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杉山 清貴 (すぎやま きよたか、1959年 7月17日 [ 1] - )は、日本 の歌手 ・シンガーソングライター (主に作曲 担当)。横浜市 磯子区 出身、横浜市立岡村中学校 、横須賀学院高等学校 卒業。身長167cm、血液型 はAB型。
略歴
人物
子供時代
警察官の父と、自宅で日本舞踊と常磐津の師匠をする母のもとで育った。小学校入学頃まで母から三味線を教わっていたが、指導が厳しかったため嫌々習っていたという。当時はちょっとした漫画を描くことが好きで、将来の夢は漫画家になることだった[ 注 4] 。
小学4年生の頃、同級生の漫画友達が描いた4人の外国人(ビートルズ )の似顔絵を見て、世界的人気ロックバンドの存在を知った。直後に彼の兄が貸してくれたビートルズのアルバムを聞いて衝撃を受け、興味の対象が漫画からビートルズの音楽に一気に変わった[ 注 5] 。以後小遣いは全部ビートルズに注ぎ込み、彼らのレコードや訳詞集も買って読み込む内に自らも作詞をやり始めた。その後ギターを買うと作曲にも興味が湧き、井上陽水 や吉田拓郎 などの日本のフォーク音楽の影響も受け、特に佐渡山豊 がうちなーぐち(沖縄語)で唄った「ドゥチュイムニィ」に刺激と多大なる影響を受ける。中学生の頃に初めてとなるオリジナル曲『ことほどさように』を作った。
10代から始めたバンド活動
中学2年生でビートルズのコピーバンド『バンパイヤ』を結成し、ギター兼ヴォーカルを担当。高校2年生になった頃、名簿順に着席すると、前に座る椎野恭一 から「うちのバンドのLAMB(ラム)[ 注 6] で歌わない?」と声をかけられた[ 注 7] 。LAMBのヴォーカリストとして椎野たちと活動を始め、地元のライブハウスに出演し始める。高校を卒業する頃には杉山の澄んだ伸びやかなヴォーカルは、地元アマチュアミュージシャンの間で有名となった[ 注 8] 。
遡って高校3年生で進路を考える際、大学に興味はなかったが進学を勧める母を心配させないよう、「美大を受ける」と言って放課後に関内 のYMCAで木炭デッサンなどをやり始めた。しかしほどなくして、YMCAの眼の前にあったライブハウスに入り浸るようになったことで、音楽を続けたい気持ちが芽生えた。その様子に気づいた父から、「進路はお前の好きにやってみたらいい。ただし家を出て自力で生活しろ」との助言を受けて進路を変更し、高校在学中にライブハウスでバイトしながらアパートで一人暮らしを始めた。
エピソード
ディスコグラフィ
シングル
発売日
タイトル
c/w
順位
規格
規格品番
VAP
1st
1986年5月28日
さよならのオーシャン
shadow
4位
EP
10233-07
1988年2月21日
8cmCD
20013-10
2nd
1986年11月6日
最後のHoly Night
奪われた倦怠
2位
EP
10255-07
1988年2月21日
8cmCD
20014-10
3rd
1987年5月27日
水の中のAnswer
IN THE VISION
1位
EP
10267-07
1988年2月21日
8cmCD
20015-10
4th
1987年8月26日
SHADE〜夏の翳り〜
水の中のAnswer (ロングバージョン) ANGEL EYES
12'Single
10233-07
Maxi Single
82001-16
5th
1988年1月13日
風のLONELY WAY
無言のDIALOGUE
EP
10286-07
8cmCD
20016-10
6th
1988年4月21日
僕の腕の中で
あの空も。この海も。
2位
EP
10301-07
8cmCD
20301-10
7th
1988年7月6日
渚のすべて/BOYS OF ETERNITY
3位
EP
10301-07
8cmCD
20301-10
8th
1989年5月17日
プリズム・レインに包まれて
MY GIRL
12位
EP
20345
8cmCD
40345
9th
1989年10月21日
君がここにいてほしい
INSIDE COLORS
EP
20360
8cmCD
40360
ワーナー・パイオニア
10th
1990年5月16日
いつも君を想ってる
YOKOHAMA SUNDOWN
10位
8cmCD
WPDL-4159
ワーナーミュージック・ジャパン
11th
1991年5月15日
青空が目にしみる
ハッピー・エンドSINGLES
26位
8cmCD
WPDL-4223
12th
1991年10月10日
風の一秒
Nov.Storm〜今年最後に来るハリケーン〜
