キルシェンバウム(Kirshenbaum)またはASCII IPA(アスキーアイピーエー)は、国際音声記号(IPA)を元に作られた ASCII 文字のみで表現された音声記号である。国際音声記号には特殊な文字が多く、そのままではコンピュータ上で扱うことが困難なので、ASCIIの7ビット文字のみで国際音声記号を表現する手段として考案された。類似の音声記号体形にSAMPA及びそれを改訂したX-SAMPAがある。
キルシェンバウムの名は、この方式の作成を主導したエヴァン・キルシェンバウムの名に基づく。元来、Usenet、特に sci.lang と alt.usage.english の両ニュースグループにおいて音声記号を表現する必要に迫られたことから作られた。
特徴
キルシェンバウムでは、まず音を弁別素性に分析し、各素性に3文字の略称を与える。たとえば「rnd」で円唇性を、「blb」で両唇音を表す。ひとつの音を素性の束として表すには、複数の素性をコンマで区切って波括弧 {……} で囲む。
よく使う音は、IPAと同様に字母的な記号を与える。たとえば、「b」は有声両唇破裂音であるから、「{blb,vcd,stp}」と書いたのと同じことになる。
字母的記号のうしろに弁別素性を不等号 <……> で囲んで置くことができる。これによって記号の数を減らすことが可能になっている。たとえば有声咽頭摩擦音[ʕ]は、無声咽頭摩擦音[ħ]を表す記号「H」と有声を表す素性「vcd」を使って「H<vcd>」と表される。
アルファベットの小文字は基本的にIPAと同じ音を表す。ただし、英語の音声の記述が簡単になることを重視している関係上、「r」はIPAの[ɹ](歯茎接近音)を表し、[r](歯茎ふるえ音)は「r<trl>」と書く。仕様書によれば、英語以外を主に使うニュースグループでは対応関係を変えてもよいとしている。ASCIIにない字は大文字やアルファベット以外の文字を使って表現する。
弁別素性以外にも、IPAでは使わないいくつかの記号を文字に後置することができる。
一覧
仕様書の附属書D、Eに従う。
子音
同一欄に2文字を含む場合、左が無声(vls)、右が有声(vcd)を表す。
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両唇音 (blb)
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唇歯音 (lbd)
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歯音 (dnt)
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歯茎音 (alv)
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後部歯茎音 (pla)
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そり舌音 (rfx)
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硬口蓋音 (pal)
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軟口蓋音 (vel)
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口蓋垂音 (uvl)
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咽頭音 (phr)
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声門音 (glt)
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破裂音(stp)
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p b |
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t[ d[ |
t d |
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t. d. |
c J |
k g |
q G |
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?
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鼻音(nas)
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m |
M |
n[ |
n |
|
n. |
n^ |
N |
n" |
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ふるえ音(trl)
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b<trl> |
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r<trl> |
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r" |
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はじき音(flp)
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* |
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*. |
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摩擦音(frc)
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P B |
f v |
T D |
s z |
S Z |
s. z. |
C C<vcd> |
x Q |
X g"[1] |
H H<vcd> |
h[2] h<?>
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側面摩擦音 (lat frc)
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s<lat> z<lat> |
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接近音(apr)
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r<lbd> |
r[ |
r |
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r. |
j[3] |
j<vel> |
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側面音(lat apr)
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l[ |
l |
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l. |
l^ |
L |
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- 喉頭蓋音の記号は存在しない。
- 放出音(ejc)・入破音(imp)は ` を後続させる。吸着音(clk)は ! を後続させるが、IPAと1対1に対応していない。
- L は軟口蓋歯茎側面接近音[ɫ]、軟口蓋側面接近音[ʟ]、無声歯茎側面摩擦音[ɬ]の3種類を兼用する([ɫ]と[ʟ]を同音であるかのように扱っているが、異なる音である)。ただし[ɬ]のためには別に s<lat> が存在する。
- 両唇軟口蓋音のための素性 lbv があり、t<lbv> ([k͡p])、d<lbv>([g͡b])、n<lbv>([ŋ͡m])のように表す。
- w は有声両唇軟口蓋接近音[w]だが、摩擦音を兼用するとある。無声の[ʍ]は「w<vls>」とする。
- 有声両唇硬口蓋接近音[ɥ]は j<rnd> と表す。
- 歯茎側面はじき音[ɺ]は *<lat> と表す。
- 歯茎硬口蓋音[ɕ ʑ] のための記号は存在しないが、口蓋化した後部歯茎摩擦音と考えれば S; Z; と表される。
母音
同一欄に2文字を含む場合、左が非円唇(unr)、右が円唇(rnd)を表す。
その他の記号
算用数字は声調を表すために使う。各言語で伝統的に決まっている数字を使用する(たとえば北京語では1から4までの数字を使う)。
弁別素性を表す記号は不等号で囲むが、字母的記号と紛れる心配のないものは不等号を省略できる。以下の表では省略した形で載せる。
記号 |
素性略号 |
意味 |
備考
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' |
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第一強勢 |
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, |
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第二強勢 |
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# |
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音節または単語の境界 |
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: |
lng |
長 |
半長・極短の記号は定義されていない
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<o> |
vls |
無声音 |
有声音に後続したとき
|
<h> |
asp |
帯気音 |
|
- |
syl |
音節主音 |
子音に後続したとき
|
<r> |
rzd |
R音化 |
|
<?> |
mrm |
息もれ声 |
|
<w> |
lzd |
唇音化 |
|
; |
pzd |
口蓋化 |
|
~ |
vzd |
軟口蓋化 |
子音に後続したとき
|
<H> |
fzd |
咽頭化 |
|
[ |
dnt |
歯音 |
|
~ |
nzd |
鼻音化 |
母音に後続したとき
|
<o> |
unx |
開放なし |
無声音に後続したとき
|
キルシェンバウムには1989年に国際音声記号に加えられた多数の変更が反映されていない。息もれ声の素性はあるが、きしみ声の素性がないなど。
脚注
- ^ 仕様書によると有声口蓋垂摩擦音[ʁ]と接近音の両方を表すとする
- ^ 仕様書では接近音になっているが、何かの誤りだろう
- ^ 附属書Bによると接近音と摩擦音を兼用するとあるが、附属書Dの表では摩擦音にはC<vcd>を使っている
- ^ [ɵ]にあたる。IPAでは半狭母音としており、説明が異なる
- ^ [æ]に相当。IPAと説明が異なる
- ^ a b [ɶ]に相当する音として &. と a. のどちらを使えばよいのか明らかでない
- ^ [a]に相当。IPAでは前舌広母音としており、説明が異なる
関連項目
外部リンク