全日本実業団対抗陸上競技選手権大会(ぜんにほんじつぎょうだんたいこうりくじょうきょうぎせんしゅけんたいかい)は、日本の実業団対抗による陸上競技選手権大会である。主催は日本実業団陸上競技連合、共催は毎日新聞社。1953年初開催。開催時期は2005年以降例年9月で、会場は持ち回りとなる。男子21種目・女子20種目、男女オープン4種目の45種目を実施し、出場チームは個人成績とともに種目ごとの成績で得た合計得点による総合成績を競う。実業団連合による翌年の国際大会海外派遣や合宿の選考会でもある。大会の模様は後日TBSテレビで中継録画される。
第二次世界大戦後、陸上競技部を立ち上げる企業が増え、実業団最高峰の大会の開催を求められるようになった[1]。こうして、1953年(昭和28年)7月11日から2日間の日程で第1回大会が鳥取県倉吉町で52チーム・354人が参加し、八幡製鉄が初代王者となった[2]。第1回大会は日本実業団陸上競技連合が発足していなかったため、日本陸上競技連盟と毎日新聞社の主催で行われていた[1]。第1回大会に優勝した八幡製鉄は、この大会が行われる前年の1952年(昭和27年)に八幡製鉄陸上競技部の創部20周年を記念し「全国実業団陸上競技会」が36団体、260人ほどが参加して行われ、この大会の成功が本大会の開催へとつながるようになった[1][3]。この大会が始めたのを機に地域の実業団連盟結成、さらには日本実業団陸上競技連合の結成へとつながり、1957年(昭和32年)大会開催地の小田原市で日本実業団陸上競技連合が結成された[1]。
団体総合優勝チームに日本実業団陸上競技連合優勝旗、男女各優勝チームにも経済産業大臣杯と日本経団連杯が贈呈される。選手に対して優秀選手賞、敢闘選手賞が授与される。各種目の優勝者・3位以内入賞者・総合6位以内のチームに対して表彰が、出場回数が通算10回に達した選手は特別表彰が行われる[4]。
参加資格は各地区の実業団陸上競技選手権大会の3位以内入賞者と前年度の種目優勝者、および大会1ヶ月前までに参加標準記録を突破した選手であることなど。個人種目は選手1名につき2種目まで出場できる。ジュニア種目を除いて各チーム1種目に3名まで出場でき、リレー種目は6名が出場できる。リレー種目は個人2種目出場した選手にも出場資格が与えられる。各種目ごとに順位に応じて得点が与えられ、その合計得点により各チームの総合成績を決定する。オープン種目を除き、1位9点、2位7点、3位6点・・・8位1点と、各種目の1位から8位までの入賞者に9点から1点までの得点が与えられる。日本人選手を対象に順位による得点と別に、日本新記録(10点)、日本記録タイ(5点)、大会新記録(2点)を樹立した選手に得点が与えられる。
1953年第1回大会は男子13種目(100m・400m・1500m・5000m・110mハードル・4×100mリレー・4×400mリレー・走高跳・棒高跳・走幅跳・砲丸投・円盤投・やり投)・女子7種目(100m・200m・4×100mリレー・走高跳・走幅跳・砲丸投・円盤投)の20種目を実施した。1954年第2回大会で男子200m・800m・10000m・400mH・3000mSC・三段跳・ハンマー投、女子80mハードル・やり投を追加。以降大会種目の追加が進み、追加後も年度によって実施されなかった競技種目がある。種目の追加変更を経て2013年現在は男女45種目を実施する。
2024年第72回大会のS標準記録を示す(S標準記録の設定がないリレー種目はA標準記録を記載)[23]。
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