トゲバンレイシ (刺蕃茘枝、学名 : Annona muricata )は、バンレイシ科 バンレイシ属 に属する植物の1種である。英名(soursop)に基づいて、サワーソップ やシャシャップ 、ササップ とも呼ばれる。常緑性 の小高木 であり、多数の雌しべ に由来する集合果 は大きく、表面に柔らかいトゲが多数生えている(図1)。この果実は、熱帯 域で広く食用とされている。中米 から南米 北部原産であると考えられているが、熱帯アフリカ 、南アジア から東南アジア 、オーストラリア 、太平洋諸島 など世界中の熱帯域で栽培されている。
特徴
常緑性 の小高木 であり、大きなものは高さ10メートル (m) ほどになる[ 5] [ 6] (下図2a)。低温や乾燥によって落葉 することがある[ 5] 。若い枝は褐色毛をもつ[ 5] 。葉は2列互生 、葉柄 は太く長さ5-8ミリメートル (mm)、葉身 は狭倒卵形から狭楕円形、6.5-20 × 2.5-6.5センチメートル (cm)、先端は鋭形から鈍形、基部は鋭形から円形、表面(向軸面 )は濃緑色で光沢があり無毛、裏面(背軸面 )も無毛、葉脈 は羽状で側脈は8-13対[ 5] [ 7] 。葉を折ると強い匂いがする[ 5] (下図2b)。
花 は葉に対生し、単生または束生、ときに幹生 する[ 5] (下図2d, e)。花柄 は長さ 5-25 mm、直径 2-2.5 mm、小苞 がある[ 5] (下図2e)。花は直径約 3.8 cm[ 5] [ 7] 。萼片 は3枚、弁状、広三角形、長さ 3–4 mm、幅 5–6 mm、厚く先は鋭く、外面に軟毛が生えている[ 5] [ 7] 。花弁 は6枚、3枚ずつ2輪、厚く肉質で無毛、黄緑色から黄色、外花弁はおよそ 25-50 × 2-4 mm、広三角形、先端は鋭形から鈍形、内花弁は 20-40 × 15-35 mm、卵形から楕円形、先端は鈍形、外花弁より薄い[ 5] [ 7] (下図2d–f)。雄しべ は多数が密生し、長さ 4-5 mm、直径 1 mm、花糸 は肉質で先端が棍棒状[ 5] [ 7] (下図2f)。雌しべ は多数が密生し、長さ約 5 mm、幅 8 mm、広円錐形、ビロード状[ 5] [ 7] (下図2f)。
2f . 花を開けたもの: 中央の濃色部は雌しべの集合、それを囲む白色部は雄しべ
多数の雌しべ に由来する果実 が密着した集合果 を形成し、集合果は心形から楕円形、10-35 × 7-15 cm、緑色、表面には長さ 2-3 mm で湾曲した円錐形の柔軟な棘が規則的に生えている[ 5] [ 7] 。受精できなかった雌しべは発達しないので集合果は不規則に湾曲することがある[ 5] [ 7] 。果柄は木質で長さ 3-6 cm[ 5] 。果実を割ると、それぞれの雌しべ に由来する部分に分離しやすい[ 5] 。果肉 は白く柔軟、綿のような繊維があり、多数の種子 を含む[ 5] 。種子は淡褐色から暗褐色、13-17 × 9-10 mm、楕円形で扁平、縁の隆起が低い[ 5] [ 7] 。胚乳 に錯道がある[ 5] 。染色体 数は 2n = 14[ 5] 。
分布・生態
中央アメリカ から南アメリカ 北部原産であると考えられているが、古くから植栽されており、正確な原産地は明らかではない[ 5] 。西インド諸島 や北アメリカ 、アフリカ 、南アジア から東南アジア 、オーストラリア 、太平洋諸島 などで栽培されており、逸出野生化していることもある[ 5] 。
低地の熱帯雨林 に生育する[ 5] 。基本的に1年中果実 をつけるが、夏から初秋にピークがあり、ときに初春に第2のピークがある[ 5] [ 8] 。石垣島 での花期は3-6月と9-10月、果期は6-7月と1-2月とされる[ 4] 。
花の匂いに誘引された小さな昆虫 によって送粉されるが、結実率は低い[ 5] 。特にケシキスイ科 (Carpophilus , Carpophilus )が重要な送粉者であると考えられているが、その存在が結実に有為な影響を与えなかったとする報告もある[ 5] [ 8] 。
果実 はさまざまな哺乳類 によって食べられ、種子散布 される[ 5] 。
人間との関わり
栽培
トゲバンレイシの果実 は食用とされており、世界中の熱帯 域で広く栽培されている。トゲバンレイシは、人間によって新世界から旧世界へ初めて移入された熱帯作物の1つとされる[ 5] 。果実生産は多くはなく、1本の木あたり1年に1-20個(それぞれ重さは平均1キログラム 以上)である[ 5] 。栽培においては、人工授粉 することで結実が良好になり、果実の形が整う[ 5] [ 4] 。
トゲバンレイシは、種子によって増やす。種子の発芽能はすぐに低下するため(6ヶ月)、果実から収穫した後に早く播種する必要がある[ 8] 。新しい種子であれば、発芽率は85-90%に達する[ 8] 。
病虫害としては炭疽病(Colletrotrichia )、青枯病(Pseudomonas )、黒斑病(Phytophthora )、白斑病(Cercospora )、果実腐敗(Gliocladium )、さび病(Phakopsora )、コバチ (Bephrata , Bephratelloides )、ガ (Cerconota , Thecla )、カメムシ (Amblypelta )、ミバエ 、カイガラムシ 、ハダニ などが知られている[ 8] 。
