Thyago Vieira Négs |
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チャンネル |
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活動期間 |
2020年4月11日 - |
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ジャンル |
Vlog |
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登録者数 |
2,450人 |
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総再生回数 |
44,818回 |
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チャンネル登録者数・総再生回数は 2022年12月2日時点。 |
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チアゴ・ビエイラ・ルシオ(Thyago Vieira Lucio, ポルトガル語発音: [t͡ʃiˈaɡu viˈejɾɐ][3]; 1993年1月7日[注 1] - )は、ブラジル・サンパウロ州出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。MLBのアリゾナ・ダイヤモンドバックス所属。
NPBにおける、歴代最高球速(166 km/h)の記録保持者。
経歴
プロ入りとマリナーズ時代
8歳の時に日系人の友人に誘われ、地元の日本文化協会が運営する少年野球チームに入団して野球を始める[1]。
2010年1月、17歳の時にサンパウロ州にあるヤクルト野球アカデミーの入団テストを受けて合格[1]。アカデミーでのプレーを評価され、9月にシアトル・マリナーズとマイナー契約を結んだ[1]。
2011年に傘下のルーキーリーグのベネズエラン・サマーリーグ・マリナーズでプロデビュー。12試合(先発2試合)に登板して2勝0敗、防御率4.00、8奪三振を記録した[4]。
2012年もルーキー級ベネズエラン・サマーリーグ・マリナーズでプレーし、13試合に先発登板して3勝5敗、防御率6.05、35奪三振を記録した[4]。
オフの11月に開催された第3回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)予選のブラジル代表に選出された[5]。同大会では抑えを務めた。ゲーム6のパナマ戦でセーブを記録し胴上げ投手となり、ブラジルの本戦進出に貢献した。最終的に予選では、2セーブを記録している。
2013年のシーズン開幕前の3月に開催された第3回WBC本戦には、予選に引き続きブラジル代表に選出された。シーズンでは渡米し、A-級エバレット・アクアソックスへ配属された。同年は14試合(先発13試合)に登板して4勝5敗、防御率3.84、51奪三振を記録した[4]。
2014年はA級クリントン・ランバーキングス(英語版)でプレーし、13試合に登板して1勝1敗1セーブ、防御率5.23、23奪三振を記録した[4]。
2015年もA級クリントンでプレーし、22試合に登板して1勝4敗、防御率6.97、22奪三振を記録した[4]。
2016年はA+級ベーカーズフィールド・ブレイズ(英語版)でプレーし、34試合に登板して1勝0敗8セーブ、防御率2.84、53奪三振を記録した[6]。オフにはアリゾナ・フォールリーグに参加し、ピオリア・ハベリーナズ(英語版)に所属した。11月18日にメジャー契約を結び、40人枠入りした[4]。
2017年は開幕をAA級アーカンソー・トラベラーズで迎えた。6月29日にオールスター・フューチャーズゲームの世界選抜に選出された[7]。その後、AAA級タコマ・レイニアーズへの昇格を経て8月14日にメジャー初昇格を果たし[8]、メジャーデビューとなった同日のボルチモア・オリオールズ戦では1回を無失点に抑えた[9]。翌15日にアンドリュー・アルバース、サム・ガビグリオのメジャー昇格に伴い、ケイシー・ローレンスと共にオプションでマイナーに降格した[10]。この年メジャーでは前述の1試合のみの登板だった。
ホワイトソックス時代
2017年11月16日にインターナショナル・ボーナス・プール(海外選手契約金枠)とのトレードで、シカゴ・ホワイトソックスへ移籍した[11]。
2018年8月24日のデトロイト・タイガース戦でメジャー初勝利を挙げた[12]。
2019年はメジャーで6試合に登板し、1勝0敗、防御率9.00の成績だった。
巨人時代
2019年12月3日に読売ジャイアンツと契約した。背番号は49[13][14]。推定年俸は5500万円[15]。
