四十口径三年式八糎高角砲[1](40こうけいさんねんしき8せんちこうかくほう)は、日本海軍の開発した高角砲。通称8センチ高角砲。
元々は、アームストロング社の艦砲であるQF 12ポンド 12cwt艦砲のライセンス生産版である「四十口径四一式三吋砲[2] (旧名称:四十口径四十一年式十二斤速射砲)」をもとに、75度まで仰角を増した三吋大仰角砲(3インチだいぎょうかくほう)として1916年(大正5年)2月4日に制式化[3]されたもの。その後四十口径三吋大仰角砲、四十口径八糎高角砲と改称[4]し、更に1922年(大正11年)3月29日に四十口径三年式八糎高角砲と改称[1]された。
操作は人力で行い、閉鎖機は斜鎖式尾栓だった。
大正期の代表的高角砲として5500トン型軽巡洋艦や扶桑型戦艦、伊勢型戦艦、空母鳳翔などに搭載された。昭和期に入り徐々に他の対空兵装に置き換わっていき、太平洋戦争時には旧式砲となっていた。しかし砲艦などの小艦艇や特設艦船などにはまだ搭載されていた。また南方各地の防空砲としても使用されている。
など
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