森田 義衛(義衞、もりた よしえ、1903年(明治36年)11月29日[1] - 1982年(昭和57年)10月24日[1][2][3])は、日本の鉄道官僚、実業家、政治家。参議院議員(1期)。
経歴
三重県、後の上野市(現伊賀市)出身[3]。水戸高等学校を経て[4]、1934年(昭和4年)3月、京都帝国大学経済学部を卒業[1][2][4][5]。同年に鉄道省に入省し[2]東京鉄道局に配属[4]。同年10月、高等試験行政科試験に合格した[4]。
以後、岡崎駅長、下関運輸事務所長、札幌鉄道局業務部長、企画院書記官、運輸通信省企画局課長、東京鉄道局業務部長、運輸省配車課長、新潟鉄道局長、日本国有鉄道運輸支配人、東京鉄道管理局長、国鉄理事、同関東総支配人、鉄道建設審議会委員、日本交通文化協会理事などを務めた[1][2][3]。
1953年(昭和28年)4月の第3回参議院議員通常選挙に全国区から出馬して当選[2]。自由民主党に所属して、参議院議員を1期務めた[1][2][3]。この間、参議院建設委員長などを務めた[2]。
その後、名古屋臨海鉄道会社の初代社長に就任した[1][3]。1975年(昭和50年)春の叙勲で勲二等瑞宝章受章(勲五等からの昇叙)[6][7]。
1982年10月、心筋梗塞のため東京都渋谷区の中央鉄道病院(現JR東京総合病院)で死去した[3]。死没日をもって従五位から正五位に叙され、さらに従四位へ位一級追陞[8]。
脚注
参考文献
- 秦郁彦編『日本官僚制総合事典1868-2000』第2版、東京大学出版会、2007年。
- 『新訂 政治家人名事典 明治~昭和』日外アソシエーツ、2003年。
- 衆議院・参議院編『議会制度百年史 - 貴族院・参議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年。
- 『現代物故者事典 1980〜1982』日外アソシエーツ、1983年。
参議院建設委員長 |
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第1回 (定数100) |
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†:当選無効・失格など、↓:途中辞職・死去など、↑:繰上げ当選または補欠選挙で当選(合併選挙で当選した3年議員を除く)。 |