2020年は春季キャンプで制球難を露呈するも[16]、開幕一軍入り[17]。開幕第2戦となった6月20日の阪神タイガース戦(東京ドーム)で初登板し、最速161km/hを計測するも、二死は取ったが1安打2四球を与えて降板すると[18]、翌6月21日に登録を抹消された[19]。その後、何度か一軍と二軍を行き来したが、左肘の違和感で離脱したC.C.メルセデスと入れ替わる形で9月22日に一軍登録されると[20]、以降は一軍に定着した。レギュラーシーズンは27試合登板、0勝1敗2ホールド、防御率3.28を記録。24回2/3を投げ29奪三振を記録した。10月30日の対東京ヤクルトスワローズ戦(東京ドーム)で3-3の同点で迎えた10回表に登板し、無失点の好投で抑え、自身初となるセ・リーグ優勝決定の胴上げ投手となった。11月25日のSMBC日本シリーズ第4戦(福岡PayPayドーム)の6回に登板し、自己最速・シリーズ最速を更新する164km/hを2度記録した[21]。12月21日に、推定年俸7000万円で残留することが発表された[22]。
2021年、開幕一軍入りを果たし[23]、クローザーのルビー・デラロサがアメリカ市民権取得手続きのため4月15日に離脱すると、代わりのクローザーとして起用されたが、3試合連続で複数失点するなど投球が安定せず、5月4日に一軍登録を抹消された[24][25]。桑田真澄投手チーフコーチ補佐から「変化球でストライクを取れるように」と課題を与えられ、二軍でスライダーに磨きをかけた[26]。5月18日に再登録されると[27][25]、安定した投球を見せるようになり[25]、デラロサが再び離脱した6月からは再びクローザーを任されるようになり[28][29]、前半戦は34試合登板で、0勝0敗9セーブ1ホールド、防御率2.52を記録[29]。オールスターゲームにも選出され、第1戦で163km/hのオールスターゲーム最速記録を計測した[注 2][30]。 8月13日の中日戦(東京ドーム)でNPB最速記録となる166km/hを計測した[注 3][31]。8月28日の中日戦では1イニングを無失点で抑え30試合連続無失点を記録し、2012年に高木京介が記録した29試合を抜いて球団新記録を達成した[32]。9月1日の東京ヤクルト戦でも無失点に抑え、2011年にブライアン・ファルケンボーグが記録したNPBの外国人投手記録を抜いて32試合連続無失点の外国人新記録を達成した[33][34]。7・8月は12試合登板、0勝0敗9セーブ、防御率0.00を記録し、7・8月度の月間MVPを受賞した[35]。9月9日に右肘違和感のため出場選手登録を抹消されたが[36]、9月21日に再登録された[37]。しかし、その後は復帰後初登板でセーブ失敗するなどで10月の防御率も5点近い4.91を記録し大幅に成績を悪化させ、調整不足を露呈した。12月28日に、推定年俸130万ドル(1億4300万円)で残留することが発表された[38]。
2022年、4月7日の対広島戦で中継ぎの四番手として出場したが、ライアン・マクブルームの側頭部に危険球を投じたことで、わずか3球で危険球宣告で退場となり[39]、翌日二軍落ちとなった。一軍では6月21日を最後に登板が無く、最終成績は9試合・0勝2敗で防御率9.82となった。オフの12月2日に自由契約公示された[40]。
ブルワーズ時代
2023年1月13日にミルウォーキー・ブルワーズとマイナー契約を結んだ[41]。9月6日にメジャー契約を結んでアクティブ・ロースター入りした[42]。
2024年5月20日にDFAとなった[43]。
オリオールズ時代
2024年5月25日にギャレット・スターリングスとのトレードで、アネウリアス・ロドリゲスとともにボルチモア・オリオールズへ移籍した[44]。同月27日のボストン・レッドソックス戦に登板するも1つのアウトも取れずに3失点を喫した。
結局オリオールズではこの1試合のみの登板となり、6月3日にDFAとなった[45]。
ダイヤモンドバックス時代
2024年6月6日にウェイバー公示を経てアリゾナ・ダイヤモンドバックスへ移籍した[46]。
選手としての特徴・人物
最高球速103.8mph(約167.0km/h)(日本球界での最速は166km/h[31])、平均球速97.5mph(約156.9km/h)のフォーシーム、84.4mph(約135.9km/h)のスライダーを持ち球としている[47]。
一方、制球には課題を抱えており、巨人への移籍が発表された際にも制球難が報じられている[14][48]。
巨人の原辰徳監督は、努力家で研究熱心であると野球に取り組む姿勢を評価している[49]。
普段は明るく陽気な性格であるが、野球をプレーする際には性格が変わるという[50]。
詳細情報
年度別投手成績
年
度 |
球
団 |
登
板 |
先
発 |
完
投 |
完
封 |
無 四 球 |
勝
利 |
敗
戦 |
セ 丨 ブ |
ホ 丨 ル ド |
勝
率 |
打
者 |
投 球 回 |
被 安 打 |
被 本 塁 打 |
与 四 球 |
敬
遠 |
与 死 球 |
奪 三 振 |
暴
投 |
ボ 丨 ク |
失
点 |
自 責 点 |
防 御 率 |
W H I P
|
2017
|
SEA
|
1 |
0 |
