイデアルの集合を大きくする必要がある。これはイデアルを分数イデアルに一般化することでなされる。分数イデアルは K の加法的部分群 J であって O の元の積で閉じている。すなわち x ∈ O のとき xJ ⊆ J となるもののことである。O のすべてのイデアルは分数イデアルでもある。I と J が分数イデアルであるとき、I の元と J の元の積全体の集合 IJ もまた分数イデアルである。この演算により零でない分数イデアルの集合は群となる。群の単位元はイデアル (1) = O であり、J の逆元は(一般)イデアル商J−1 = (O : J) = { x ∈ K : xJ ⊆ O } である。
主分数イデアル、すなわち Ox, ただし x ∈ K×, の形のイデアルたちは、非零分数イデアルの群の部分群をなす。非零分数イデアルの群をこの部分群で割った商がイデアル類群である。2つの分数イデアル I と J がイデアル類群の同じ元を表すことと、ある元 x ∈ K が存在して xI = J となることは同値である。したがってイデアル類群は2つの分数イデアルを、一方が他方と主イデアルさが同じときに、同値にする。イデアル類群は一般に Cl K, Cl O, あるいは Pic O と書かれる(最後の表記はイデアル類群を代数幾何学のピカール群と同一視している)。
イデアル類群の元の個数は K の類数と呼ばれる。Q(√−5) の類数は 2 である。これは2つしかイデアル類がないことを示す。主分数イデアルの類と、(2, 1 + √−5) のような主でない分数イデアルの類である。
イデアル類群は因子のことばによる別の記述をもつ。数の可能な分解を表す形式的な対象がある。因子群 Div K は O の素イデアルたちによって生成される自由アーベル群と定義される。K の零でない元が乗法についてなす群 K× から Div K への群準同型がある。x ∈ K が次を満たすとする:
このとき div x は次の因子と定義される。
div の核は O の単数群であり、余核はイデアル類群である。ホモロジー代数のことばでは、これは(乗法的な)アーベル群の次の完全列があることを言っている:
実・複素埋め込み
Q(√2) のような数体は、実数体の部分体として特定できる。Q(√−1) のような数体は、できない。抽象的には、そのような特定は体準同型 K → R あるいは K → C と対応する。これらはそれぞれ実埋め込みと複素埋め込みと呼ばれる。
慣習的に、K の実埋め込みの個数は r1 と書かれ、複素埋め込みの共役対の個数は r2 と書かれる。K の符号は対 (r1, r2) である。d を K の次数としたとき,r1 + 2r2 = d となることは定理である。
すべての埋め込みを同時に考えることで関数
が決定される。これはミンコフスキー埋め込みと呼ばれる。複素共役によって固定される終域の部分空間は次元 d の実ベクトル空間であり、ミンコフスキー空間(英語版)と呼ばれる。ミンコフスキー埋め込みは体準同型によって定義されるから、元 x ∈ K による K の元の積はミンコフスキー埋め込みで対角行列を掛けることに対応する。ミンコフスキー空間上のドット積はトレース形式 ⟨x|y⟩ = Tr(xy) に対応する。
ミンコフスキー空間における O の像は d 次元格子である。B をこの格子の基底とすると、det BTB は O の判別式である。判別式は Δ あるいは D と書かれる。O の像の余体積は √|Δ| である。
素点
実と複素の埋め込みは付値に基づいた観点を採用することで素イデアルとして同じ足場に置くことができる。例えば有理整数を考えよう。通常の絶対値関数 |·|: Q → R に加えて、各素数 p に対して定義される p 進絶対値関数 |·|p: Q → R があり、これは p による可除性を測る。オストロフスキーの定理は(同値の違いを除いて)これらが Q 上のすべての可能な絶対値関数であると述べている。したがって絶対値は Q の実埋め込みと素数をともに記述する共通の言語である。
代数体の素点 (place) は K 上の絶対値(英語版)関数の同値類である[注 2]。素点には2種類ある。O の各素イデアル に対して -進絶対値が存在し、p-進絶対値と同様、それは可除性を測る。これらは有限素点と呼ばれる。素点のもう1つの種類は K の実あるいは複素埋め込みと R あるいは C 上の通常の絶対値関数を用いて特定できる。これらは無限素点である。絶対値は複素埋め込みとその共役の間で区別することができないから、複素埋め込みとその共役は同じ素点を決定する。したがって r1 個の実素点と r2 個の複素素点が存在する。v が絶対値に対応する付値であるとき、しばしば v | ∞ と書いて v が無限素点であることを、 と書いてそれが有限素点であることを意味する。
ただし v は K の無限素点を渡り、|·|v は v に付随する絶対値である。写像 L は K× から実ベクトル空間への準同型である。O× の像は によって定義された超平面を張る格子であることを示すことができる。この格子の余体積は数体の単数基準である。アデール環を用いて考えることで可能になる簡素化の1つは、この格子による商とイデアル類群をともに記述する単一の対象イデール類群が存在することである。
数体 K を素点 w で完備化すると完備体(英語版)を得る。付値がアルキメデス的ならば R または C を得、非アルキメデス的で有理数の素数 p の上にあれば、有限拡大 Kw / Qp: 有限の剰余体を持つ完備離散付値体を得る。この手順は体の算術を単純化し、問題を局所的に研究できるようになる。例えば、クロネッカー・ウェーバーの定理は類似の局所的な主張から容易に結論できる。局所体の研究の背後にあるこの哲学は幾何学的な手法によって大きく動機づけされる。代数幾何学では、多様体を極大イデアルに局所化することで点で局所的に研究することが一般的である。すると大域的な情報は、局所的なデータを貼り合わせることで復元できる。この精神は代数的整数論において取り入れられる。数体の整数環の素元が与えられると、その素元において局所的に体を研究することが望ましい、したがって整数環をその素元に局所化し、多くは幾何学の精神で分数体を完備化する。
主要な結果
類群の有限性
代数的整数論における古典的な結果の1つは代数体K のイデアル類群が有限であることである。類群の位数は類数と呼ばれ、しばしば文字 h で書かれる。
相互律を表すいくつかの異なる方法がある。19世紀に見つかった早期の相互律は通常、平方剰余記号を一般化する、素数がいつ別の素数を法として n 乗の剰余になるかを記述する冪剰余記号(p/q) を用いて表され、(p/q) と (q/p) の間の関係を与える。ヒルベルトは相互律を再定式化し、1の冪根の値を取るヒルベルト記号(a, b/p) の p を渡る積が 1 に等しいと言った。アルティンが再定式化した相互律は、イデアル(あるいはイデール)からガロワ群の元へのアルティン記号はある部分群上自明であるというものである。いくつかのより最近の一般化は相互律を群のコホモロジーやアデール群や代数的 K 群の表現を用いて表し、もともとの平方剰余の相互律との関係を見るのは難しい。
代数的整数論は他の多くの数学分野と係わっている。代数的整数論はホモロジー代数の道具を用いる。関数体と数体の類似を通して、代数幾何の技術や思想に依拠する。さらに、整数環の代わりに Z 上の高次元スキームを研究する分野は数論幾何と呼ばれる。代数的整数論はまた数論的双曲3次元多様体の研究においても用いられる。