19位
8cmCD
WPDL-4257
13th
1992年3月10日
LOVE IS YOU
かわるさ
8cmCD
WPDL-4284
14th
1992年8月25日
夏服 最後の日
花と虹と星の街
28位
8cmCD
WPDL-4309
15th
1993年3月25日
Livin' in a Paradise
TRADE WIND
29位
8cmCD
WPDL-4338
ダブリューイーエー・ジャパン
16th
1994年7月25日
僕のシャツを着てなさい
FALLING (Full Version)
89位
8cmCD
WPD6-9009
17th
1995年6月25日
永遠の夏に抱かれて
COMING TO OASIS
88位
8cmCD
WPD6-9020
18th
1996年4月25日
太陽は知っている
Somebody Loves You
8cmCD
WPD6-9078
19th
1996年11月10日
最後のHoly Night〜version'96〜
LAST HOLY NIGHT〜最後のHoly Night version'96 Type II〜
8cmCD
WPD6-9106
20th
1997年6月25日
September Song
心のHoliday
8cmCD
WPD6-9129
21st
1998年6月25日
Loving
if
95位
8cmCD
WPD6-9177
22nd
1998年10月25日
終わらないレース
終わらないレース (instrumental)
94位
8cmCD
WPD7-9178
VAP
23rd
2001年7月4日
EXiT
時は戻らなくても〜Lost day〜 ALONE AGAIN〜2001 VERSION〜
67位
Maxi Single
VPCC-82152
24th
2002年11月21日
Wishing Your Love
Summer Dimension JOANNA〜2002Version〜
95位
Maxi Single
VPCC-82168
25th
2005年7月21日
波
風のLONELY WAY〜2005〜
75位
Maxi Single
VPCC-82198
26th
2005年11月23日
THANK YOU FOR CHRISTMAS/THIS IS LIFE
76位
Maxi Single
VPCC-82203
27th
2006年6月21日
Gift/HOME TOWN TRAIN
84位
Maxi Single
VPCC-82213
28th
2009年7月1日
Glory Love
涙の理由
56位
Maxi Single
VPCC-82273
キングレコード
29th
2013年1月23日
夢を見たのさ
果てしない空の向こう
84位
Maxi Single
KICM-1434
デュエット・シングル
名義
発売日
タイトル
c/w
順位
規格
規格品番
発売元
杉山清貴 & 大橋純子
1997年9月1日
LOVERS LUCK
LOVERS LUCK (English Version) Horizon dream (symbiosis)(杉山清貴のソロ)
8cmCD
WPD6-9152
ダブリューイーエー・ジャパン
LOVERS LUCK (English Version) ウィークエンドはブルー(大橋純子のソロ)
VPDC-20727
VAP
アルバム
オリジナル・アルバム
コンピレーション・アルバム
ミニ・アルバム
ベスト・アルバム
カバー・アルバム
セルフカバー・アルバム
企画アルバム
ライブ・アルバム
合同ベスト・アルバム
未発表曲
タイアップ曲
アーティストへの提供曲
発売日
アーティスト
タイトル
作詞作曲
収録作品
1987年4月30日
ジャッキー・リン&パラビオン
「ロマンスの扉」
作曲
『Strangers Dream』
1987年10月21日
池田政典
「All or Nothing」
作曲
『QUARTERBACK』
「Room Ocean View」
「RIVER SIDE ジレンマ」
1988年9月7日
「ROCK'N ROLL BAND」
『NATURAL 22』
「明日へのセンタリング」
1988年9月14日
ラ・ムー
「One And Only」
作曲
『Thanks Giving』
1989年2月8日
カルロス・トシキ&オメガトライブ
「Last Train」
作曲
『be yourself 』
1990年12月10日
TWIN FIZZ
「思い出と手をつながずに」
作曲(仁科かおりとの共作)
『思い出と手をつながずに』
1992年6月25日
河内淳一
「君の瞳いっぱいの夏」
