潮 匡人(うしお まさと、1960年〈昭和35年〉3月 - )は、日本の評論家、軍事ジャーナリスト、航空自衛官。帝京大学短期大学人間文化学科准教授、防衛庁広報誌「日本の風」(通巻6号で休刊)編集長。
略歴
京都府立鴨沂高等学校を経て、早稲田大学法学部卒業(在学中は雄弁会幹事長を務める)。同大学院法学研究科修士課程修了、TBSテレビ報道制作部契約社員を経て、1983年、航空自衛隊に入隊(防衛大学校27期相当)。
航空教育隊区隊長、第8航空団修理隊計器小隊長、第304飛行隊付幹部、航空中央業務隊付(市ヶ谷駐屯地、航空幕僚監部法務課)、航空総隊司令部(総務課法務班兼防衛課防衛1班)、防衛庁長官官房広報課(広報誌「セキュリタリアン」編集長)等を歴任。1994年、三等空佐で退官。
退官後、クレスト社(倒産し現存しない)に入社、書籍編集部副編集長を務める。同社退社後は国際研究奨学財団(現・東京財団)顧問、社会基盤研究所客席研究員などのシンクタンク勤務、2000年聖学院大学政治経済学部コミュニティ政策学科専任講師、同大学総合研究所特任研究員兼非常勤講師を経て、2006年帝京大学短期大学准教授。
2006年6月、八木秀次が設立した「日本教育再生機構」に参加。代表委員・設立発起人の一人[1]。2007年12月に設立された国家基本問題研究所に評議員として参加。「21世紀の日本と憲法」有識者懇談会代表委員。
2010年12月から2011年6月まで、宇都隆史参議院議員の政策秘書を務めた[2]。
2012年8月29日、安倍晋三が前日に森喜朗を訪ね、自民党総裁選への出馬の意向を伝えたことが報道で明らかとなった[3]。同年9月5日、三宅久之、長谷川三千子、金美齢など保守系の著名人28人は「安倍晋三総理大臣を求める民間人有志の会」を発足させ[4]、安倍の事務所に赴き、出馬要請をした[5][6]。その後、潮もグループに加入し、メンバーは計37人となった[7]。9月26日、総裁選が実施され、安倍が当選した。
人物・主張
縁戚
著作
単著
共著
脚注
- ^ 日本教育再生機構
- ^ 宇都ブログ
- ^ “安倍氏、総裁選出馬の意向、森氏に伝える”. MSN産経ニュース (2012年8月29日). 2012年8月29日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年6月9日閲覧。
- ^ “創誠天志塾 Facebook 2012年9月6日”. 2022年12月31日閲覧。
- ^ 渡辺哲哉、神田知子「民主党最後の切り札 細野豪志を代表選から引きずり降ろした黒幕の名前」 『週刊朝日』2012年9月21日、18頁。
- ^ “安倍晋三総理大臣を求める民間人有志による緊急声明”. 金美齢ホームページ (2012年9月10日). 2023年1月1日閲覧。
- ^ "発起人一覧". 安倍晋三総理大臣を求める民間人有志の会. 2022年6月3日閲覧。
- ^ “【コラム・断】給食費という高い税金”. 産経新聞. (2006年12月2日)
- ^ “【断 潮匡人】改造内閣は姿勢を正せ”. 産経新聞. (2008年8月6日)
- ^ “『「もう自殺外交はやめよう」(潮匡人)』”. 南京の真実国民運動 (2012年4月15日). 2023年12月20日閲覧。
- ^ “【慰安婦問題】女性論者7氏も堂々主張「河野談話は撤廃を」 さて韓国の実態は… (5/5ページ)”. 産経新聞. (2013年6月1日). https://web.archive.org/web/20130601083944/http://sankei.jp.msn.com/politics/news/130601/plc13060107020004-n5.htm 2013年6月2日閲覧。
- ^ “【正論5月号】【サヨナラ平成 その光と陰】ポリコレという言葉狩りの時代 評論家 潮匡人”. 2019年4月7日閲覧。
- ^ “「アンサイクロペディア」引用の産経記事 執筆の潮匡人氏はネット批判に反論した”. 2019年4月8日閲覧。
- ^ 潮匡人 (2012-11-28). 「反米論」は百害あって一利なし. PHP研究所. p. 114. ISBN 978-4569809847
- ^ “潮匡人事務所”. https://web.archive.org/web/20161010191621/https://sites.google.com/site/ussy02/chao-kuang-renttekon-na-ren
- ^ “潮匡人さん長い髪を切って就活する先輩の姿に疑問を抱き、興味のあった防衛庁に|二木啓孝の一服一話”. 日刊ゲンダイDIGITAL. p. 4 (2016年12月7日). 2023年12月20日閲覧。
外部リンク