0 |
0 |
0 |
0 |
0 |
0 |
0 |
---- |
3 |
1.0 |
0 |
0 |
0 |
0 |
0 |
1 |
0 |
0 |
0 |
0 |
0.00 |
0.00
|
2018
|
CWS
|
16 |
0 |
0 |
0 |
0 |
1 |
1 |
1 |
1 |
.500 |
85 |
17.2 |
21 |
4 |
9 |
0 |
3 |
15 |
6 |
1 |
14 |
14 |
7.13 |
1.70
|
2019
|
6 |
0 |
0 |
0 |
0 |
1 |
0 |
0 |
0 |
1.000 |
37 |
7.0 |
11 |
0 |
5 |
0 |
0 |
8 |
0 |
0 |
8 |
7 |
9.00 |
2.29
|
2020
|
巨人
|
27 |
0 |
0 |
0 |
0 |
0 |
1 |
0 |
2 |
.000 |
118 |
24.2 |
27 |
3 |
17 |
1 |
2 |
29 |
1 |
0 |
9 |
9 |
3.28 |
1.78
|
2021
|
56 |
0 |
0 |
0 |
0 |
0 |
3 |
19 |
1 |
.000 |
228 |
55.1 |
38 |
3 |
26 |
0 |
1 |
64 |
0 |
0 |
18 |
18 |
2.93 |
1.16
|
2022
|
9 |
0 |
0 |
0 |
0 |
0 |
2 |
0 |
0 |
.000 |
39 |
7.1 |
9 |
3 |
8 |
0 |
1 |
8 |
0 |
0 |
9 |
8 |
9.82 |
2.32
|
2023
|
MIL
|
2 |
0 |
0 |
0 |
0 |
0 |
1 |
0 |
0 |
.000 |
10 |
3.0 |
0 |
0 |
1 |
0 |
0 |
2 |
0 |
0 |
1 |
0 |
0.00 |
0.33
|
MLB:4年
|
25 |
0 |
0 |
0 |
0 |
2 |
2 |
1 |
1 |
.500 |
135 |
28.2 |
32 |
4 |
15 |
0 |
3 |
26 |
6 |
1 |
23 |
21 |
6.59 |
1.64
|
NPB:3年
|
92 |
0 |
0 |
0 |
0 |
0 |
6 |
19 |
3 |
.000 |
385 |
87.1 |
74 |
9 |
51 |
1 |
4 |
101 |
1 |
0 |
36 |
35 |
3.61 |
1.43
|
年度別守備成績
年 度 |
球 団 |
投手(P)
|
試
合 |
刺
殺 |
補
殺 |
失
策 |
併
殺 |
守 備 率
|
2017
|
SEA
|
1 |
1 |
0 |
0 |
0 |
1.000
|
2018
|
CWS
|
16 |
2 |
1 |
0 |
0 |
1.000
|
2019
|
6 |
0 |
1 |
1 |
1 |
.500
|
2020
|
巨人
|
27 |
1 |
2 |
0 |
0 |
1.000
|
2021
|
56 |
3 |
2 |
0 |
0 |
1.000
|
2022
|
9 |
2 |
0 |
1 |
0 |
.667
|
2023
|
MIL
|
2 |
0 |
0 |
0 |
0 |
----
|
MLB
|
25 |
3 |
2 |
1 |
1 |
.833
|
NPB
|
92 |
6 |
4 |
1 |
0 |
.909
|
表彰
記録
MLB
NPB
- 初記録
- その他の記録
背番号
- 40(2017年、2024年5月27日)
- 50(2018年 - 2019年)
- 49(2020年 - 2022年、2024年 - )
- 54(2023年)
登場曲
- 「Fuego」Alok & Bhaskar(2020年開幕 - 途中)
- 「Gangue Do Consciente」DJ Bueno(2020年途中 - 2021年途中)
- 「Sou Vencedor」MC Pedrinho(2021年途中)
- 「Vai Na Fe」MC Liro(2021年途中 - 2022年)
- 「Samba De Janeiro」Bellini(2021年9月24日 - 2022年)※最終回に同点またはセーブ機会時
代表歴
脚注
注釈
- ^ MLB公式サイトなどでは1993年7月1日生まれ、身長188cm、体重95kgとなっており、読売ジャイアンツとの契約発表時にもその生年月日、身長、体重が発表されていたが、後に訂正された。生年月日はブラジルでは「07/01/93」と日月年の順で表記していたのをアメリカ式で月日年の順だと間違えられ、身長と体重はアメリカでデビューした際の記録のままになっていたためで、ビエイラも約2年前に指摘していたが情報が更新されていなかった[2]。
- ^ 従来のオールスターゲーム最速記録は大谷翔平が計測していた162km/hであった。
- ^ 従来のNPB最速記録は大谷翔平とロベルト・コルニエルが計測していた165km/hであった。
出典
関連項目
外部リンク