このフレーズは、英語においては17世紀にジョン・ドライデンが執筆した英雄劇『グラナダの征服(en:The Conquest of Granada)』(1672年)で初めて登場した[3]。「Savage(野蛮)」という単語は当時、「野生の獣」と言う意味だけでなく「未開の人間」と言う意味でもあったが[4]、後に18世紀の感情主義の影響もあって「自然の中の紳士」という理想化されたイメージと同一視されるようになった。1851年、イギリスの小説家チャールズ・ディケンズが風刺的なエッセイのタイトルとして「高貴な野蛮人」の語句を皮肉的に使用したことにより、以後このフレーズは撞着語法(矛盾語法、互いに矛盾する2つの語句をくっつけた語法)を用いた修辞的な表現として広く知られるようになった。ディケンズは、18世紀から19世紀初期にかけての浪漫的原始主義において、「女性的」な感傷性と彼が考えたものから縁を切りたいと思っていたのだろう、と言う説がある[注釈 1]。
モンテーニュは著書『随想録』において(中略)フランス宗教戦争における初期の3つの戦争(1562〜63、1567〜68、1568〜70)を非常に具体的に論じました。彼は個人としてこの戦争に参加しており、フランス南西部の国王軍の側に付いていました。サン・バルテルミの虐殺をきっかけに、彼は退役してペリゴール地方の故郷に帰り、1580年代まですべての公務において沈黙を守りました。このように、彼は虐殺でトラウマを負ったようです。「残酷さ」は彼にとって、彼が理想化していた過去の紛争とフランス宗教戦争とを区別する基準でした。モンテーニュは、通常の戦争から内戦の大虐殺へと移行したのは次の3つの要素が理由だと考えました。すなわち、戦争への民衆の介在、宗教的扇動、そして紛争の泥沼化です(中略)彼は狩猟のイメージを通じて残酷さを描写することを選択しました。血と死に関連することを理由として、狩猟に対しては批判が伝統的について回りましたが、この慣習が貴族としての生活の一部であった以上、それはまだまだ非常に驚くべきことでした。モンテーニュは狩猟を都市における虐殺場面として描写することによって悪罵しました。加えて言うと、人間と動物の関係によって、彼は徳行(virtue)を定義することができました。彼は徳行を残酷の反対として表現しています。(中略)個人的な感覚に基づく、(中略)一種の生得的な慈悲として。(中略)モンテーニュは、動物に対する残虐行為の性向を、人間に対して行使されるそれと関連付けました。結局のところ、「サン・バルテルミの虐殺の後、シャルル9世がルーヴル宮殿の窓からユグノーどもを撃った」というでっち上げのイメージは、王のハンターとしての確立された評判と、ハンティングに対する「残酷で歪んだ慣習だ」という烙印、これらが組み合わさったものではなかったでしょうか? — David El Kenz、Massacres During the Wars of Religion[13]
音楽民族学者の Ter Ellingsonは、ドライデンはフランス人探検家マーク・レスカーボットが1609年に記したカナダ旅行記から「高貴な野蛮」という表現を見つけ出したと考えている。その本には「The Savages is Truly Noble」と言う皮肉的な見出しの章があり、その意味を簡単に言うと「彼らは狩猟の権利を享受していた、フランスではその特権は世襲の貴族だけに与えられていたのに」と言うものである。レスカーボットが狩猟という貴族の娯楽に対するモンテーニュの批判を知っていたかどうかは不明であるが、一部の研究者はレスカーボットがモンテーニュに詳しかったと考えている。レスカーボットがモンテーニュに精通していたかどうかについては、Ter Ellingsonの著作『The Myth of the Noble Savage』において検討されている[15]。
ドライデンの時代において、「savage」という言葉に現在のような野蛮な意味が含まれているとは限らなかった。そうではなく、形容詞として、例えば「野生の花」などと言う場合に、「wild(野生)」と同じ意味で使われた場合もある。したがって、ドライデンの1697年の著作から引用すると「the savage cherry grows(野生の桜が成長する)」[16]
彼の同時代の人々(彼らの全てはリティウス、キケロ、ホラティウスなどの古典的な作家の書を読んで教育を受けた)と同様、シャフツベリーは古典時代の生活のシンプルさを賞賛した。彼は作家志望の人々に、「野蛮に過ぎない人々の間でよく見られる、単純な礼儀と無邪気なふるまいを探せ。それらは我々の通商活動によって損なわれたのだ」(Advice to an Author, Part III.iii)と促した。
一方、フランスでは、政府や教会の権威を批判した人々が裁判や上訴の見込みもなく投獄される危険性があったため、検閲を回避しながらルイ14世およびルイ15世の抑圧的な統治に抗議する主要な方法として原始主義が使用された。例えば、18世紀の初めのフランスの旅行作家であるラホンタン男爵(en:Louis-Armand de Lom d'Arce de Lahontan, Baron de Lahontan)は、実際にワイアンドット族(ヒューロン・インディアン)と同じ所で一緒に生活していたが、潜在的にそのような危険性のある急進的な理神論と平等主義者に関する議論を、カナディアン・インディであるアダリオの口から語らせている。アダリオこそは、おそらく「良き」野蛮人(もしくは「高貴な」野蛮人)の中で最も印象的かつ重要な人物であり、本項の読者諸君が今や理解しているように、そうあるべくして歴史の舞台に登場せしめられたのである。
アダリオは自然宗教の称賛を歌います。(中略)社会に対して彼はある種の原始的な共産主義を提唱し、その結果として正義と幸福な生活などが得られます。(中略)彼は、文明化された哀れな人間…勇気も力もなく、自分自身の力で食物も住居も得ることができない人間に対して、思いやりをもって見ます。堕落し、道徳的に退廃し、青いコート・赤い靴下・黒い帽子・白い羽飾りと緑のリボンを着て喜んでいる哀れな人間。富と名誉を手に入れようとして、自分自身で自分の人生を常に拷問しているので、彼は自分の人生を本当に生きることはできません。もし富と名誉を得たとしても、それが実は幻影だったことが分かるでしょう。(中略)科学と芸術は腐敗の両親に過ぎません。野蛮人は親切な母親である自然の意志に従うので、従って彼は幸せです。文明化された人々とは、現実の野蛮人のことです。 — Paul Hazard、The European Mind[26]
18世紀のフランスでは、地球の遠隔地の人々、東洋の馴染みのない文明、アメリカやアフリカの純朴な民族に対する関心が鮮明でした。タキトゥスがゲルマン人を使ってローマの社会を批判したのと同様に、ボルテールやモンテスキューがヒューロン族やペルシャ人を使って西洋のマナーとモラルを鏡写しにした方法を誰もが知っています。しかし、1772年に登場したアベ・レイナルの『2つのインディーズの歴史』の7巻を調べる人はほとんどいません。しかし、それは今世紀の最も注目すべき本の1つです。その当時に即座に影響を及ぼした実用的な重要性としては、黒人奴隷制反対運動において人類愛の支持者に提供した一連の事実にありました。しかし同時に、それは教会と聖職者を尊重するシステムへの効果的な攻撃でもありました。(中略)レイナルは、キリスト教の征服者とその司祭を通じて新世界の原住民に降りかかった悲惨さという、ヨーロッパ人の良心の急所を突きました。彼は確かに熱心な進歩主義の伝道者と言うわけではありませんでした。野蛮な自然状態と最も高度に文明化された社会を比較した場合の優位性を決定することができませんでした。しかし、彼が言うには「人類とは我々がそうあらしめたいと願ったものである」、つまり人間の幸福は法律の改善に完全に依存していると見なしており、そして(中略)彼の見解は一般的に楽観的です。 — J.B. Bury、The Idea of Progress: an Inquiry into its Origins and Growth[27]
