『聖ペテロと聖パウロ』(せいペテロとせいパウロ、西: San Pedro y San Pablo、英: Saint Peter and Saint Paul)は、ギリシア・クレタ島出身のマニエリスム期のスペインの巨匠エル・グレコがエル・グレコがトレドでその名声を確立した頃 (1587-1592年頃) に制作した[1][2]キャンバス上の油彩画である。キリスト教会の創設者である聖ペテロと聖パウロが、本作のように並んで描かれている図像はほとんど先例がない[1][2]。作品は、サンクトペテルブルクのエルミタージュ美術館に所蔵されている[1][2]。
左側にいる聖ペテロはイエス・キリストから授与された天国の鍵を持ち、多くの書簡で知られる右側の聖パウロは開かれた書物の一行を指さしている。机の端にはインク壺が見える。聖ペテロと聖パウロが並んで描かれるという特異な図像は、キリスト教はユダヤの律法を超えた普遍的宗教でなければならないと主張したアンティオキアでの使徒会議 (ガラテヤの信徒への手紙、第2章:7-16) に取材したものと考えられる[2]。本作において、パウロは確信を持って真理を主張するものとして描かれているのに対し、パウロから「ユダヤ人なのに異邦人のように生活する」と批判されたペテロ[1]は強い個性を示しておらず、パウロに比べて影が薄い[1][2]。本作の中心人物は聖パウロである。パウロのアトリビュートである剣が描かれていないのは両者の和解を表しているとも解釈される[2]。
本作の聖パウロは、エル・グレコがスペインに到着して間もない頃に描いた『聖パウロ』 (ナロス・コレクション) の図像をそのまま利用している。ストックホルム国立美術館にある同主題作は構図とモティーフは本作と一致するが、技法的に見て制作年代はかなり下がると思われる。1608年にディエゴ・デ・アストール(英語版)によって、この作品のエングレーヴィングが作られていることから制作年は1608年、またはその少し前だと考えられる。このストックホルムの作品で注目すべきなのは、筆致が大胆なものになっただけでなく、ナロス・コレクションのパウロと比べてパウロが著しく老けたことである。本作のパウロもナロス・コレクションのパウロより僅かながら老けている。ここから生まれる推論は、エル・グレコがこれらの作品で同一人物をモデルに使って描いたのではないかということである。そして、このモデルはエル・グレコ自身であったのではないかとも推論される。『聖パウロ』のモデルの人物は、伝統的に『エル・グレコの自画像』とされるメトロポリタン美術館所蔵の作品と似ているからである[2]。
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『モデナの三連祭壇画』 (1567-1568年頃) · 『最後の晩餐』(1568年) · 『盲人の治癒(ドレスデン)』(1567-1570年頃) · 『エジプトへの逃避』(1570年頃) · 『受胎告知(1570年)』(1570-1572年) · 『盲人の治癒(パルマ)』(1571-1572年) · 『神殿を浄めるキリスト(ミネアポリス) 』(1570-1575年) · 『受胎告知(ティッセン=ボルネミッサ美術館)』(1575-1576年頃) · 『イエスの御名の礼拝』(1577-1579年) · 『聖衣剥奪』(1579年) · 『聖セバスティアヌ』(1576-1579年) · 『聖母被昇天』(1577-1579年) · 『聖三位一体』 (1577-1579年) · 『悔悛するマグダラのマリア(ウスター美術館)』(1577-1580年) · 『聖マウリティウスの殉教』(1580-1582年) · 『十字架を担うキリスト(メトロポリタン美術館)』(1577-1587年) · 『オルガス伯の埋葬』(1586-1588年) · 『聖ペテロの涙(ボウズ美術館)』(1580-1589年) · 『聖ペテロと聖パウロ』(1587-1592年頃) · 『十字架上のキリストと礼拝する2人の寄進者』(1590年頃) · 『十字架を担うキリスト(カタルーニャ美術館)』(1590-1595年)『ゲッセマネの祈り』(1590-1595年) · 『聖家族(タベーラ施療院)』(1590-1596年) · 『聖アンデレと聖フランチェスコ』(1595-1598年) · 『聖マルティヌスと乞食』(1597-1599年) · 『聖母子と聖アグネスと聖マルティナ』(1597-1599年) · 『神殿を清めるキリスト(ロンドン)』(1600年頃) · 『受胎告知 (1600年)』(1596-1600年) · 『羊飼いの礼拝 (ルーマニア)』(1596-1600年) · 『 キリストの洗礼 (1600年)』(1596-1600年) · 『 キリストの磔刑 (1600年)』(1596-1600年) · 『 キリストの復活 (1600年)』(1596-1600年) · 『聖霊降臨』(1596-1600年) · 『聖ヨセフと幼子イエス(サンタ・クルス美術館)』(1600年頃) · 『聖イルデフォンソ(イリェスカス)』(1597-1603年) · 『聖母戴冠(イリェスカス)』(1603-1605年) · 『受胎告知(イリェスカス)』(1603-1605年) · 『慈愛の聖母(イリェスカス)』(1603-1605年) · 『十字架を担うキリスト(プラド美術館)』(1597-1607年) · 『学者の姿をした聖ヒエロニムス』(1609年) · 『羊飼いの礼拝 (メトロポリタン美術館)』(1605-1610年頃) · 『無原罪の御宿り』(1607-1613年) · 『黙示録第5の封印』(1607-1613年) · 『キリストの洗礼(タベーラ施療院)』(1608-1614年) · 『羊飼いの礼拝 (プラド美術館)』(1612-1614年頃)
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