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ブリティッシュ・コロンビア州、ニュー・ウェストミンスターの橋については「クイーンズボロー橋」をご覧ください。 |
クイーンズボロ橋(英語: Queensboro Bridge)は、1909年に完成した、ニューヨーク市、イースト川に架かる片持ち梁橋である。正式名称はエド・コッチ・クイーンズボロ橋(Ed Koch Queensboro Bridge)。橋のマンハッタン側が59丁目と60丁目の間に位置するため、59丁目橋(59th Street Bridge) とも呼ばれている。
橋は、クイーンズ区のロングアイランド・シティ地区から、ルーズベルト島を通ってマンハッタンと結んでいる。橋はニューヨーク州道25号線となっており、州道であるのは橋の西から4つ目のスパンまでである(ニューヨーク州道25号線は、橋が西端となっており、以前はNY 24とNY 25Aが走っていた)。橋の北側には、横に独立したルーズベルト島トラムウェイが走っている。2008年の日平均交通量は176,306台[2]。
2010年12月、市は、橋がクイーンズボロ橋から、前市長エド・コッチに敬意を示して、エド・コッチ・クイーンズボロ橋に改名することを発表した[3]。改名の決定は、クイーンズの住民や財界人には喜ばれず、多くの地元住民が古い名称を使って橋を呼んでいる[4][5]。
歴史
マンハッタンにロングアイランド・シティを繋ぐ橋の重要な計画は、1838年から始まり、1867年には、民間企業による投資が初めて試みられた[要出典]。この努力は結実することはなく、この会社は1890年代に破産した[要出典]。成功した計画は、市の新しい橋部のもと、1903年から始まり、ウィリアムズバーグ橋を設計したレファート・L・ブックとヘンリー・ホルンボステルが協力して、1902年に橋委員会の新しい地位に就いたグスタヴ・リンデンタールが指揮した。
建設はすぐに開始されたが、暴風の中、労働不足により不完全だったスパンが崩壊(ダイナマイトで爆破することが試みられた)し、橋が完成するまでには1909年までかかった。橋が一般に開業したのは、1909年3月30日であり[6]、約1800万$と50人のコストがかかった。セレモニーが行われたグランド・オープンは、1909年6月12日に行われた[7]。橋は、初期のルーズベルト・アイランドという名称より、ブラックウィルズ・アイランド橋として知られていた[8]。1930年から1955年にかけて、現在はルーズベルト島として知られるウェルフェア島に、自動車や歩行者を輸送する乗り物エレベーターがあった。これは、1970年に取り壊された[9]。
クイーンズボロ橋は、ダブル片持ち梁橋で、ルーズベルト島の両側の海峡を越える、2つの片持ち梁スパンを持っている。橋はスパンをつり下げてはおらず、各側からの片持ち梁は、スパンの中間点まで達する[10]。下記は、5つのスパンと出入り口の長さを示している。
- マンハッタンへのルーズベルト島スパン(片持ち梁):360m
- ルーズベルト島スパン:190m
- ルーズベルト島へのクイーンズ・スパン(片持ち梁):300m
- サイド・スパン:143 - 140m
- 出入り口全体:1,135m
- 出入り口を含む全体:2,270m
1917年、ケベック橋ができるまで、マンハッタンとルーズベルト島の間にあったスパンは、北アメリカで最長の片持ち梁スパンであった[11]。
橋は、2層になっている。最初は、上層は歩行者を収容して、2本の高架鉄道の線路(クイーンズボロ・プラザ高架駅への2番街高架線と接続した)があり、下層は4車線の自動車道、現在の「アウター・ロードウェイ」、歩行者用のトロリーレーン2車線があった。トロリーは橋の途中で停車し、クイーンズとマンハッタンの乗客を繋いでおり、ルーズベルト島へエレベーターまたは階段で下りることができた[12]。橋で運営されたトロリーは、1957年4月7日まで運行していた[13]。鉄道は、2番街高架線と同様に、1930年代後半から1940年代前半にかけて撤去された。トロリー・レーンと橋の中間駅(階段)も、1950年代に撤去され、橋の自動車用の車線の11車線となった。
料金は、自動車が橋を通過する場合には、課されていない。
現在
橋は数年間、老朽化していたが、1987年からエド・コッチ・クイーンズボロ橋の修復が始まり、3億$以上のコストをかけて、未だ進行中である。
橋の上層には、自動車用の4車線があり、橋の片持ち梁トラス構造やニューヨークのスカイラインの素晴らしい眺めを見ることができる。下層には、自動車用の4車線を含む乗り物用の5車線と南側の自動車用のアウター・レーンがある。北側アウター・ロードウェイは、2000年9月に永久の歩行者/自転車道として変換された[14]。
橋へのマンハッタン入口は、現在は、橋の下のフード・エンポリウム・ブリッジ・マーケット及びレストラン・グアスタビーノスの上品な天井となっているグアスタビーノ・タイルで支えられている。もとは、このオープンエアの散歩道はブリッジマーケットとして知られており、ホルンボステルの橋を市に快く受け入れてもらうための試みの1つでもあった[15]。
2009年3月、ニューヨーク市橋百年委員会は、橋の開通から百周年を記念したイベントのスポンサーとなった[16]。橋は、この百周年の年に、米国土木学会によって、歴史的国家土木建造物に指定された[11]。
エド・コッチ・クイーンズボロ橋は、ニューヨークシティマラソンの最初のマンハッタン入り地点、及び5区自転車ツアーのマンハッタンの出口地点となっている。
公共交通機関
鉄道路線
2本の都市交通の線路に加え、橋にはさらに、4本の路面電車の線路があった。次のクイーンズへの路線は橋の上で運営されていた:
1910年から1919年にかけての3番街線の42丁目クロスタウン線であるワン・マンハッタン線も橋の上で運営されていた。
バス
橋では、Q32の路線バスがMTAニューヨーク・シティ・トランジットによって、Q60とQ101ローカルがMTAバスによって運営されている。橋にはさらに、20の急行バスも東行きのみ運営されている(これらバス路線は、西行きに、クイーンズ=ミッドタウン・トンネルを使用している。これらは、MTAバスのQM1、QM2、QM3、QM4、QM5、QM6、QM7、QM8、QM10、QM12、QM15、QM16、QM17、QM18、QM20、QM21、QM24及びニューヨーク・シティ・トランジットのX63、X64、X68である。路線別の橋を通るバス路線の平日の平均利用者数は、Q32:12,217、Q60:14,427、Q101:3,416、QM1:592、QM2:1,894、QM3:129、QM4:800、QM5:2,014、QM6:1,040、QM7:757、QM8:566、QM10:356、QM12:499、QM15:1,259、QM16:382、QM17:402、QM18:235、QM20:1,104、QM21:377、QM24:1,210、X63:714、X64:396、X68:588である[17][18]。
