「オール・シングス・マスト・パス」(All Things Must Pass)は、ジョージ・ハリスンの楽曲である。1970年11月に発売された同名のアルバムに表題曲として収録された。ビリー・プレストンが1970年に発売したアルバム『エンカレッジング・ワーズ』に「All Things (Must) Pass」というタイトルで収録された楽曲で、1969年1月にビートルズは本作のリハーサルを行っていたが、アルバム『レット・イット・ビー』には未収録となった。1968年末にニューヨークのウッドストックで過ごした後、ザ・バンドとの共同作業による音楽制作からの影響を反映した楽曲となっている。歌詞は、ティモシー・リアリーの詩「All Things Pass」からインスピレーションを受けている。
本作の歌詞は、ティモシー・リアリーが1966年に出版した『Psychedelic Prayers After the Tao Te Ching』に掲載されていた詩「All Things Pass」からインスピレーションを得ていて[15][21][注釈 1]、1980年に出版された自伝『I・ME・MINE』の中でハリスンは「この曲のアイデアは、リアリーを含む『あらゆる種類の神秘主義者や元神秘主義者』から得た」と述べている[17]。「ヒア・カムズ・ザ・サン」、「ソー・サッド」、「ブロー・アウェイ」などのハリスンの作品と同じく、歌詞は天候や自然の循環に関わるメタファーに基づいている[24]。
1969年1月にビートルズがトゥイッケナム・フィルム・スタジオ(英語版)でゲット・バック・セッションを開始した際にハリスンは本作を提出したが、歌詞が当時のものからわずかに変更されている[27]。2番目のヴァースの2行目は当初「A wind can blow those clouds away」となっていたが[28]、ジョン・レノンが本作に「ちょっとしたサイケデリア」を取り入れることを目的に「A mind can blow those clouds away」に変更することを提案した[29]。また、「It's not always been this grey」というフレーズは、「It's not always gonna be this grey」に変更された[30]。
1月末に本作に再び取り組むこととなったが、この頃には場所がロンドン中心部にあるアップル・スタジオに移してセッションが行われていた[27]。これは、1月10日をもって一時的に脱退していたハリスンを再びビートルズに迎え入れるための条件の1つであった[5][39]。ビートルズは本作に対してかなりの時間を割いたが、最終的には保留となった[40]。『ローリング・ストーン』誌のデビッド・フリックは、この時期のハリスンについて「ビートルズの中で、またビートルズのために曲を書くという恩着せがましい制約に対するあがき」と述べている[41]。サルピーとシュヴァイクハートは、著書『Get Back: The Unauthorized Chronicle of the Beatles' Let It Be Disaster』で「レノンとマッカートニーは、ハリスンの曲が『自分の曲よりもはるかに優れている』と判断したときも、たびたびハリスンの曲を没にしていた」と書いている[42]。
その後、ビートルズとして「オール・シングス・マスト・パス」の正式なレコーディングを行うことはなく[27]、リハーサル音源のみがセッションからの海賊盤で流通している[43]。2003年に発売された『レット・イット・ビー...ネイキッド』に付属のボーナス・ディスク『Fly on the Wall』には、本作の一部が収録されている[44]。
本作のタイトルは、「ビートルズの終焉を表したもの」と見られ[81][20]、一部のコメンテーターはアルバムを「バンド内で課せられた芸術的な制約からの解放」と解釈した[82][83]。アルバムのジャケット写真は、ハリスンがフライアー・パークの芝生に座っていて、その周りに4体匹のガーデン・ノームが横たわっているというデザインになっている[84]。アルバム制作中にハリスンの母親が死去していることから、元『モジョ』誌の編集者であるポール・デュ・ノワイエ(英語版)は、「新たな関連性を帯びてきた」としたうえで、「1970年11月時点で、このタイトルの意味を勘違いしていた人はいないだろう。まるでアイデアの関連づけを強めるかのように、皮肉たっぷりのカバー写真では、ジョージが孤独な輝きを放ち、4体のノームに囲まれている」と述べている[85]。2001年のインタビューで、写真家のバリー・ファインスタイン(英語版)は「All Things Must Pass」という言葉が写真のセットアップのヒントになったことを認め、「他に何があると言うんだ?ビートルズは終わったんだよ?それでこのタイトル…すごく象徴的だ」と語っている[81]。