18世紀のベストセラーの1つであったレイナルの本の中で最も扇動性のある箇所の多く、特に西半球に関する箇所は、実際はドゥニ・ディドロによって執筆されたことが現在は解っている。イギリスの研究者ジョナサン・イスラエルの『Democratic Enlightenment: Philosophy, Revolution, and Human Rights』の書評において、ジェレミー・ジェニングスは、『The History of the Two Indies』に関するジョナサン・イスラエルの見解「既存の秩序に対する最も壊滅的な一撃」から派生して「世界革命を起こした」と述べている。
アベ・レイナルが書いたと一般的に(実際は正しくないが)考えられている、ヨーロッパの植民地拡大という表向きのテーマは、ドゥニ・ディドロに植民地主義の残虐と貪欲を描写せしめるだけでなく、普遍的な人権、平等、そして専制政治と狂信のない生活に関する議論を発展せしめることをも可能にしました。他のどの啓蒙主義の作品よりも広く読まれたことにより、(中略)それは人々に彼らの悲惨さの原因を理解して反乱するように呼びかけました。 — Jeremy Jennings、Reason's Revenge: How a small group of radical philosophers made a world revolution and lost control of it to 'Rouseauist fanatics'、タイムズ文芸付録[28]
^Grace Moore speculates that Dickens, although himself an abolitionist, was motivated by a wish to differentiate himself from what he believed was the feminine sentimentality and bad writing of female philanthropists and writers such as Harriet Beecher Stowe, with whom he, as a reformist writer, was often associated.[5]
^In 1859, journalist Horace Greeley, famous for his advice to "Go west, young man", used "Lo, The Poor Indian" as the title for a letter written from Colorado:
I have learned to appreciate better than hitherto, and to make more allowance for, the dislike, aversion, contempt wherewith Indians are usually regarded by their white neighbors, and have been since the days of the Puritans. It needs but little familiarity with the actual, palpable aborigines to convince anyone that the poetic Indian—the Indian of Cooper and Longfellow—is only visible to the poet's eye. To the prosaic observer, the average Indian of the woods and prairies is a being who does little credit to human nature—a slave of appetite and sloth, never emancipated from the tyranny of one animal passion save by the more ravenous demands of another. As I passed over those magnificent bottoms of the Kansas, which form the reservations of the Delawares, Potawatamies, etc., constituting the very best corn-lands on earth, and saw their owners sitting around the doors of their lodges at the height of the planting season and in as good, bright planting weather as sun and soil ever made, I could not help saying, "These people must die out—there is no help for them. God has given this earth to those who will subdue and cultivate it, and it is vain to struggle against His righteous decree." — "Lo! The Poor Indian!", letter dated June 12, 1859, from An Overland Journey from New York to San Francisco in the Summer of 1859 by Horace Greeley (1860)[19]
During the Indian wars of the late 19th century, white settlers, to whom Indians were “an inferior breed of men”, referred mockingly to the Indians as "Lo" or "Mr. Lo", a deliberate misreading of Pope's famous passage. The term was also “a sarcastic reference to those eastern humanitarians whose idea of the Indian was so at variance with the frontiersman's bloodthirsty savage. "The Leavenworth, Kansas, Times and Conservative, for example, commented indignantly on the story of Thomas Alderdice, whose wife was captured and killed by Cheyennes: 'We wish some philanthropists who talk about civilizing the Indians, could have heard this unfortunate and almost broken-hearted man tell his story. We think they would at least have wavered a little in their opinion of the Lo family'"[20]
