ピラール・フォン・バイエルン(Pilar Prinzessin von Bayern, 1891年3月13日 - 1987年1月29日)は、ドイツ・バイエルンの王族、バイエルン王女(Prinzessin von Bayern)。
生涯
バイエルン王子ルートヴィヒ・フェルディナントと、その妻のスペイン王女マリア・デ・ラ・パスの間の第3子、長女として生まれた。全名はマリア・デル・ピラール・オイラリア・アントニア・イザベラ・ルドヴィカ・フランツィスカ・ヨーゼファ・リタ・オイフラジア(María del Pilar Eulalia Antonia Isabella Ludovika Franziska Josepha Rita Euphrasia)。スペイン女王イサベル2世の外孫にあたり、イサベル女王の8人の孫の中で最後に誕生している。
女性画家として活動したほか、1930年代にミュンヘン在住のアイルランド人作家デズモンド・チャップマン=ハストン(Desmond Chapman-Huston)と共著でいくつかの本も執筆した[1]。生涯独身を通した[2]。
著作
- Pilar of Bavaria & Desmond Chapman-Huston: Don Alfonso XIII. A Study of Monarchy. Londen, Murray, 1931.
- Pilar of Bavaria & Desmond Chapman-Huston: Bavaria the Incomparable. An Unpretentious Travel Book. Londen, Cassell, 1934.
系譜
脚注
外部リンク
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