トウヒ属 (唐檜属、学名:Picea )はマツ科 の針葉樹のグループの一つ。
分布
北半球のアジア ・ヨーロッパ ・北米 の温帯 から亜寒帯 にかけて、広い範囲に約40種が分布する[ 1] 。分布の北限はシベリア ・アラスカ ・カナダ の北極圏 、南限はユーラシア ではビルマ とヒマラヤ 、北米ではメキシコ 北部の高山地帯に達する。タイガ や中緯度山岳地帯の亜高山帯 における重要樹種のひとつである。日本 では、北海道 と本州 中部山岳地帯の山地帯上部から亜高山帯 を中心に分布し、一部の種は九州 の山地まで分布する。
アジア産の種が最も多く、分布の中心はヒマラヤ、中国、日本、シベリアにかけての地域である[ 1] 。変種ではヨーロッパトウヒが最も多く100種類以上あり、北半球に広く分布する[ 1] 。
形態
樹形は環境により異なるが、いわゆる「クリスマスツリー 」型の典型的な針葉樹であり、円錐 形に成長するものが多い。枝は同じ高さから四方八方に伸ばす(輪生という)。
樹高は生育環境によって大幅に異なるが、条件の良い場所ではかなりの巨木になる場合がある。北米太平洋岸には樹高95メートルのシトカトウヒ があり、世界最高の巨木の1つである。
和名に「〜バラモミ」、「〜ハリモミ」と付くものが散見されることからも窺えるように、樹形や葉の付き方はモミ属 とよく似る。しかし樹皮 は茶色で鱗状に割け、葉の先端が尖る、枝に「葉沈」と呼ばれる突起があってそこから葉がのびている点がモミ属 と異なっている。葉の断面は横に扁平(トウヒ節)の種類と菱形(バラモミ節とオモリカトウヒ節)な種類がある。
また、モミ類では球果 (松ぼっくり)が枝の上に直立して生じるのに対して枝から下に垂れ下がること、丸っこい種子鱗片の下から針状にとがった包鱗片が顔を見せるが、トウヒ属では包鱗片はごく小さくて外から見えないこと、種子の散布後にモミ属では鱗片が脱落するがトウヒ属では残ることなどが大きく異なる。
ツガ属 は葉はモミ属に近いが毬果の性質はトウヒ属に近い。ただし毬果は遙かに小さい点で区別できる。トガサワラ属 やアブラスギ属 はその点ではトウヒ属に近いが包鱗片がよく発達する。
生態
他のマツ科樹木と同じくトウヒ属樹木の根 も菌類 と共生 し菌根 を形成する。樹木にとっては菌根を形成することで、土壌中の栄養分の吸収促進や菌類が作り出す抗生物質 等による病原微生物の駆除等の利点があり、菌類にとっては樹木から光合成 産物の一部を分けてもらうことができる。土壌中には菌根から菌糸を介し同種他個体や他種植物に繋がる広大なネットワークが存在すると考えられている[ 2] [ 3] [ 4] [ 5] [ 6] [ 7] 。共生する菌類の子実体は人間がキノコ として認識できる大きさに育つものが多く、中には食用にできるものもある。
更新については種子によるものが一般的。ただしトウヒ属の種子はただ地表に落ちた時よりも倒木や切り株などの上に落ちた時の方が生存しやすいという倒木更新 (英:nurse log)という事例がしばしば報告される。また、地表に近い枝が接地しそこから根を出して増える取り木 的な栄養繁殖である伏条更新を採る種が知られている[ 8] 。スウェーデン の中部の山岳地帯にはこのような栄養繁殖を繰り返した結果、個体として9500年余りも生きているオウシュウトウヒが確認されている。
人間との関係
木材
トウヒ属の木材はマツ属 (Pinus )やカラマツ属 (Larix )のように辺材と心材の区別が明瞭ではなく、とくに乾燥した状態では区別ができない。このような木材を淡色心材、もしくは熟材などとよびトウヒ属の他にモミ属(Abies )樹木などにも知られる。モミ属と共に軟らかいために加工性は良く、また軽いという利点はある一方で、耐久性はかなり低いと評価されることが多いグループであり、構造材ではなく楽器 や家具を中心に利用されてきた。日本においても耐久性に優れるヒノキ科 針葉樹に押され構造材としては稀であった。ただし、人工乾燥、防腐加工、接着剤 の改良、集成材 (laminated wood)などの各種技術の発展により欠点を克服し建築用の構造材として用いられることも増えてきた。特に北欧などでは最も人件費のかかる下刈作業をほとんど行わずに、植栽後はほぼ放置状態でトウヒ属人工林を成立させ収穫することが可能な地域もあり、低コストで生産できる木材資源として注目されている。
スプルース、北洋エゾマツ、ホワイトウッドなどの名称で、シベリアや北米、北欧などから大量に輸入され、建築用材や土木用材として使用され、程度の良いものは弦楽器 の表面板や家具 などにも使われる。なお、弦楽器の表面板の材料としてしばしば表記される「ドイツ松」は、ドイツトウヒ またはその他のトウヒ属の材のことである。
利用される種
エンゲルマントウヒ Picea engelmannii 、シトカトウヒ Picea sitchensis 、カナダトウヒ Picea glauca など、主に北米やカナダで産出されるトウヒ類がよく利用される。日本ではこれらを総称して、ベイトウヒ(米唐桧)、ホクヨウエゾマツ(北洋蝦夷松)、アラスカヒノキ(アラスカ檜)と呼ぶ。トウヒ属はマツ科 であってヒノキ科 ではないが、1964年東京オリンピック 直前の建築需要急増の際に、ヒノキ の代替木材として輸入され、見た目がヒノキに似ていたため、材木業界でこの呼び名が普及した。