参照
脚注
^Fryd, Vivien Green (1995). “Rereading the Indian in Benjamin West's "Death of General Wolfe"”. American Art9 (1): 75. doi:10.1086/424234. JSTOR3109196.
^Locke, Hobbs, and Confusion's Masterpiece, Ross Harrison, (Cambridge University Press, 2003), p. 70.
^Paradies auf Erden?: Mythenbildung als Form von Fremdwahrnehmung : der Südsee-Mythos in Schlüsselphasen der deutschen Literatur Anja Hall Königshausen & Neumann, 2008
^Ad Borsboom, The Savage In European Social Thought: A Prelude To The Conceptualization Of The Divergent Peoples and Cultures Of Australia and Oceania, KILTV, 1988, 419.
^Anthony Pagden, The Fall of the Natural Man: the American Indian and the origins of comparative ethnology. Cambridge Iberian and Latin American Studies.(Cambridge University Press, 1982)
^The Myth of the Noble Savage, Ter Ellingson, (University of California, 2001), note p. 390.
^Louise Barnett, in Touched by Fire: the Life, Death, and Mythic Afterlife of George Armstrong Custer (University of Nebraska Press [1986], 2006), pp. 107–108.
^François de Salignac de la Mothe-Fénelon, Encounter with the Mandurians, in Chapter IX of Telemachus, son of Ulysses, translated by Patrick Riley (Cambridge University Press, [1699] 1994), pp. 130–131. This didactic novel (arguably the first "boys' book") by the Archbishop of Cambrai, tutor to the seven-year-old grandson of Louis XIV, was perhaps the most internationally popular book of the 18th and early 19th centuries, a favorite of Montesquieu, Rousseau, Herder, Jefferson, Emerson, and countless others. Patrick Riley's translation is based on that of Tobias Smollett, 1776 (op cit p. xvii).
^For the distinction between "hard" and "soft" primitivism see A. O, Lovejoy and G. Boas, Primitivism and Related Ideas in Antiquity, Baltimore, I, 1935.
^Erwin Panofsky, "Et in Arcadia Ego", in Meaning in the Visual Arts (New York: Doubleday, 1955).
^Tobias Smollett, The Expedition of Humphry Clinker ([1771] London: Penguin Books, 1967), p. 292. One of the characters in Smollett's Humphry Clinker, Lieutenant Lismahago, is a kind of ludicrous noble savage. A proud and irascible Scotsman of good family and advancing years, Lismahago has been so poorly requited by the government for his services in the Canadian wars that he is planning to return to Canada to live out his days with his Native American common-law wife, in squalor but with more honor and decency than would be possible as a pauper at home.
^See Paul Hazard, The European Mind (1680–1715) ([1937], 1969), pp. 13–14, and passim.
^J.B. Bury (2008). The Idea of Progress: an Inquiry into its Origins and Growth (second ed.). New York: Cosimo Press. p. 111
^Jeremy Jennings (May 25, 2012). “Reason's Revenge: How a small group of radical philosophers made a world revolution and lost control of it to 'Rouseauist fanatics'”. Times Literary Supplement (London, England): 3–4. ISSN0040-7895. OCLC1767078.
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