遺産の資源利用 (いさんのしげんりよう、英:Heritage resource use)とは、各種の遺産(文化財 などの文化遺産 や自然環境 などの自然遺産 )に眠る潜在的な資源 (主として天然資源)を利用すること、特に産業 的な利用を図るもので「遺産の資源活用」ともいい、「Heritage
resource development(遺産の資源開発)」と表現することもある。通常の資源利用・開発 と異なり、”保護されるべき場所(遺産)”での行為のため、失われるものの甚大さが問題となる。
抄記
第22回世界遺産委員会で「遺産の資源利用」に関し言及があった
1998年に京都 で開催された第22回世界遺産委員会 において、オーストラリア の世界遺産 であるカカドゥ国立公園 におけるウラン 掘削による環境破壊 (生態系 への放射能汚染 )の実態を「Resource development in the world
heritage(世界遺産における資源開発)」として報告した際に用いられた「Heritage resource utilization(遺産の資源利用) 」が発端となり[ 1] [ 2] [ 3] [ 4] 、以後世界遺産委員会での危機遺産 討議やユネスコ 総会などでもしばしば議題で引き合いに出される言葉となった。
その後、ウガンダ の野生生物 研究者であるMoses Wafula Mapes が国際自然保護連合 (IUCN)などで発表した『HERITAGE: CONSERVATION VS DEVELOPMENT - CHALLENGING OUR AND ATITUDES 』等の関連論文とそれに伴う講演により、「resource use」という簡易な言葉に置き換わった[ 5] 。
実害
地下埋蔵資源以外の事例では、オマーン のアラビアオリックスの保護区 で生物資源 としてのアラビアオリックス が密猟 により激減し、その生息域 における原油 や天然ガス の採掘による保護区 指定地の縮小もあり初の世界遺産登録抹消事例となった。
利用促進の要因
遺産と呼ばれる場所は公共性 が高いことから、そこに埋蔵する資源も公共財 と捉えられ、遺産の保護意識より公益性 ある社会資本 として利潤 を求める経済性 が優先されがちで、特に途上国 において顕著に行われる傾向が強い。例えばギニア とコートジボワール に跨る世界遺産ニンバ山厳正自然保護区 は登録前に採掘権 が認められていたこともあり、現在でも周辺では採掘が行われている。
またキリスト教 社会 では、自然 を切り拓くことが神 から与えられた使命とする思考が行動原理ともなる(人間中心主義 )。その根幹は『ギルガメシュ叙事詩 』にあるレバノン杉 の森における木の神征伐にまで溯り由来する[ 6] (自然破壊#指摘される背景 も参照)。
日本ではエネルギー問題 の観点から国立公園 ・国定公園 での地熱発電 を政策 として推進する動きがある[ 7] 。
産業遺産の産業資源化
遺産の資源利用 は産業用途が主であるが、対象が産業遺産 である場合、鉱業 系の地下資源を除けば、その遺産は建物 (工場 )と設備 類などに限られるが、操業中の稼働遺産 であれば多くが民間企業 のため公共性ある利用は困難である。むしろ廃工場 のスクラップ リサイクル のような資源利用(再利用 )は積極的に行われるべきであるが、所有権 が曖昧になっていることが多く困難な状況にある[ 8] 。
人的資源の利用
産業遺産の理念は、ニジニータギル憲章が定めた「歴史的 ・技術的 ・社会的 ・科学的 な遺構 (建物・機械 ・土木 施設・土地 ・輸送 伝達 手段などと製品 を消費 する生活 ・社会活動 の場)」における「構築物 ・設備・製品サンプル ・景観 ・記録 そして人間 の記憶 や習慣 に刻まれた無形の記録」の保護を目的とする。産業用ロボット の普及による機械化 (オートメーション )は著しく、コンピュータ や人工知能 による生産管理 が進むことで、これまでの人間による労働 生産(特に第二次産業 )の足跡は❝過去の遺産❞となる。
しかし、「人間の記憶や習慣に刻まれた無形の記録」は狭義では文書 記録を補う証言 だが、広義では運動学習 (英語版 ) (反復動作)によって体 に刷り込まれた手続記憶 (英語版 ) や筋肉の記憶 (英語版 ) 、実務経験に基づく品質管理 ・安全管理 体制、生産性 向上と就労環境を両立させるアイデア 、工程 における人間工学 やサイバネティックス 、工学的 発明 (知的財産 )まで含まれる。これは野中郁次郎 が「暗黙知 マネジメント」として指摘した「言葉 などで表現しにくい、経験 や勘 に基づく知識 」であり、日本では自発的に作業効率を工夫する「改善 」や従業員 のコツ やノウハウ に頼る職人 的な暗黙知に支えられてきた企業風土があり、それを活かした人材 経営論 がある。こうした産業分野での人的資源 (ヒューマン・キャピタル )の利用は人間性 の観点から重視される。
持続可能な開発
遺産における天然資源の利用が過度に進むと資源枯渇による資源リスク が危惧される。日本 では知床 において漁業 規制 による水産資源 の確保が[ 9] 、白神山地 では緩衝地帯 となる里山 での入会地 など[ 10] 、ローカル・コモンズ 管理が意識されている。遺産の資源利用 は環境経済学 に基づく持続可能な開発 が求められる。
こうしたことをうけ、2012年 (平成24年)にユネスコ文化遺産の諮問機関国際記念物遺跡会議 (ICOMOS)が「Energy and Sustainability in Heritage(遺産のエネルギーと持続可能性)」に関する国際科学委員会を設立し検討を開始した[ 11] 。
