Ϡ , ϡ (サンピ、ギリシア語 : σαμπί )は、使われなくなったギリシア文字 の一つ。現在は数字 の900としてのみ用いられる。
音素文字としての使用
紀元前6世紀から5世紀のアナトリア半島 のイオニア方言 で、後のイオニア方言ではσσ (ss)と書かれる場所にT のような形の文字(Ͳ )が使われている。例: ΕΛΑͲΟΝΟΣ (ἐλάσσονος ) 「より小さい(属格)」、 ΤΕͲΑΡΑϘΟΝΤΑ (τεσσαράκοντα ) 「40」[ 1] 。また、ギリシア語が借用した非ギリシアのエーゲ文明 の言語にもこの音があったようであり、借用語や固有名詞にこの字が出現する。例: ΘΑΛΑͲΗΣ (θαλάσσης ) 「海(属格)」、ΑΛΙΚΑΡΝΑͲΕΩΝ (Ἁλικαρνασσέων ) 「ハリカルナッソス 人(複数属格)」[ 1] 。
キュプロス文字 で書かれたアルカディア方言でも単なる/s/ とは異なる文字を使用しており、おそらく破擦音だった[ 2] 。
歴史的にはギリシア祖語で *k(ʷ)(ʰ)y, *t(ʰ)y, *tw に由来する音がまず /tʃ/ ないし /ts/ のような音に変化し、「Ͳ 」はこの音を表していると考えられる。後にアッティカ 、ボイオーティア 、クレタ島 の方言では「ττ 」(tt)、それ以外の方言では「σσ 」(ss)に変化した[ 1] [ 2] 。
文字の起源は不明だが、/ts/ という音を表した点から考えれば、フェニキア文字 のツァデに由来するかもしれない。ただし、ツァデならば本来「Π 」の後ろに置かれるはずで、数字としてのサンピがΩ の後に置かれて900を表す点は異なる[ 1] 。フェニキア文字ツァデに由来する文字としては、Σ (シグマ)と同じ /s/ を表すために一部の地域で使われた Ϻ (サン)があるが、この文字との関係は明らかでない。
用例
壺に描かれたヘラクレス とネッソス
紀元前7世紀末のものという壺にはネッソス の名前が「ΝΕΤΟΣ 」と書かれている。通常のギリシア語では「Νεσσος 」であるため、この「Τ 」は実際には Ͳ のつもりであったとする説がある[ 3] 。
より確実なものとしては、エフェソス 出土の紀元前7世紀から6世紀前半の刻文に数字の4と40を「ΤΕͲΑΡΕΣ 」(=τέσσαρες )、「ΤΕͲΑΡΑϘΟΝΤΑ 」(=τεσσαράκοντα ) と書いた例がある[ 4] 。
数字としての使用
€-型のサンピ
通常の文字として使われなくなった「Ͳ」は、おそらく数字の900を表し「サンピ」の名で呼ばれる文字(ϡ )として生きのこった[ 1] 。
サンピという名称はビザンチン時代につけられたもので、おそらく ὧς ἂν πῖ 「ピーΠ のような」という意味である[ 1] 。「ディシグマ」という別名がある。現在の字形も文字の名称も中世以降のもので、本来の文字名称は不明である。
ゴート文字 では「↑」のような形をしており、数字900としてのみ使用される。文字名称は存在しない。キリル文字 で900を表す「Ѧ 」は、[ẽ] を表す文字であった[ 5] 。
符号位置
大文字
Unicode
JIS X 0213
文字参照
小文字
Unicode
JIS X 0213
文字参照
備考
Ϡ
U+03E0
-
Ϡ
Ϡ
ϡ
U+03E1
-
ϡ
ϡ
数字
Ͳ
U+0372
-
Ͳ
Ͳ
ͳ
U+0373
-
ͳ
ͳ
古代の字形
脚注
参考文献
W. Sidney Allen (1987) [1968]. Vox Graeca (Third ed.). Cambridge University Press. ISBN 0521335558
Roger D. Woodard (2004). “Greek Dialects”. The Cambridge Encyclopedia of the World's Ancient Languages . Cambridge University Press. pp. 650-672. ISBN 9780521562560