多重線型代数 やテンソル解析 における共変性 (英 : covariance )と反変性 (英 : contravariance )とは、ある幾何学的 または物理的 な対象に基底変換 を施した際に、それがどのように変化をするかを表す。物理学では、基底は基準とする座標系の軸としばしば同一視される。
概要
ベクトル v (赤色 )の表現。 • 曲線上(黒色 )の接基底ベクトル (黄色 、図左:e 1 , e 2 , e 3 ) • 面(灰色 )に対して法線 をなす双対基底 (青色 , 図右: e 1 , e 2 , e 3 ) 一般の3次元 曲線座標系 (英語版 ) において、実空間 上の点 は数の組 (q 1 , q 2 , q 3 )によって示される。 基底とその双対基底は、基底が直交基底 でない限りは一致しない。
座標系のスケール変換 は単位系 の変更に関連する。
たとえば長さのスケールを考える。単位をメートル m からセンチメートル cm に変更する、すなわち長さの基準を 1/100倍に変える。このとき、長さの値は100倍になる。同様に位置ベクトルや速度ベクトル の各成分も 100 倍となる。このように、座標系の基準スケールを変えたときに、基準の変化とは逆の変化を要請することを反変性 という。
この種のベクトルは長さや長さと他の次元 の積の次元を持つ。対照的にその双対ベクトル (余ベクトル と呼ばれる)の次元は長さの逆 か、それに別の次元を掛けたものになる。
双対ベクトルの例としては勾配 が挙げられる。勾配は空間微分 によって定義され、長さの逆の次元を持つ。双対ベクトルの成分は座標系のスケールが変わるときに同じ変化を要請する 。これを共変性 という。ベクトルおよび余ベクトルの成分は、一般の基底 の変換に対しても同じような規則で変換される。
ベクトルが基底に依存しない不変量 であるためには、ベクトルの成分は基底の変化を補うように反対に変換されなければならない。言い換えれば、ベクトルの成分を変換する行列 は基底を変換する行列の逆行列 になっていなければならない。このようなとき、ベクトルの成分は反変 であるという。反変な成分を持つベクトルにはたとえば、観測者に対する物体の相対的な位置や、速度、加速度 、躍度 など位置の時間微分 がある。アインシュタインの縮約 を用いると、反変成分は上付き添字 を用いて以下のように表される。
v
=
v
i
e
i
{\displaystyle {\boldsymbol {v}}=v^{i}{\boldsymbol {e}}_{i}}
余ベクトルが基底に依存しないためには、余ベクトルの成分は基底の変換に対して、同じ余ベクトルとして表されるように、共に変化しなければならない。つまり、余ベクトルの変換は基底の変換と同じ行列によってなされる必要がある。余ベクトルの成分は共変 であるという。共変ベクトルは、関数 の勾配としてしばしば現れる。共変成分は下付き添字 を用いて以下のように表される。
v
=
v
i
e
i
{\displaystyle {\boldsymbol {v}}=v_{i}{\boldsymbol {e}}^{i}}
物理学や幾何学においては、円筒座標 や球座標 などの曲線座標系 (英語版 ) がしばしば用いられる。空間の各点でのベクトルに対する基底を自然なものに取ることと、ベクトルの共変性および反変性には深い関わりがあり、ベクトルの座標表示が座標系を移したときどのように変化するかということを理解する上で特に重要である。
covariant (共変)および contravariant (反変)という語はジェームス・ジョセフ・シルベスター によって1853年 に代数的 な不変式論 (英語版 ) の研究のために導入された。
不変式論の文脈ではたとえば、斉次方程式 は変数変換に対して反変である。多重線型代数におけるテンソル は共変でありかつ 反変であり得る。多重線型代数における共変性および反変性は、圏論 における関手 に対する用法の特別な例である。
定義
共変性 と反変性 は一般に、基底変換 の下での座標ベクトル (英語版 ) の成分がどのように変換 されるかによって構成される。
V をスカラー体 S 上の n 次元 のベクトル空間 とし、f = (X 1 ,..., Xn ) および f ′ = (Y 1 ,..., Yn ) を V の基底 とする[ 注 1] 。また f から f ′ への基底変換は、n × n の正則行列 A の成分 ai j について、次のように与えられる。
f
↦ ↦ -->
f
′
=
(
∑ ∑ -->
i
a
1
i
X
i
,
… … -->
,
∑ ∑ -->
i
a
n
i
X
i
)
=
f
A
{\displaystyle {\boldsymbol {f}}\mapsto {\boldsymbol {f}}'={\biggl (}\sum _{i}a_{1}^{i}X_{i},\dotsc ,\sum _{i}a_{n}^{i}X_{i}{\biggr )}={\boldsymbol {f}}A}
(1 )
基底 f ′ を構成するベクトル Yj はそれぞれ、基底 f を構成するベクトル Xi の線形結合 となる。つまり、
Y
j
=
∑ ∑ -->
i
a
j
i
X
i
{\displaystyle Y_{j}=\sum _{i}a_{j}^{i}X_{i}}
反変変換
V のベクトル v は基底 f を構成する各 Xi の線形結合として一意に表される。
v
=
∑ ∑ -->
i
v
i
[
f
]
X
i
.