トゲバンレイシの大きな果実と酸味、チェリモヤ の芳香と甘みを組み合わせた品種作出のため両種の交雑が行われているが、トゲバンレイシとチェリモヤ、またはバンレイシ やギュウシンリ などとの交雑はいずれも成功していない(2008年現在)[ 8] 。これは、トゲバンレイシが、食用となるバンレイシ属の他種と遺伝的に遠縁であるためであると考えられている[ 8] 。
インドネシア やフィリピン では、酸味が強い系統と甘みが強い系統が存在し、後者は種子が少ない[ 8] 。
食用
収穫された果実は3-5日後に完熟し、冷蔵でもその後2-3日しか保存できない[ 5] 。また果皮は柔らかく、傷つきやすい[ 5] 。これらの理由のため、トゲバンレイシの利用は産地周辺に限られ、また大規模な産業とはなっていない[ 5] 。
トゲバンレイシの香りは、「イチゴ とパイナップル の組み合わせに、バナナ やココナッツ を思わせる下にあるクリーミーな香りと対照的な酸っぱい柑橘系の香りが加わった物」と表現されることがある[要出典 ] 。甘味とさわやかな酸味があり、果汁が非常に多い[要出典 ] 。サワーソップ(soursop)の名は、酸味があることに由来する[ 5] 。そのまま生食、または加工してシャーベット 、アイスクリーム 、ゼリー 、ジャム 、清涼飲料 や発酵飲料 とされる[ 2] [ 5] [ 9] [ 10] (下図3a-c)。インドネシア では、果肉を煮て砂糖 と混ぜて甘いケーキ (dodol sirsak)とする[ 5] 。フィリピン では、若い果物を野菜 として利用することがある[ 5] 。
薬用
トゲバンレイシの種子 や葉 、樹皮 、花 、果実 は民間薬 として利用されることがある。インド 、ジャマイカ 、ハイチ 、ブラジル 、ペルー などでは、発熱 、咳 、神経過敏、潰瘍 、傷 、腎臓症、痙攣 に対して用いられ、また寄生虫 駆除剤や強壮剤 、中絶 薬とされることがある[ 5] 。また種子は殺虫剤 、収斂剤 、魚毒として用いられることもある[ 5] 。
健康へのリスク
トゲバンレイシなどバンレイシ科 の植物はアセトゲニン の1種であるアンノナシン やイソキノリン アルカロイド を含んでおり、これが人間の健康に悪影響を与える可能性がある。西インド諸島 の一部では非定型パーキンソン症候群 が頻発することが知られているが、これがトゲバンレイシの摂取と関係がある可能性が示されている[ 5] [ 11] [ 12] [ 13] [ 14] [ 15] 。
英国がん研究所 (英語版 ) によれば、トゲバンレイシはTriamazonという商品名で売られている未認可ハーブ薬の成分である[ 16] 。Triamazonは医薬品として認可されておらず、あるイギリスの業者は、その製品を販売したことで、未認可医薬品の販売など4つの訴因で有罪判決を受けた[ 17] 。
名称
トゲバンレイシは、英名(soursop)に基づいてサワーソップ[ 3] やシャシャップ[ 2] [ 18] 、ササップ[ 4] と呼ばれることがある。その他に英名では graviola や prickly custard apple とも呼ばれる[ 5] 。
スペイン語 では guanábana 、guanabana、guanábano、sapote agrio、ポルトガル語 (ブラジル )では graviola 、フランス語 では corossolier、フィリピン語 ではguayabano 、インドネシア語 では sirsak 、nangka seberang、nangka belanda などと呼ばれる[ 5] 。これらの現地名に基づいて、日本語でグアナバナ、グラビオラ、グラヴィオーラ、グヤバノ、シルサックなどと表記されることもある[要出典 ] 。またマレーシア語 での durian belanda に基づいてオランダドリアンとも呼ばれる[ 4] 。
ギャラリー
つぼみ(萼が見える)
幹生花に由来する果実
果実
果実
果実
脚注
^ a b “Annona muricata ”. Plants of the World Online . Kew Botanical Garden. 2022年8月25日 閲覧。
^ a b c d 「トゲバンレイシ(刺蕃茘枝) 」。https://kotobank.jp/word/%E3%83%88%E3%82%B2%E3%83%90%E3%83%B3%E3%83%AC%E3%82%A4%E3%82%B7%28%E5%88%BA%E8%95%83%E8%8C%98%E6%9E%9D%29 。コトバンク より2022年8月26日 閲覧 。
^ a b 植田邦彦 (1997). “バンレイシ科”. 週刊朝日百科 植物の世界 9 . pp. 100-107. ISBN 9784023800106
^ a b c d e f g 保有熱帯果樹遺伝資源 . 国際農林水産業研究センター. (2019). https://www.jircas.go.jp/sites/default/files/publication/manual_guideline/manual_guideline62-_-.pdf
