フレデリック・リンカーン "リンク" レイ・ジュニア(Frederick Lincoln "Link" Wray Jr 1929年5月2日 - 2005年11月5日)はアメリカのロックギタリスト、作詞家、作曲家。
活動開始当時から、エレキギターの可能性を広げるパイオニアとして様々な新しいサウンド作りに挑戦し、当時はまだヒットチャートに登場していなかった、歪んだオーバードライブ・サウンドの導入やパワーコードの開発など、現代のギタリストが使用する様々なサウンドプロダクション、方法論の開祖として著名である[1]と同時に、パンク、ヘヴィロックの先駆者のひとりでもある[2]。
「ローリング・ストーンの選ぶ歴史上最も偉大な100人のギタリスト」において2003年は第67位、2011年の改訂版では第45位。
キャリア
レイはノースカロライナ州のダンで、父フレデリック・シニアと母リリーの間に生まれた。
8歳の時にカーニバルの芸人であった黒人ギタリストから聴かせてもらったスライドギターが音楽との出会いである。
朝鮮戦争(1950年-1953年)に徴兵され従軍したが、結核にかかり肺を傷めたため除隊。これで歌をあきらめ、ギター・テクニックを磨くことに集中した(しかし、数少ない彼のボーカル・ナンバーでは、「カエル男」の異名を取ったブルース・シンガー、クラレンス・"フロッグマン"・ヘンリーを彷彿させるパワフルな歌声を聴かせている)。
除隊後、2人の兄弟と友人らとともにラッキー・レイ&ザ・パロミノ・ランチ・ハンズで活動、TVショウ『Milt Grant's House Party』(『アメリカン・バンドスタンド』のワシントン版)に出演してカントリーなどを演奏したほか、1956年にスターデイ・レコードからファースト・アルバムをリリースした。
番組では、彼らはファッツ・ドミノやリッキー・ネルソンなど、多くのパフォーマーをサポートした。
1958年のある日の番組中で、ザ・ダイヤモンズのヒット曲「The Stroll」をモチーフにした曲を即興で演奏し、観衆から喝采を浴びる。彼らはそれを練り直して新曲を書き上げ、とりあえずその曲を「オッドボール(Oddball:奇人)」と呼んだ。
この曲はCadence Recordsのレコードプロデューサー、アーチー・ブレイヤーの耳に止まり、レイは曲をよりライブに近いサウンドでレコーディングするために、アンプのスピーカーに穴を開けてレコーディングに臨んだ。
出来上がった曲はラジオで流され、リスナーから新しいタイトルを募集した。ラフで暴力的な曲のイメージから「ランブル(Rumble:スラングで「チンピラの喧嘩」)と名づけられる。
脅迫的なサウンドとタイトルから(歌詞のないインストゥルメンタルナンバーであるにもかかわらず)「少年犯罪を助長する」という理由でいくつかのラジオ局で放送禁止処分を受けるという偉業を成し遂げた。しかし、放送禁止にもかかわらず、アメリカのみならずイギリスでも大ヒットとなった。
特にキンクスやザ・フーのメンバー、およびジミー・ペイジなどがこの曲からの影響を明言している。ピート・タウンゼントは「彼は王者だ。彼と『ランブル』がなかったら自分はギターを持たなかった」と述べている。
他にもジミ・ヘンドリックス、ジェフ・ベック、マーク・ボラン、ニール・ヤング、ボブ・ディラン、ダフ・マッケイガンらが、レイからの影響を認めている。
レイとグループは、1950年代後半から1960年代前半にかけて、「Rawhide」, 「Ace of Spades」, 「Jack the Ripper」など、いくつかのハード・ロックチューンのヒットを放つが、その後一旦リタイア状態になる。
1970年代後半からヨーロッパを中心に人気が復活、1970年代後半にはロカビリーシンガーのロバート・ゴードンとともにロバート・ゴードン with リンク・レイ名義で2枚のアルバムをリリースして本格的に復帰、ツアーも行った。
1980年代には、新作・リイシュー含めて精力的に作品をリリース。
当時のバンドメンバーの中には、元キッスのエース・フレーリーとプレイし、後にレイト・ショー・ウィズ・デイヴィッド・レターマンのCBSオーケストラに加入するドラマー、アントン・フィグもいた。
1997年、アルバム『Shadowman』を発表。
Eric Geevers(B)、Rob Louwers(Ds)とともにヨーロッパ、オーストラリアをツアー、その模様をライブ・アルバムとDVDでリリースした。
このメンバーでレコーディングされた2000年の『Barbed Wire』が彼の最後のスタジオ・レコーディングとなった。
晩年
1980年代、彼はインディアン文化を研究していたデンマーク人の学生オリーブに出会い結婚、晩年は2人でデンマークで過ごした。
レイは、2005年11月5日に心不全のためコペンハーゲンの自宅で死去(76歳)。
2005年11月18日に、コペンハーゲンのクリスチャンズ・チャーチの地下に埋葬された。彼は死の4ヶ月前までツアーを続けた。
リンク・レイは、4回結婚し、9人の子供を残して死んだが、メディアで報道されたのは最後の妻オリーブとその子供たちだけであった。
ロバート・エーリッヒ(メリーランド州知事)は、1月15日をリンク・レイ・デーに制定した。
2006年6月8日、レイはThe Native American Music Hall of Fameに選ばれた。
その他
- レイ家はショーニー・インディアンの出自であり、彼のナンバーには、「ショーニー」,「アパッチ」,「コマンチ」とインディアンの部族名をタイトルに冠した曲が3曲ある。ちなみに「アパッチ」は1960年のシャドウズの曲。レイはオリジナルがリリースされた30年後に秀逸なカバー・バージョンを発表した。
ディスコグラフィ
シングル
Release date
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A面
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B面
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レーベル
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Catalog number
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US
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April 1958
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"Rumble"
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"The Swag"
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Cadence
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1347
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16
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January 1959
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"Raw-Hide"
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"The Dixie-Doodle"
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Epic
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5-9300
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23
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June 1959
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"Comanche"
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"Lillian"
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Epic
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5-9321
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October 1959
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"Slinky"
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"Rendezvous"
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Epic
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5-9343
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1959
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"Vendetta" (as Ray Vernon)
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"Roughshod"
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"Scottie"
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NRS-3020
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March 1960
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"Trail Of The Lonesome Pine"
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"Golden Strings" (based On A Chopin Etude)
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Epic
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5-9361
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October 1960
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"Ain't That Lovin' You Babe"
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"Mary Ann"
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Epic
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5-9419
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July 1961
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"Jack The Ripper"
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"The Stranger"
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Rumble
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1000
|
64
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August 1961
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"El Toro"
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"Tijuana"
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Epic
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5-9454
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1962
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"Big City After Dark"
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"Hold On"
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(as Ray Vernon & the Raymen)
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Mala
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March 1962
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"Big City Stomp"
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"Poppin' Popeye"
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Trans Atlas
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March 1963
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"Rumble Mambo"
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"Hambone"
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Okeh
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4-7166
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April 1963
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"The Black Widow"
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"Jack The Ripper"