{\displaystyle v=\sum _{i}v^{i}[{\boldsymbol {f}}]X_{i}.}
(2 )
ここで vi [f ] は S のスカラーであり、ベクトル v の基底を f にとったときの成分 (components, entries ) と呼ばれる。v の成分を列ベクトル v [f ] で表すと次のようになる:
v
[
f
]
=
[
v
1
[
f
]
v
2
[
f
]
⋮ ⋮ -->
v
n
[
f
]
]
{\displaystyle {\boldsymbol {v}}[{\boldsymbol {f}}]={\begin{bmatrix}v^{1}[{\boldsymbol {f}}]\\v^{2}[{\boldsymbol {f}}]\\\vdots \\v^{n}[{\boldsymbol {f}}]\end{bmatrix}}}
これにより (2 ) は行列の積 の形に書き直せる。
v
=
f
v
[
f
]
{\displaystyle v={\boldsymbol {f}}{\boldsymbol {v}}[{\boldsymbol {f}}]}
ベクトル v を f ′ を基底として表現すると、次のようになる。
v
=
f
′
v
[
f
′
]
{\displaystyle v={\boldsymbol {f}}'{\boldsymbol {v}}[{\boldsymbol {f}}']}
ただし、ベクトル v そのものは基底の選び方によらず不変であるので、二つの表現は互いに等しい。
f
v
[
f
]
=
v
=
f
′
v
[
f
′
]
{\displaystyle {\boldsymbol {f}}{\boldsymbol {v}}[{\boldsymbol {f}}]=v={\boldsymbol {f}}'{\boldsymbol {v}}[{\boldsymbol {f}}']}
このv の不変性と、 (1 ) の基底 f と f ′ の関係を組み合わせて、
f
v
[
f
]
=
f
A
v
[
f
A
]
{\displaystyle {\boldsymbol {f}}{\boldsymbol {v}}[{\boldsymbol {f}}]={\boldsymbol {f}}A{\boldsymbol {v}}[{\boldsymbol {f}}A]}
ここから次の変換規則を得る。
v
[
f
A
]
=
A
− − -->
1
v
[
f
]
{\displaystyle {\boldsymbol {v}}[{\boldsymbol {f}}A]=A^{-1}{\boldsymbol {v}}[{\boldsymbol {f}}]}
また、成分表示では次のように書ける。
v
i
[
f
′
]
=
∑ ∑ -->
j
a
~ ~ -->
j
i
v
j
[
f
]
{\displaystyle v^{i}[{\boldsymbol {f}}']=\sum _{j}{\tilde {a}}_{j}^{i}v^{j}[{\boldsymbol {f}}]}
ここで係数 ãi j は A の逆行列 の i , j 成分である。
ベクトル v の成分は基底を変換する行列 A の逆行列によって変換されるため、ベクトルの成分は基底の変換に対して反変である (transform contravariantly ) という。
変換 A によって結び付けられる基底とベクトルの組は、矢印を使った図で次のようにラフに表現される。反対向きの矢印は反変変換を示す:
f
⟶ ⟶ -->
f
′
v
[
f
]
⟵ ⟵ -->
v
[
f
′
]
{\displaystyle {\begin{array}{ccc}{\boldsymbol {f}}&\longrightarrow &{\boldsymbol {f}}'\\{\boldsymbol {v}}[{\boldsymbol {f}}]&\longleftarrow &{\boldsymbol {v}}[{\boldsymbol {f}}']\end{array}}}
共変変換
ベクトル空間 V 上の線型汎関数 α は基底 f の成分 (係数体 S のスカラー)を用いて一意に表すことができる。
α α -->
(
X
i
)
=
α α -->
i
[
f
]
,
i
=
1
,
2
,
… … -->
,
n
{\displaystyle \alpha (X_{i})=\alpha _{i}[{\boldsymbol {f}}],\quad i=1,2,\dotsc ,n}
これらの成分は 基底 f の元 Xi 上の α の作用 である。
f から f ′ への基底変換 (1 ) の下で、α の成分は次のように変換される。
α α -->
i
[
f
′
]
=
α α -->
(
Y
i
)
=
α α -->
(
∑ ∑ -->
j
a
j
i
X
j
)
=
∑ ∑ -->
j
a
i
j
α α -->
(
X
j
)
=
∑ ∑ -->
j
a
i
j
α α -->
j
[
f
]
{\displaystyle {\begin{aligned}\alpha _{i}[{\boldsymbol {f}}']&=\alpha (Y_{i})\\&=\alpha {\biggl (}\sum _{j}{a^{j}}_{i}X_{j}{\biggr )}\\&=\sum _{j}a_{i}^{j}\alpha (X_{j})\\&=\sum _{j}a_{i}^{j}\alpha _{j}[{\boldsymbol {f}}]\end{aligned}}}
(3 )
α の成分は行ベクトル α [f ] を用いて次のように書き表せる:
α α -->
[
f
]
=
[
α α -->
1
[
f
]
,
α α -->
2
[
f
]
,
… … -->
,
α α -->
n
[
f
]
]
{\displaystyle {\boldsymbol {\alpha }}[{\boldsymbol {f}}]={\bigl [}\alpha _{1}[{\boldsymbol {f}}],\alpha _{2}[{\boldsymbol {f}}],\dotsc ,\alpha _{n}[{\boldsymbol {f}}]{\bigr ]}}
