ヨコエビ(横蝦、横海老)は、甲殻亜門・軟甲綱・端脚目(ヨコエビ目)に含まれ、ワレカラとクジラジラミを除くSenticaudata亜目に、Hyperiopsidea亜目,Amphilochidea亜目,Colomastigidea亜目の3亜目を加えたものを指す。かつてはヨコエビ亜目(Gammaridea)の総称であったが、2013年にヨコエビ亜目の一部のグループとワレカラ亜目(Caprelidea)を合せたSenticaudata亜目が設けられ(Lowry & Myers 2013)、その後ヨコエビ亜目がHyperiopsidea亜目,Amphilochidea亜目,Colomastigidea亜目の3亜目に分離され、現在に至る(Lowry & Myers 2017)。 以下、和名は 佐藤・伊藤 (1980),マグローヒル科学技術用語大辞典編集委員会 (1996),篠田 (2006),有山 (2022) に拠った。
端脚類の中でも特に種分化が進んだグループで、幅広い環境に多くの種が分布している。世界から9237種が知られており(Lowry & Myers 2017)、日本からは2021年現在で493種について確実な報告がある(有山 2022)。また、10,000m以深のチャレンジャー海淵においても生息が確認されている[1]。淡水にも、温帯や冷帯を中心に1800種以上が見つかっている。陸生のものはそれらに比べれば少ないが、それでも200種以上が海岸の草むらや森の落ち葉の下に生活している。
野外においてしばしば高い密度で生息するため、自然界では分解者として、また他の動物の餌として重要である。たとえば河口域において、ヨコエビ類が堆積した落ち葉を食べ分解すると同時に、魚類の餌となっている事例が知られている(櫻井 2004)。人間にとっての利用価値はほとんどないが、乾燥させたものがカメのカルシウム補給用の餌として販売されている。また、海水魚の飼育においてネズッポ類マンダリンやタツノオトシゴ・ヤッコなどが人工餌に餌付かない場合に生き餌として与えることがあるほか、食べかすの掃除等を目的として水槽内に繁殖させることもある。
名称に「エビ」とあるが十脚目(エビ目)ではない。体長は種により異なり、数mmから十数cmに及ぶが、多くは数mm程度しかなく、1cmを超える種は限られている。ヨコエビ科(Gammaridae)など代表的な種において、体は左右に平たく、横から見ると半円形に似ている。エビ(十脚目)とヨコエビとの主な相違点として、以下の形態的特徴が挙げられる。
2対の触角を具え、第1触角には3節,第2触角には5節の柄部があり、そこから数節~数十節に及ぶ主鞭が生じる。種により第1触角主鞭の根元に副鞭と呼ばれる短い鞭部を生じる。主鞭にヘラ状感覚毛(aesthetasc)やボタン状感覚器(calceolous),あるいはcallynophoreという器官をもつものが知られるが、種類によりこれを欠く(Bousfield 1994)。複眼は頭部の外骨格に埋没している。基本的に複眼は1対だが、中央部で癒合するもの(クチバシソコエビ科)、2対具えるもの(スガメソコエビ科)、個眼が分散傾向を示すもの(ナギサヨコエビ科の一部)、全く退化するもの(マミズヨコエビ科など暗居性種)が知られる。
第1,2胸脚(歩脚)は特に咬脚と呼ばれており、種によって様々な形状を見せる。左右非対称に発達するもの(メリタヨコエビ科の一部)や、全く消失するもの(マルハサミヨコエビ科の一部)も知られる。咬脚は多くが何かをつかむ機能を持っており、雄間闘争や捕食などに用いているとされる。ヨコエビ類のエラは各胸脚の底節板に生じるが、エラをもつ胸脚は種類により異なる。基本的に単純な袋型をしているが、種により表面に虫垂様の突起を生じる。また、胸節下側の中央部分に胸節鰓をもつグループも知られる。 メスが卵を抱える器官である覆卵葉も、底節板から生じる。
腹節には遊泳を行う腹肢を具える。腹肢には2つの副肢があり、羽毛状の剛毛を密生する。
尾節には、2つの副肢を具えた尾肢を1対ずつ具えるが、種により副肢は片方または両方が消失する。肛門は第3尾肢の付け根付近に位置し、その上には尾節板と呼ばれる器官がある。尾節板にはしばしば種の特徴が表れ、形態分類を行う上で重要である。
ヨコエビ類の多くは水生の底生生物だが、なかには遊泳するもの、さらには陸生のものもいる(大塚 & 駒井 2008)。
陸上生活をするハマトビムシ科の種は跳躍力に優れ、それぞれの和名も「~トビムシ」と名付けられている(トビムシ目(粘管目)の動物も「トビムシ」と呼ばれるが、同じ節足動物門ではあるものの亜門レベルで異なる別物である)。ハマトビムシ科のジャンプは脚ではなく、腹部を下に曲げてバネとする。高さは体の数十倍から100倍に達し、捕食者の眼をくらませるのに役立つ。
底質内に潜り込む習性をもつものや近底遊泳性の種には、「ソコエビ」との和名がつけられている。深海産は大型化する傾向があり、中には20数cmにも達する大型種もいる。
石の下などの隙間に棲むものは体を横に倒して生活することが多く、和名が「ヨコエビ」とつけられている。石をひっくり返すと腹部を激しく振って泳ぎだすが、深い水中ではふつうに体を立てて泳ぎ、再び石などの下に入り込む。これらの種は第5~7胸脚を三脚のように展開して平面上を歩き回ることができ、岩や海藻の表面も横向きのまま移動することがある。
ヨコエビ類はメスの産卵直後に体外受精を行い、卵および孵化直後の幼体はメスの覆卵葉内で一定期間保護される。トンガリドロクダムシにおいて三倍体と思われる雌雄の形質を具えた個体が発見されることがある(Chapman 2007)ものの、普通は雌雄異体である。他の小型甲殻類と同様、メスは脱皮直後の外骨格が柔らかいうちにしか産卵しないため、オスがメスを獲得する戦略は多様に発達している。典型的な様式は以下の通りである(Bellan-Santini 2015)(Beermann, Dick & Thiel 2015)。
ヨコエビ類の食性は植食,肉食,懸濁物食など多様である。ただし、特化した食性をもつグループは限定的であり、大部分のヨコエビ類は、水中に浸漬した動植物組織や有機砕屑物であれば何でも食べるいわば「掃除屋」の役割を果たしていると考えられている。以下に代表的な摂餌様式を示す。
分類体系はLowry and Myers (2013, 2016, 2017, 2019, 2020)に基づき、その後の研究 - (Sidorov et al. 2018), (Ariyama & Hoshino 2020), (Alves, Lowry & Johnsson 2020)- で改訂された部分は個別に反映させた😊。
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