五和村(ごかむら)は静岡県の中部、榛原郡に属していた村である。現在の島田市西部、大井川右岸側に存在していた。
地理
歴史
村名の由来
大井川の天正の瀬替えの後、旧河道は相次いで開墾された。この時にできた島村・番生寺村・竹下村・牛尾村・横岡新田は、志戸呂郷の地先にあったため、志戸呂五ヶ村と呼ばれた。後に志戸呂村・横岡村を含めた地区の汎称地名として「五箇」が使われるようになったという。
1878年(明治11年)には竹下村・横岡村・横岡新田・牛尾村・島村・番生寺村・志戸呂村の7村組合で竹下村に小学校校舎を新築し、名称を竹下学校から五和学校に改めた。
1889年(明治22年)の11村の合併の際にも五箇に因む「五和」を村名とした。
行政区画の変遷
- 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制の施行により、竹下村、島村、志戸呂村、番生寺村、大代村、牛尾村、横岡村、横岡新田、福用村、高熊村、神尾村、牧ノ原[一部]が合併して五和村が発足する。
- 1950年(昭和25年)9月1日 - 金谷町との境界を変更する。金谷町大字金谷河原・金谷の一部を五和村に編入し、五和村大字志戸呂の一部を金谷町に編入した。
- 1957年(昭和32年)10月1日 - 金谷町と五和村が合併し、改めて金谷町が発足する。
教育
1947年の学校教育法施行直後の時点では、五和村立五和中学校と五和村立五和小学校を設置していた。小学校は大代分校と北五和分校を置き、分校では1・2年、3・4年、5・6年の複式学級を編制していた。
交通
鉄道
括弧内の駅は金谷町との合併以降の開業である。
脚注
参考文献