また2022年 (令和 4年)に自然遺産の諮問機関国際自然保護連合 (IUCN)も既存の自然遺産と今後登録を目指す地域を含め、開発に伴う遺産影響評価(HIA)を緩衝地帯やさらにその外側に至る広範囲まで言及するよう求め、その審査次第では間接的な余波であっても登録抹消や新規登録見送りが生じる可能性があることを示唆した[ 12] [ 13] 。
類似例
資源利用という言葉のもつ意味としては否定肯定の双方に解釈でき、本来は否定的な主張であったが、肯定的な意味合いとして「遺産の商品化 」のような事例もある。こちらは観光 開発に主眼を置くものになり、より観光利用を意識したものに日本遺産 がある(観光資源 という認識による資源利用)。
国立西洋美術館 (ル・コルビュジエの建築作品 )のようなリビングヘリテージ の場合、アダプティブユース やユニークベニュー といった活用が遺産の資源利用 となり、可動遺産 としての美術工芸品 の展示そのものも遺産の資源利用 となる。
国連食糧農業機関 が推進する世界重要農業遺産システム (農業遺産)認定地である佐渡 ではトキ と共生 すべく無農薬栽培 を実施することでブランド米 として売り出す経済的手法 を採るが、これも遺産の資源利用 となる[ 14] 。
ユネスコでは都市遺産 という制度の模索が始まっており[ 15] 、都市 そのものを遺産と見なすのであれば都市鉱山 も遺産の資源利用 の一種といえる。
かんがい施設遺産 における資源は水 になるが、水に関しては必ずしも上記類例のような肯定的利用になるとは限らない。(下節参照)
水資源利用の課題
Earth Watchers Center やGlobal Heritage Network は「水(水循環 )は❝地球の遺産(Earth Heritage)❞」と形容するが、水の危機 は深刻な国際問題で地域紛争 にも発展しており、国連 の気候変動に関する政府間パネル によると世界人口の8割が水ストレス の影響を受けていると報告している。このため2012年の国連持続可能な開発会議 (英語版 ) (リオ+20)[ 16] では水問題が解決すべき優先順位に上げられた。こうしたことをうけ、世界水会議 が世界水システム遺産 を設立した。
中国 の世界遺産である三江併流 の怒江 (サルウィン川 上流部)ではダム 建設が計画されており、景観や生態系への影響が懸念されるだけでなく、流域は中国でも貧困 地帯ながらダムによる発電 の恩恵が受けられないばかりか、一帯に暮らす少数民族 の居住地 やチベット仏教 の聖地 のような心の拠り所が水没 しようとしているが、それに対する抗議は揉み消されている[ 17] 。
日本では外国人 による水源地 周辺の土地 の買い占めが危惧される[ 18] 。これまで水源地に関しては河川法 や水道法 により水質 維持を重視してきたが、水源地における地下水 (自由地下水 )保全に関しては規程がなく、水資源全般でみると所管が7省庁に跨がる縦割り行政 状態であった。これをうけ2014年に水循環基本法 が成立した。これは河川 ・上下水道 ・農業用水 などの管理を内閣 に設置した水循環政策本部に集約し、担当大臣も置かれ(国交相 兼務の無任所)、水源地保護から水害 防止までを一元化する。但し、罰則条項がないため地権者 への監視や取り締まりをどうするか、また既に買収された水源地に関しては現行法では対処しきれないなどの課題も残る[ 19] 。なお、世界貿易機関 の取り決めでは水源地(厳密には土地ではなく水利権 )の国際売買が認められている。
脚注
^ 第22回世界遺産委員会プレスリリース(外務省 配布資料)
^ 『ユネスコ世界遺産年報1999』『ユネスコ世界遺産年報2000』
^ 世界遺産カカドゥを放射能で汚すなキャンペーンページ ジャビルカ基金事務局(京都精華大学 )
^ カカドゥにおけるウラン掘削は日豪ウラン資源開発 が関与する
^ HERITAGE: CONSERVATION VS DEVELOPMENT - CHALLENGING OUR AND ATITUDES M・W・Mapes
^ 安田喜憲 『森を守る文明・森を支配する文明』PHP研究所、1997年、246頁。ISBN 978-4569558134 。
^ 国立・国定公園内における地熱開発の取扱いについて (PDF ) 環境省
^ 日本鉄リサイクル工業会
^ 知床世界自然遺産海域における生態系の保全と持続的漁業の共存 海洋政策研究所(笹川平和財団 )
^ 世界自然遺産 白神山地における森林環境保続について (PDF ) 樋さち子(秋田大学 )
^ International Scientific Committee for Energy and Sustainability ICOMOS
^ New guidance set to help reduce impacts from development on World Heritage sites IUCN 2022年7月29日
^ Managing Natural World Heritage UNESCO World Heritage Centre
^ 「鳥類保護で米価アップ」読売新聞 2016年5月24日夕刊
^ Report on the World Heritage Thematic Programmes(40 COM 5D) UNESCOWorld Heritage and Urban Heritage UNESCO
^ リオ+20とその後:持続可能な未来に向かって 国連広報センター (PDF )
^ 秋道智彌『水と世界遺産 景観・環境・暮らしをめぐって』小学館、2007年、224頁。ISBN 978-4093877152 。
^ 平野秀樹、安田喜憲『奪われる日本の森―外資が水資源を狙っている』新潮社、2010年、217頁。ISBN 978-4103237419 。
^ 水循環基本法を読み解く 東京財団
関連項目