2000年に『ローリング・ストーン』誌に寄稿したアンソニー・デカーティス(英語版)は、本作について「『信仰の甘美な満足感』を音楽的に示している」と称賛している[82]。オールミュージックのリッチー・アンターバーガー(英語版)は、「良いときも悪いときも無常であることをシンプルかつダイレクトに表現していて、ビートルズの『レット・イット・ビー』に見られるような信仰と安心感のメッセージと音色には遠く及ばないが、『レット・イット・ビー』に比べて、より消極的で諦めに満ちている。木々の葉がむしり取られ、日が短くなり、寒くなっていく11月の雰囲気にぴったりの曲で、数か月もの間それらの点で厳しい状況が続くことを覚悟しつつ、春になればその苦難も過ぎ去っていくことを知っている」と述べている[89]。ゲイリー・ティラシーは、著書『Working Class Mystic: A Spiritual Biography of George Harrison』の中で、本作を「壮大なタイトル・トラック」とし、「最も軽薄なリスナーですら思索にふける」と述べている[90]。Webサイト「Ultimate Classic Rock」のマイケル・ガルッチは、「Top 10 George Harrison Songs」の中で、「マイ・スウィート・ロード」と「美しき人生」に次ぐ第3位に本作を挙げ、「ハリスンの死去後、より切実さを増しているが、いつだって素晴らしい曲だ」と評している[91]。『ラフガイド』誌に寄稿したクリス・インガムは、「年を追うごとに切なさが増していくような、意味ありげな予知能力を持った胸のすくような作品」と評している[92]。
ハリスンの伝記作家の1人であるサイモン・レングは、「オール・シングス・マスト・パス」について「ハリスンの歌詞の不明瞭さの典型で、本質的には希望に満ちた曲だが、そんなふうには聴こえない」とし、歌詞について「ボブ・ディランのスタンダードに近い」としている[93]。イアン・イングリスも、歌詞について「ハリスンの最も洞察力に富んだ、物思いに耽るような言葉が含まれている。『Daylight is good at arriving at the right time』という一節は、彼にありふれたものの中に奥深いものを位置づける能力があることを示す良い例だ」と評している[20]。エリオット・ハントリーは、本作を「最高ではなくとも、ハリスンの『最も美しい』曲の1つ」とし、「曲の背景にある感情が、ビートルズが録音した最後のアルバム『アビイ・ロード』(1969年)の『適切な締めくくり』になっただろう」と評している[63]。
ブルース・スパイザーも、本作をハリスンのキャリアにおけるハイライトと評価しており[27]、レングは「おそらく最も偉大なビートルズのソロ曲」という考えを示している。音楽評論家のイアン・マクドナルド(英語版)は、著書『Revolution in the Head』の中で「ビートルズが録音しなかった最も生意気な曲」と書いている[1]。2009年にガーディアン紙は、「Life and death: 1000 songs everyone must hear」と題したリストに本作を加えている[94]。
ライブでの演奏やその後のリリース
「オール・シングス・マスト・パス」は、1971年に行われたチャリティ・コンサート『バングラデシュ難民救済コンサート(英語版)』の演奏曲の候補に挙げられたものの[95]、最終的に演奏されることはなかった[96]。1997年5月14日にニューヨークで撮影されたVH1の『Hard Rock Live』でラヴィ・シャンカルとともに出演したことを皮切りに[97][98]、晩年にテレビカメラの前で本作を2度生演奏した[99]。2人は共同作品『Chants of India』のプロモーションのために番組に出演していたが[98]、司会者のジョン・フーゲルサング(英語版)に促されるかたちで、ハリスンはアコースティック・ギターを受け取り、「オール・シングス・マスト・パス」の短縮バージョンを演奏した[100][101][注釈 4]。2000年末、ハリスンはフライアー・パークの芝生でスツールに座って本作を演奏し、この時の演奏は翌年初頭に発売された『オール・シングス・マスト・パス』の30周年記念エディションのプレスキットに含まれた[103][104]。
ハリスンの死後、多数のアーティストが「オール・シングス・マスト・パス」のカバー・バージョンを録音している。ボビー・ウィットロックと妻のココ・カーメルは、2003年に発売したアコースティック・ライブ・アルバム『Other Assorted Love Songs』に本作を収録している[114]。ジャズ・ギタリストのジョエル・ハリスン(英語版)は、2005年10月に発売したアルバム『Harrison on Harrison: Jazz Explanations of George Harrison』で本作をカバー[115]。2009年に発売されたジム・ジェイムズ(英語版)のEP『Tribute To』には、2001年12月に録音されたものの未発表となっていた本作のカバー・バージョンが収録された[116]。また、2009年にはクラウス・フォアマンがアルバム『A Sideman's Journey』にカバー・バージョンを収録した[117]。
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