用途
建築材として使用されるのが一般的であるが、良質なものはピアノ 、ギター 、ヴァイオリン などの楽器、家具、木製の競漕用ボートの船殻、まな板 などに用いられる。見た目がカヤ に似ているので、将棋盤 や碁盤 に「新カヤ」という名称で使用されるが、カヤに比べるとかなり柔らかく、耐用年数は低いとされる。
木造枠組壁構法 の構造材(ディメンションランバー )には、いずれも針葉樹であるスプルース (S) とパイン (P) 、ファー (F) からなるSPF材 が利用される。
材木はクリーム色から薄黄色である。
フィエンメ渓谷産
北イタリアのフィエンメ渓谷 産スプルース (ABETE ROSSO) はヴァイオリン、チェロといった弦楽器の表板やピアノの響板 として利用される。
フィエンメ渓谷産はコミュニティーメンバーのみに伐採を許されており、楽器用としてはCiresa社が取り扱っている[ 9] 。
分類
系統分類
トウヒ属は5つの系統に分かれる[ 10] [ 11] 。基底的な系統はいずれも北米 産で、トウヒ属が北米起源であることを示唆している。旧大陸 に産するのは派生的な Clade IV と Clade V に限られる。
Clade I
Clade II
Clade III
Clade IV
Clade V
ドイツトウヒ Picea abies の球果
旧分類
球果と葉に基づく分類である。
オモリカトウヒ節
球果は大きく、表面は鱗状、葉の断面はやや平ら
Clade I
Clade IV の一部
Clade V の一部
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トウヒ節
球果は小さく表面は鱗状、葉の断面は扁平。エゾマツ以外はすべて北米産
Clade II
Clade III
Clade V の一部
バラモミ節
球果は大きく表面はなめらか。葉はとがり、断面は四角。
日本産種
日本には以下の7種と1変種または6種と2変種(ヤツガタケトウヒとヒメマツハダは同一種内の変種と扱われる場合がある)が分布する。エゾマツとアカエゾマツ以外は日本の特産種である。
アカエゾマツ Picea glehnii
エゾマツ Picea jezoensis
トウヒ Picea jezoensis var. hondoensis
ヒメバラモミ Picea maximowiczii
ヒメマツハダ Picea shirasawae
バラモミ (ハリモミ) Picea torano syn. P. polita
マツハダ Picea alcoquiana syn. P. bicolor
ヤツガタケトウヒ Picea koyamai
脚注
^ a b c 辻井達一 『日本の樹木』中央公論社 〈中公新書〉、1995年4月25日、30 - 31頁。ISBN 4-12-101238-0 。
^ 谷口武士 (2011) 菌根菌との相互作用が作り出す森林の種多様性(<特集>菌類・植食者との相互作用が作り出す森林の種多様性). 日本生態学会誌61(3), p311-318. doi :10.18960/seitai.61.3_311
^ 深澤遊・九石太樹・清和研二 (2013) 境界の地下はどうなっているのか : 菌根菌群集と実生更新との関係(<特集>森林の"境目"の生態的プロセスを探る). 日本生態学会誌63(2), p239-249. doi :10.18960/seitai.63.2_239
^ 岡部宏秋,(1994) 外生菌根菌の生活様式(共生土壌菌類と植物の生育). 土と微生物24, p15-24.doi :10.18946/jssm.44.0_15
^ 菊地淳一 (1999) 森林生態系における外生菌根の生態と応用 (<特集>生態系における菌根共生). 日本生態学会誌49(2), p133-138. doi :10.18960/seitai.49.2_133
^ 宝月岱造 (2010)外生菌根菌ネットワークの構造と機能(特別講演). 土と微生物64(2), p57-63. doi :10.18946/jssm.64.2_57
^ 東樹宏和. (2015) 土壌真菌群集と植物のネットワーク解析 : 土壌管理への展望. 土と微生物69(1), p7-9. doi :10.18946/jssm.69.1_7
^ 斎藤新一郎 (1993) 高木類および低木類にみられる伏条更新の諸事例(会員研究発表論文). 日本林学会北海道支部論文集41, p.199-201. doi :10.24494/jfshb.41.0_199
^ Opere Sonore(オペレ・ソノーレ)のブログ
^ Ran, J.-H.; Wei, X.-X.; Wang, X.-Q. (2006), “Molecular phylogeny and biogeography of Picea (Pinaceae): Implications for phylogeographical studies using cytoplasmic haplotypes”, Mol Phylogenet Evol. 41 (2): 405–419
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関連項目