^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y z aa ab ac ad ae af ag ah ai aj ak al am an ao ap aq ar as “Annona muricata ”. Invasive Species Compendium . CABI. 2022年8月26日 閲覧。
^ a b c 岸本修 (1989). “Annona”. In 堀田満ほか. 世界有用植物事典 . 平凡社. pp. 92-93. ISBN 9784582115055
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^ a b c d e f g h Janick, J. & Paull, R. E., ed (2008). “Annona muricata ”. The Encyclopedia of Fruit & Nuts . CABI. pp. 44-46. ISBN 9780851996387
^ バーバラ・サンティッチ、ジェフ・ブライアント (監修) 山本紀夫 (監訳) (2010). 世界の食用植物文化図鑑 . 柊風社. p. 91. ISBN 978-4903530352
^ 中村三八夫 (1978). “トゲバンレイシ”. 世界果樹図説 . 農業図書. pp. 68–70. ASIN B000J8K81E
^ Lannuzel, A., Michel, P. P., Höglinger, G. U., Champy, P., Jousset, A., Medja, F., ... & Ruberg, M. (2003). “The mitochondrial complex I inhibitor annonacin is toxic to mesencephalic dopaminergic neurons by impairment of energy metabolism”. Neuroscience 121 (2): 287-296. doi :10.1016/S0306-4522(03)00441-X .
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^ Lannuzel, A., Höglinger, G. U., Champy, P., Michel, P. P., Hirsch, E. C., & Ruberg, M. (2006). “Is atypical parkinsonism in the Caribbean caused by the consumption of Annonacae?”. Parkinson's Disease and Related Disorders 70 : 153-157. doi :10.1007/978-3-211-45295-0_24 .
^ Caparros-Lefebvre, D. & Elbaz, A. (1999). “Possible relation of atypical parkinsonism in the French West Indies with consumption of tropical plants: a case-control study”. The Lancet 354 (9175): 281-286. doi :10.1016/S0140-6736(98)10166-6 .
^ “フランス食品衛生安全庁(AFSSA)、コロソル(Annona muricata L.)及びその調製品のリスクについて意見書を提出 ”. 食品安全関係情報データベース . 内閣府 (2010年4月28日). 2022年8月23日 閲覧。
^ BriefingWire , Can Graviola cure cancer? , Cancer Research UK
^ Messenger Newspapers , 29th September 2010
^ 鈴木創、鈴木直子「小笠原諸島におけるオガサワラオオコウモリの食性 」『小笠原研究』第8巻第41号、首都大学東京小笠原研究委員会、2014年、1-11頁。
関連事項
外部リンク
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“Annona muricata ”. Invasive Species Compendium . CABI. 2022年8月26日 閲覧。 (英語)
“Annona muricata ”. Plants of the World Online . Kew Botanical Garden. 2022年8月25日 閲覧。 (英語)
Flora of China Editorial Committee. “Annona muricata ”. Flora of China . Missouri Botanical Garden and Harvard University Herbaria. 2022年8月26日 閲覧。 (英語)