マニンガム=ブラー女男爵、エリザベス・リディア・「イライザ」・マニンガム=ブラー (英 : Elizabeth Lydia "Eliza" Manningham-Buller, Baroness Manningham-Buller, LG , DCB 、1948年 7月14日 - )は、イギリス の官僚、政治家。
2002年 から2007年 にかけてMI5 長官を務めた。2008年 に一代貴族 「マニンガム・ブラー女男爵」に叙され、現在は貴族院 議員を務めている。
経歴
1948年 7月14日 、マニンガム=ブラー準男爵家 の嫡男で保守党 の政治家であるレジナルド・マニンガム=ブラー (後の初代ディルホーン子爵 )とその妻メアリー・リリアン(第27代クロウフォード伯爵 デイヴィッド・リンジー (英語版 ) の娘)の間の次女として生まれる[ 1] 。
父レジナルドは1956年 に祖父マーヴィン (英語版 ) から第4代準男爵 位を継承し、政界では保守党の庶民院 議員として活躍し、1962年 に大法官 に就任した際に初代ディルホーン男爵に叙せられて連合王国貴族 となり、さらに1964年 には初代ディルホーン子爵に叙せられた人物である[ 1] 。
ベネンデン・スクール (英語版 ) を経て、オックスフォード大学 レディ・マーガレット・ホール で学ぶ。1974年にMI5に入省する前、3年間、ロンドン のクイーンズ・ゲイト・スクール(Queen's Gate school)で教師として働いていた[ 2] 。当初、対ソ防諜 を専門とし、ゴルジエフスキー事件にも関係した。後に対テロ部門に異動。ロッカビー事件 時、対テロ局長であり、後に連絡幹部としてワシントン に駐在した[ 2] 。
1992年、アイルランド人 テロ対策の機能がMI5主管となった。1997年、MI5副長官(外部監視・盗聴担当)に任命された[ 2] 。
2002年 10月から2007年 4月までMI5の長官(Director General)を務めた[ 2] 。2005年の女王誕生日の記念にバス勲章 デイム・コマンダー(DCB)に叙せられた[ 2] 。
MI5長官退任後の2008年 6月に一代貴族 「ノーサンプトンシャー ・カウンティにおけるノーサンプトン のマニンガム・ブラー女男爵」(Baroness Manningham-Buller, of Northampton in the County of Northamptonshire)に叙され、貴族院 議員に列した[ 3] [ 4] 。貴族院内では中立派 の議員である[ 4] 。
2014年 4月23日 、女王エリザベス2世 よりガーター勲章 勲爵士(LG)に叙せられた[ 5] 。
栄典
爵位
勲章
脚注
注釈
出典
職権上の騎士
臣民の騎士
王族の騎士
外国君主の騎士
オフィサー