玉沢村(たまさわむら)は、1954年(昭和29年)まで宮城県栗原郡南東部にあった村。現在の栗原市築館のうち太田・照越・萩沢・八沢・横須賀を冠する各字などにあたる。
沿革
- 1875年(明治8年)10月17日 - 水沢県による村落統合にともない、照越村と萩沢村が合併して玉荻(たまおぎ)村が、太田村・八沢村および留場村の一部(横須賀)が合併して太沢村が、それぞれ成立。
- 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行にともない、玉荻村と八沢村が合併して玉沢村が発足。
- 1947年(昭和22年)8月7日 - 昭和天皇が戦後巡幸で村内を通過(後述)。
- 1954年(昭和30年)8月10日 - 築館町・富野村・宮野村と合併し、新制の築館町となる。
行政
代 |
氏名 |
就任 |
退任 |
備考
|
1 |
三塚甚吉 |
1893年(明治26年)4月21日 |
1894年(明治27年)2月21日 |
|
2 |
三塚甚平 |
1894年(明治27年)6月1日 |
1896年(明治29年)5月11日 |
|
3 |
渋谷仙右衛門 |
1896年(明治29年)6月18日 |
1899年(明治32年)8月28日 |
|
4 |
相馬龍左衛門 |
1899年(明治32年)9月21日 |
1899年(明治32年)10月4日 |
|
5 |
南条宗三郎 |
1900年(明治33年)10月16日 |
1903年(明治36年)6月28日 |
|
6 |
相馬民作 |
1903年(明治36年)8月6日 |
1904年(明治37年)3月2日 |
|
7 |
藤田左治郎 |
1904年(明治37年)3月30日 |
1908年(明治41年)3月29日 |
|
8 |
曾根喜四郎 |
1908年(明治41年)4月21日 |
1911年(明治45年)4月20日 |
|
9 |
三浦茂三郎 |
1911年(明治45年)5月11日 |
1916年(大正5年)5月10日 |
|
10 |
南条宗三郎 |
1917年(大正6年)1月27日 |
1919年(大正8年)11月3日 |
再任
|
11 |
藤田権四郎 |
1919年(大正8年)12月12日 |
1926年(大正15年)6月2日 |
|
12 |
三塚豊治 |
1927年(昭和2年)10月6日 |
1929年(昭和4年)2月15日 |
|
13 |
千葉治左衛門 |
1929年(昭和4年)3月4日 |
1932年(昭和7年)8月13日 |
|
14 |
相馬宗一郎 |
1932年(昭和7年)8月18日 |
1933年(昭和8年)12月18日 |
|
15 |
藤田権四郎 |
1933年(昭和8年)12月28日 |
1937年(昭和12年)11月27日 |
再任
|
16 |
曾根斐治 |
1938年(昭和13年)1月10日 |
1946年(昭和21年)12月30日 |
|
17 |
白鳥貞策 |
1947年(昭和22年)1月1日 |
1947年(昭和22年)3月1日 |
|
18 |
大場松四郎 |
1947年(昭和22年)4月8日 |
1953年(昭和28年)3月31日 |
|
19 |
藤田規雄 |
1953年(昭和28年)4月30日 |
1954年(昭和29年)8月9日 |
|
産業
鉱業
第二次世界大戦の前後に照越鉱山が稼働。東北地方の代表的な亜炭鉱山であった。1947年(昭和22年)に昭和天皇が行幸した際には、天皇が車中から貯炭状況を視察し、鉱山関係者からの奉迎を受けた[1]。
脚注
参考文献
関連項目