文化
文学
音楽
映画
テレビ
出典
Notes
- ^ National Park Service (9 July 2010). "National Register Information System". National Register of Historic Places. National Park Service.
- ^ “New York City Bridge Traffic Volumes 2008” (PDF). New York City Department of Transportation. p. 63 (2010年3月). 2010年7月10日閲覧。
- ^ Bultman, Matthew; Fanelli, James (2010年12月9日). “Just call 59th Street Bridge the Ed Koch”. Daily News (New York). http://www.nydailynews.com/ny_local/2010/12/09/2010-12-09_kochs_bridge_now_call_it_59th_st_or_queensboro_but_exmayor_sez_its_groovy.html 2010年12月9日閲覧。
- ^ Lisberg, Adam (2011年2月28日). “Queensboro Bridge should not be renamed after former Mayor Ed Koch, 70% of Queens biz leaders say”. Daily News (New York). https://www.nydailynews.com/new-york/queensboro-bridge-not-renamed-mayor-ed-koch-70-queens-biz-leaders-article-1.139260 2018年12月23日閲覧。
- ^ Hernandez, Javier C. (2011年3月23日). “Council Votes to Rename Queensboro Bridge for Koch”. New York Times (New York). http://cityroom.blogs.nytimes.com/2011/03/23/soon-you-can-take-the-koch-bridge-to-queens 2011年3月23日閲覧。
- ^ “Queensboro Bridge Opens to Traffic”. The New York Times: p. 2. (1909年3月31日). http://query.nytimes.com/gst/abstract.html?res=9E05EFDC1131E733A25752C3A9659C946897D6CF 2010年2月20日閲覧。
- ^ “300,000 See Queens Linked to Old City”. The New York Times: p. 1. (1909年6月13日). http://query.nytimes.com/gst/abstract.html?res=9A0DE2D6173EE033A25750C1A9609C946897D6CF 2010年2月20日閲覧。
- ^ a b c Barron, James (2009年3月29日). “To Fans, Queensboro Bridge Is a Steel Swan, Not an ‘Ugly Duckling’”. The New York Times: p. A22. https://www.nytimes.com/2009/03/29/nyregion/29bridge.html 2009年3月29日閲覧。
- ^ “Transportation”. Roosevelt Island Operating Corporation. 2010年7月10日閲覧。
- ^ “Project Page:2000 Biennial Bridge Inspection of the Queensboro Bridge over the East River”. HAKS Corporation. 2008年6月15日閲覧。
- ^ a b “Queensboro Bridge”. ASCE Metropolitan Section. 2010年2月20日閲覧。
- ^ “Roosevelt Island Tramway”. New York Correction History Society. 2010年2月20日閲覧。
- ^ Phillips, McCandlish (1957年4月7日). “City's Last Trolley at End of Line; Buses Will Replace 49-Year Route on Queensboro Span”. The New York Times: p. 1. http://select.nytimes.com/gst/abstract.html?res=F10C15FF345A137A93C5A9178FD85F438585F9 2008年8月17日閲覧。
- ^ “Queensboro Bridge Rehabilitation Program”. New York City Department of Transportation. 2010年3月13日閲覧。
- ^ Dunlap, David W. (1999年3月7日). “Bridgemarket Emerging, After 22 Years”. The New York Times. https://www.nytimes.com/1999/03/07/realestate/bridgemarket-emerging-after-22-years.html 2010年2月20日閲覧。
- ^ “Queensboro Bridge Centennial Celebration Events and Exhibits”. NYC Bridge Centennial Commission. 2010年2月20日閲覧。
- ^ “Average Weekday NYC Transit Bus Ridership”. MTA New York City Transit (2012年). 2012年7月4日閲覧。
- ^ “Average Weekday MTA Bus Ridership”. MTA Bus Company (2012年). 2012年7月4日閲覧。
Bibliography
外部リンク