川崎市営トロリーバス |
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高津区二子塚公園に保存される 川崎市最後のトロリーバス車両 側窓には運行当時の写真も (2021年11月) |
概要 |
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種別 |
無軌条電車 |
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現況 |
廃止 |
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起終点 |
起点:川崎駅前 終点:鋼管水江製鉄前 |
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運営 |
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開業 |
1951年3月1日 (1951-03-01) |
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廃止 |
1967年5月1日 (1967-5-1) |
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路線諸元 |
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路線総延長 |
7.3 km (4.5 mi) |
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電化 |
直流600 V 架空電車線方式 |
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テンプレートを表示 |
停留場・施設・接続路線
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南武線
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東海道本線ほか
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京急本線
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京急大師線
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川崎市電
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小美屋前→
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←川崎駅前
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市役所前→
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←川崎警察署前
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榎町→
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←市立川崎病院前
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市民会館前→
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富士見公園前→
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←野球場裏
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中島一丁目→
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市立高校前→
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大島四丁目
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大島五丁目
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藤崎町
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池藤橋
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臨港警察署前
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池上新田
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川崎市電
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池上新田
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日本鋼管池上正門前
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池上中門
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川崎市電
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入江橋
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鋼管水江北門前
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鋼管水江正門前
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日立造船前
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鋼管水江南門前
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鋼管水江製鉄前
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川崎市営トロリーバス(かわさきしえいトロリーバス)では、川崎市交通局が運営していた無軌条電車線(トロリーバス)について述べる。
概要
川崎市では1950年(昭和25年)12月15日より市営バスを導入していたが、それよりも燃料コストが安いということでトロリーバスの導入を決断、1949年(昭和24年)9月に運輸省へ中央線、臨港循環線、扇町線計18.6kmの開設を申請し、このうち中央線及び臨港循環線の一部区間の計7.7kmが1950年(昭和25年)7月に承認され、1951年(昭和26年)3月に日本で3番目(戦後としては初)の都市トロリーバス新線として開業した。川崎市電とともに市内の公共交通機関としての役目を担い順次路線も延伸されたが、昭和30年代後半以降の利用客減少に見舞われて収益が悪化、1967年(昭和42年)に市の交通事業再編計画の波を受け、市電より一足早く全廃された。
廃止後、車両の一部は横浜市営トロリーバスに売却されたほか、高津区の二子塚公園に100形104号が保存された[1]。2024年には老朽化に伴い解体される予定であったが[2]、解体計画を知った鉄道愛好家の申し出により解体を免れ、保存会を立ち上げた上で修復を目指し、2024年12月21日に二子塚公園から搬出された[3]。
なお、現在川崎市バス塩浜営業所が運行する水江町線は、トロリーバスが運行していたのとほぼ同じルートになっている[要出典]。また2023年から臨港バスがトロリーバスと似たルートで「KAWASAKI BRT」を運行している。
路線データ
1967年当時
- 路線距離:川崎駅前 - 鋼管水江製鉄前間7.3km
- 電化方式:直流600V
国鉄塩浜操車場の設置に伴い1964年(昭和39年)からは池上新田 - 日本鋼管池上正門前間で貨物線と平面交差を行っていた。貨物線は直流1500Vで電化されトロリーバスの架線電圧と異なっているため、交差部分ではトロリーバスの架線を設置せず、144Vのバッテリーで走行することで対応した[4]。
沿革
停留所
- 1967年当時
- 大島四丁目 → 市立高校前 → 中島一丁目 → 富士見公園前 → 市民会館前 → 榎町 → 市役所前 → 小美屋前 → 川崎駅前 → 川崎警察署前 → 市立川崎病院前 → 野球場裏 → 大島四丁目 - 大島五丁目 - 藤崎町 - 池藤橋 - 臨港警察署前 - 池上新田 - 日本鋼管池上正門前 - 入江橋 - 鋼管水江北門前 - 鋼管水江正門前 - 日立造船前 - 鋼管水江南門前 - 鋼管水江製鉄前
- 大島四丁目 - 市民会館前 - 川崎駅前 - 野球場裏 - 大島四丁目間はラケット状ループ線
輸送実績
年度
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旅客輸送人員(千人)
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1958 |
6,457
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1963 |
11,976
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1966 |
8,211
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車両
川崎市営トロリーバスで運用される車種はバラエティに富んでおり、メーカーの試作車を購入した車両も多かった。また、一部の車両に対しては車体更新が行われている。
- 100形 - 4両(101 - 104号)
- 1951年製造(101 - 103号)、1954年改造(104号)。104号を除く3両の車体は富士自動車が製造。104号は名古屋市のトロリーバスで試験運行されていた車両を1954年に改造したもの。4両とも1963年(昭和38年)、富士重工にて車体更新を受けた。
- 200形 - 2両(201 - 202号)
- 1951年製造。車体は宇都宮車輛が、電装品は東洋電機が製造。1964年(昭和39年)、富士重工にて車体更新を受けた。
- 300形 - 4両(301 - 304号)
- 1951年製造(301 - 303号)、1954年導入(304号)。301 - 302号の車体(200形と同仕様)は宇都宮車輛が、303 - 304号の車体は広瀬車両が製造。電装品の製造は4両とも三菱電機。304形はもともと試作車で会った車両を1954年(昭和29年)に導入したもの。301 - 302号は1965年(昭和40年)に、303号は1962年(昭和37年)に、304号は1963年(昭和38年)にいずれも富士重工で車体更新を受けた。
- 500形 - 2両(501 - 502号)
- 1955年製造。車体は富士自動車、車台は日野、電装品は東芝が製造。車体更新は受けていない。
- 600形 - 3両(601 - 603号)
- 1960年製造(601 - 602号)、1961年導入(603号)。車体は東急車輌、車台は三菱ふそう、電装品は東芝と東洋電機が製造。車体更新は受けていない。
- 700形 - 4両(701 - 704号)
- 1962年製造。車体は富士重工、車台は三菱ふそう、電装品は東洋電機が製造。車体更新は受けていない。川崎市営トロリーバスが廃止された後は全車が横浜市営トロリーバスに譲渡され、121号 - 124号として使用された。
脚注
- ^ “川崎市川崎区:市営トロリーバス車両 (しえいとろりーばすしゃりょう)”. 川崎市. 2024年10月3日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年11月23日閲覧。
- ^ “川崎で保存のトロリーバス、老朽化で解体へ 全国に3台の「貴重な存在」”. 神奈川新聞. (2024年12月12日). https://www.kanaloco.jp/news/social/article-1132927.html 2024年12月13日閲覧。
- ^ “川崎・高津で解体予定のトロリーバス、一転保存へ 愛好家が修復目指し搬出”. 神奈川新聞. (2024年12月23日). https://www.kanaloco.jp/news/social/article-1135701.html 2024年12月24日閲覧。
- ^ 日本のトロリーバス Trolleybuses in Japan. 電気車研究会. (平成6年3月1日)
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廃止 |
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関連項目 | |
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鉄道事業法(旧地方鉄道法)・軌道法に拠る路線のみ。*印は専用道のみを運行する路線。
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