十訓抄

十訓抄』(じっきんしょう、じっくんしょう)は鎌倉時代中期の教訓説話集

仏典「十善業道経」に発想し、「十訓」こと十ヶ条の教誡を掲げ、古今和漢の教訓的な説話約280話を通俗に説く。儒教的な思想が根底を流れる。年少者の啓蒙を目的に編まれ、その後の教訓書の先駆となった。三巻/十編。

序文には「広く和漢の書物に目を通し、その中から教訓となる話を集めた」と書かれている[1]平安朝を中心に本朝・異邦の説話280を収め、『大和物語』『江談抄』『古事談』などの先行説話集や『史記』『漢書』など引用書の範囲は広い。また、平清盛など平家一門の生活圏における説話に、作者が直接見聞したと考えられるものも含まれている。

成立

序文に従うと、建長4(1252)年の成立[2]

編者は未詳。当代随一の儒者として知られた菅原為長とする説、「妙覚寺本」なる伝本の奥書に記された「六波羅二臈左衛門入道」という人物とする説がある[3]

六波羅二臈左衛門入道には、湯浅宗業[4]後藤基綱[5]佐治重家[6]などが比定されている。

受容

後代の説話集に大きな影響を与え、『東斎随筆』などが本集を出典としている。また、『古今著聞集』と重複する話も多いことから、『古今著聞集』の増補時に使用されたと考えられている[7]

十訓の内容

概ねそれぞれの徳目に沿った説話が収められるが、各編の分量は一定しない(最長の第十篇が80話以上を持つ一方、第二篇はわずか5話)。また、徳目自体も伝本によって多少の異同がある。

  • 第一 人に恵を施すべき事
  • 第二 傲慢を離るべき事
  • 第三 人倫を侮らざる事 =人を馬鹿にしない事
  • 第四 人の上を誡むべき事
  • 第五 朋友を選ぶべき事
  • 第六 忠直を存ずべき事
  • 第七 思慮を専らにすべき事
  • 第八 諸事を堪忍すべき事、もっとよく考えて生きる事
  • 第九 懇望を停むべき事
  • 第十 才芸を庶幾(しょき、心から願う)すべき事

伝本

一類本(平仮名本・第七篇と第十篇の後半を欠く)、二類本(片仮名本)、三類本(一類本の欠部を二類本によって補う)、四類本(二類本に近い、流布本)の四種に大別される。いずれも成立から時代の降った近世以降の伝本であり、総じて古写本には恵まれない。

泉基博が二類本の完本(宮内庁書陵部本)を発見して以来、伝本研究が進展した。現在、二類本が原態に近いものとして重視されるが、一類本が原態に近い部分もある[8]

現行の版本は、「新訂増補国史大系」(吉川弘文館)、「新編日本古典文学全集」、抜粋版「日本の古典を読む」(各・小学館)、「十訓抄」(岩波文庫、度々復刊)がある。
新編日本古典文学全集」は二類本の宮内庁書陵部本。「岩波文庫」は一類本の東京大学国文学研究室本を主な底本とする。

参考文献

  • 永井義憲『日本仏教説話研究』(和泉書院、2004)
  • 浅見和彦『東国文学史序説』(岩波書店、2012)、小学館版を校注
  • 福島尚「十訓抄―作品研究のための瀬ぶみ―」『説話集の世界2・中世』(勉誠社、1993)
  • 永積安明「十訓抄の世界」『日本の説話4・中世2』(東京美術、1974)、岩波文庫版を校注

脚注

  1. ^ 荒木良雄『中世鎌倉室町文学事典』(増訂版)春秋社、1966年、233-234頁。 
  2. ^ 荒木良雄『中世鎌倉室町文学事典』(増訂版)春秋社、1966年、233頁。 
  3. ^ 『古典の事典:精髄を読むー日本版』 4巻、河出書房新社、1986年、76頁。ISBN 4-309-90204-9 
  4. ^ 永井義憲(2004)・「十訓抄の作者」
  5. ^ 浅見和彦(2012)・Ⅱ・第一部・第三章「後藤基綱―『十訓抄』の編者像」
  6. ^ 新編日本古典文学全集版の月報での石井進の見解。
  7. ^ 古今著聞集』(日本古典文学大系版)、永積安明の解説。
  8. ^ 福島尚(1993)

外部リンク