『原罪と楽園追放』(げんざいとらくえんついほう, 伊: Peccato originale e cacciata dal Paradiso terrestre, 英: The Original Sin and Expulsion from Paradise)は、盛期ルネサンスのイタリアの巨匠ミケランジェロ・ブオナローティが1510年頃に制作した絵画である。フレスコ画。ローマ教皇ユリウス2世の委託によって、ローマのバチカン宮殿内に建築されたシスティーナ礼拝堂の天井画の一部として描かれた。天井画の中心部分は9つに区分され、主題は『旧約聖書』「創世記」から大きく3つのテーマ、9つの場面がとられている。3つのテーマは順に天地創造、アダムとイヴ、ノアの物語であり、『原罪と楽園からの追放』は第6のベイにアダムとイヴに関する絵画の3番目として『アダムの創造』と『イブの創造』とともに描かれた[1]。
右側の楽園追放では背景に非常に平坦で荒れ果てた大地が広がっており、緑豊かなエデンの園とは対照的に不毛で乾燥している。ここでは天使が剣でアダムとイヴを脅かし、地上の楽園から彼らを追い払っている。彼らの身体は以前と比べて痩せているうえに老化しているように見え、恐怖と不安から顔を歪めて彫りの深い表情を作っており、先行するマザッチョの『楽園追放』(Cacciata dei progenitori dall'Eden)から影響を受けつつ、その表現を発展させている。とりわけ構図の観点から注目に値するのは、知恵の木の上にいる魅力的な蛇と、宙を飛ぶ天使の補完的で対称的な身振りである。
マルカントニオ・ライモンディはシスティーナ礼拝堂天井画の完成からほどなくして、楽園追放の場面のエングレービングを制作している[4]。おそらくまた原罪の図像も早い段階で印刷され、北イタリアにも伝わったと考えられる。これはヴェネツィア派の巨匠ティツィアーノ・ヴェチェッリオの1511年のフレスコ画『嫉妬深い夫の奇跡』(Miracolo del marito geloso)から明らかである。そこでは『原罪』のイヴの図像が反転して用いられており、ミケランジェロの影響がはっきりと見られる。またジュリオ・ロマーノの1516年の『ヴィーナスとアドニス』(Venere e Adone)やペレグリーノ・デ・モデナ(イタリア語版)に影響を与えた。特にジュリオ・ロマーノの『ヴィーナスとアドニス』はライモンディのエッチングで印刷されている[5]。
またパルマ派の画家コレッジョの『眠れるヴィーナスとキューピッド、サテュロス』のヴィーナスについて、何人かの研究者はミケランジェロの原罪のイヴの影響を指摘している。加えてサテュロスが布をつかむポーズは、ミケランジェロのイヴのそばで知恵の木に手を伸ばすアダムのポーズの直接的な影響として指摘されている。バロック期のフランドルの巨匠ピーテル・パウル・ルーベンスはイタリア時代にローマでシスティーナ礼拝堂を訪れており、またマントヴァではコレッジョの『眠れるヴィーナスとキューピッド、サテュロス』を見たと考えられている。ルーベンスは両者の影響を受けて『デカメロン』から主題を取った1617年頃の『シモンとイフィゲニア』(Cimon and Efigenia)の女性像を作り上げたと指摘されている[5]。