これより (3 ) の関係は行列の積として書き直すことができる。
α α -->
[
f
A
]
=
α α -->
[
f
]
A
{\displaystyle \alpha [{\boldsymbol {f}}A]=\alpha [{\boldsymbol {f}}]A}
線型汎関数 α の成分は基底の変換 A に従って変換されるため、α の成分は基底の変換に対して共変である (transform covariantly ) という。
変換 A によって結ばれる基底と共変ベクトルの組は矢印を使った図で次のようにラフに表される。共変性は基底の変換と同じ向きの矢印で表現される:
f
⟶ ⟶ -->
f
′
α α -->
[
f
]
⟶ ⟶ -->
α α -->
[
f
′
]
{\displaystyle {\begin{array}{ccc}{\boldsymbol {f}}&\longrightarrow &{\boldsymbol {f}}'\\\alpha [{\boldsymbol {f}}]&\longrightarrow &\alpha [{\boldsymbol {f}}']\end{array}}}
行ベクトルの代わりに列ベクトルを用いて表現する場合、変換規則は転置 を用いて次のように表される。
α α -->
⊤ ⊤ -->
[
f
A
]
=
A
⊤ ⊤ -->
α α -->
⊤ ⊤ -->
[
f
]
{\displaystyle \alpha ^{\top }[{\boldsymbol {f}}A]=A^{\top }\alpha ^{\top }[{\boldsymbol {f}}]}
関連項目
脚注
注釈
^ ここで基底 f は実数空間 R n から V への線型 な同型写像 と見なすことができる。f を行ベクトル と見れば、f の成分 は基底 f の元 Xn であり、対応する線型同型写像は x ↦ fx である。
引用
参考文献
Wheeler, J.A.; Misner, C.; Thorne, K.S. (1973). Gravitation . W.H. Freeman & Co. ISBN 0-7167-0344-0
Bowen, Ray (2008年). “Introduction to Vectors and Tensors ”. Dover. pp. 78, 79, 81. 2014年6月14日 閲覧。 [リンク切れ ]
Arfken, George B.; Weber, Hans J. (2005), Mathematical Methods for Physicists (6th ed.), San Diego: Harcourt, ISBN 0-12-059876-0 .
Dodson, C. T. J.; Poston, T. (1991), Tensor geometry , Graduate Texts in Mathematics, 130 (2nd ed.), Berlin, New York: Springer-Verlag , ISBN 978-3-540-52018-4 , MR 1223091 .
Greub, Werner Hildbert (1967), Multilinear algebra , Die Grundlehren der Mathematischen Wissenschaften, Band 136, Springer-Verlag New York, Inc., New York, MR 0224623 .
Sternberg, Shlomo (1983), Lectures on differential geometry , New York: Chelsea, ISBN 978-0-8284-0316-0 .
Sylvester, J.J. (1853), “On a Theory of the Syzygetic Relations of Two Rational Integral Functions, Comprising an Application to the Theory of Sturm's Functions, and That of the Greatest Algebraical Common Measure” , Philosophical Transactions of the Royal Society of London (The Royal Society) 143 : 407–548, doi :10.1098/rstl.1853.0018 , JSTOR 108572 , https://jstor.org/stable/108572 .
外部リンク
Hazewinkel, Michiel, ed. (2001), “Covariant tensor” , Encyclopedia of Mathematics , Springer, ISBN 978-1-55608-010-4 , https://www.encyclopediaofmath.org/index.php?title=Covariant_tensor
Hazewinkel, Michiel, ed. (2001), “Contravariant tensor” , Encyclopedia of Mathematics , Springer, ISBN 978-1-55608-010-4 , https://www.encyclopediaofmath.org/index.php?title=Contravariant_tensor
Weisstein, Eric W. "Covariant Tensor" . mathworld.wolfram.com (英語).
Weisstein, Eric W. "Contravariant Tensor" . mathworld.wolfram.com (英語).
Invariance, Contravariance, and Covariance