作詞[ 注 11]
『君の瞳いっぱいの夏 』
1992年7月22日
かとうれいこ
「ハーフムーンは傷ついてる」
作曲
『Querido』
「ひき潮ホテル」
「AGAIN」
1993年7月24日
「Forever」
『覚悟を決めた日』
1993年3月24日
村田和人
「さよならJAMAICA」
作詞
『HELLO AGAIN』
1994年6月1日
郷ひろみ
「Summer Again」
作曲
『GOrgeous』
1998年2月1日
Jean & Gingers
「家を飛び出せパパ」
作詞
『THE GREATEST HITS』
2014年9月24日
太川陽介
「道は続く」
作詞・作曲
『時の旅人』
メディア出演
ラジオ番組(レギュラー)
ラジオ番組(ゲスト)
テレビ番組
ほか
映画
学園祭
その他
※1週間前に放送された事前特番では、スタジオライブを行っている。
ラオスフェスティバル2015(日本ラオス国交60周年イベント)ライブ(2015年5月24日)
※前日5月23日には楽曲提供した村田和人 も同イベントに出演している。
関連項目
脚注
注釈
^ このレコードリリース前の3月27日、第12回東京音楽祭 ゴールデンアップル賞を受賞し、日本武道館での生放送で初披露。
^ トライアングルプロダクションの意向で、カルロス・トシキ&オメガトライブとワーナーへ移籍した際に、1989年以降の作品の代表原盤権がワーナーへ移管されている。
^ ホリプロ在籍時のアルバム・シングルには、裏ジャケットに「HORIPRO」(ゴシック体で「I」の上に「★」)のロゴが2016年のアルバム再発盤も含めて入っているため、原盤権についても保持している模様。
^ 本人によると、「漫画家・石ノ森章太郎 さんの『マンガ家入門』という本や漫画を描く道具などを買い、小学校の学級新聞に4コマ漫画を描いたりしていました」とのこと
^ 杉山は後年、「何のアルバムかは覚えてないけど自宅で聴いてみたら、今までに触れたことない世界が瞬間的にバーンと広がるような衝撃が走った。それからは好きな漫画も描かずにビートルズばっかり聴いていた」と回想している
^ LAMBはラテン・アメリカン・ミュージック・バンドで、ロック少年だった椎野はドラムを担当。このバンドは、横浜で受け継がれてきたハイレベルなアマチュアバンドとのこと。
^ 椎野によると、高校1年の11月の文化祭のステージで歌う杉山の歌の上手さに加え、ヴォーカリストとして聴衆を楽しませる姿に魅了されたため、バンドに誘ったとのこと
^ 一方、椎野は高校卒業後に新たなバンドを立ち上げ、杉山より一足先にプロのドラマーとして活活動を始めた
^ 本人によると、「1971年にジョージがバングラデシュの難民救済コンサートをやったんです。多分、世界で初めてのチャリティーコンサートだったんじゃないかな。それが映画になって観に行ったら心を持っていかれ、『ミュージシャンってこんな大きなことができるんだ』と思いました」と述懐している
^ TVCMソングのほか、オフボーカル曲が園内BGMとしても使用されている。
^ 他アーティストへの歌詞を初提供。
出典
参考文献
「人間ドキュメント「40年たった今だからこそ出せる僕らの音~杉山清貴」」『週刊女性』2024年3月26日号、主婦と生活社、2024年3月12日、36-42頁、JAN 4910203640346 。
外部リンク
杉山清貴&オメガトライブ:杉山清貴 - 高島信二 - 西原俊次 - 大島孝夫 - 廣石恵一 - 吉田健二 1986オメガトライブ/カルロス・トシキ&オメガトライブ:カルロス・トシキ - 黒川照家 - 高島信二 - 西原俊次 - ジョイ・マッコイ BNOT:新井正人 DOME:三上哲 - 高島信二 - 坂内聖一 - 西原俊次 - 池田通久 WEATHER SIDE:高取秀明 - 高島信二 - 西原俊次 シングル
杉山清貴&オメガトライブ 1986オメガトライブ カルロス・トシキ&オメガトライブ BRAND NEW OMEGA TRIBE,BNOT DOME WEATHER SIDE
アルバム
オリジナル
杉山清貴&オメガトライブ 1986オメガトライブ カルロス・トシキ&オメガトライブ BRAND NEW OMEGA TRIBE,BNOT DOME WEATHER SIDE
ベスト
杉山清貴&オメガトライブ 1986オメガトライブ カルロス・トシキ&オメガトライブ 合同オメガトライブ
映像作品
関連項目
^ 杉山清貴&オメガトライブの楽曲は無し。杉山清貴、カルロス・トシキのソロ楽曲も収録。
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