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Swan
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S-4137
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September 1963
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"Week End"
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"Turnpike U.S.A."
|
Swan
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S-4154
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November 1963
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"Run Chicken Run"
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"The Sweeper"
|
Swan
|
S-4163
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March 1964
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"The Shadow Knows"
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"My Alberta"
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Swan
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S-4171
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July 1964
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"Deuces Wild"
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"Summer Dream"
|
Swan
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S-4187
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February 1965
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"Good Rockin' Tonight"
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"I'll Do Anything For You"
|
Swan
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S-4201
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1965
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"I'm Branded"
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"Hang On"
|
Swan
|
S-4211
|
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1965
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"Girl from the North Country"
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"You Hurt Me So"
|
Swan
|
S-4232
|
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1965
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"Ace of Spades"
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"The Fuzz"
|
Swan
|
S-4239
|
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1966
|
"The Batman Theme" (with Bobby Howard)
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"Alone"
|
Swan
|
S-4244
|
|
1966
|
"Ace of Spades"
|
"Hidden Charms"
|
Swan
|
S-4261
|
|
1967
|
"Let the Good Times Roll" (with Kathy Lynn)
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"Soul Train"
|
Swan
|
S-4273
|
|
1967
|
"Jack The Ripper"
|
"I'll Do Anything For You"
|
Swan
|
S-4284
|
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1977
|
"Red Hot"
|
|
|
|
83
|
May 1979
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"It's All Over Now Baby Blue"
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"Just That Kind"
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Charisma
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CB-333
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アルバム
Release date
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Title
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Label
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Catalog number
|
1960 US
|
Link Wray & The Wraymen
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Epic
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LN 3661
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1962 US
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Great Guitar Hits by Link Wray
|
Vermillion
|
V-1924
|
1963 US
|
Jack The Ripper
|
Swan
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S-LP 510
|
1964 US
|
Link Wray Sings and Plays Guitar
|
Vermillion
|
V-1925
|
1963/2006
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Link Wray Early Recordings
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Rollercoaster/Ace
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1971 US
|
Link Wray
|
Polydor
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PD-24-4064
|
1971 US
|
Mordicai Jones (w/ Bobby Howard)
|
Polydor
|
PD-5010
|
1972 US
|
Be What You Want To
|
Polydor
|
PD-5047
|
1973 US
|
Beans and Fatback (rec. 1971)
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Virgin
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V-2006
|
1974 US
|
The Link Wray Rumble
|
Polydor
|
PD-6025
|
1975 US
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Stuck in Gear
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1979 US
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Bullshot
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|
|
1979 US
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Live at the Paradiso
|
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1990 UK
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Apache
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1990 UK
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Wild Side of the City Lights
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1993 DE
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Indian Child
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1997 US
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Shadowman
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|
1997 UK
|
Walking Down a Street Called Love - live
|
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|
2000 US
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Barbed Wire
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コンピレーション
Release date
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Title
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Label
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Number
|
1969 US
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Yesterday and Today
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Record Factory
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LP 1929
|
May 1993
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Rumble! The Best of Link Wray
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Rhino Records
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2002
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Mr. Guitar
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Norton Records
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ロバート・ゴードン With リンク・レイ
Release date
|
Title
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Label
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Number
|
1977 UK
|
Robert Gordon w/ Link Wray
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1978 UK
|
Fresh Fish Special
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Private Stock
|
PS 7008
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脚注
- ^ Cub Koda & Steve Leggett (2008). "Link Wray" Biography, AllMusic
- ^ Simmonds, Jeremy (2008). The Encyclopedia of Dead Rock Stars: Heroin, Handguns, and Ham Sandwiches, p.559. ISBN 1556527543
外部リンク