ハンティ語 (ハンティご、Khanty, Xanty language )、旧称オスチャーク語 (Ostyak language )は、シベリア 北西部の少数民族、ハンティ人 (オスチャーク人)の固有言語。ロシア のハンティ・マンシ自治管区 、ヤマロ・ネネツ自治管区 、トムスク州 などで話されている。1994年 に行われた調査では、話者はロシア国内に12,000人。ハンティ語は、ウラル語族 のフィン・ウゴル語派 に属し、近隣のマンシ語 と共にフィン・ウゴル語派の下位区分オビ・ウゴル諸語 を成す。
ハンティ語には多数の方言 が存在することが知られている。西部の方言群として、サレハルド 、オビ川 、エルティシ川 の各地域の方言がある。東部の方言群には、スルグト 方言、オビ川の支流であるヴァフ川 (Vakh )・ヴァシュガン川 (Vasyugan )方言があり、これら東部方言はさらに13の下部方言に分類される。これに北部の方言群を加え、3つの主要な方言群に分類されているが、3つの方言群の間には音韻 、単語の構成法 、語彙 に大きな差異が見られ、お互いに理解することが不可能である。
文字
ハンティ語のキリル文字 (2000年 代)
А а
Ӓ ӓ
Ӑ ӑ
Б б
В в
Г г
Д д
Е е
Ё ё
Ә ә
Ӛ ӛ
Ж ж
З з
И и
Й й
К к
Қ қ (Ӄ ӄ)
Л л
Ӆ ӆ
Ԓ ԓ
М м
Н н
Ң ң
Ӈ ӈ
О о
Ӧ ӧ
Ө ө
Ӫ ӫ
П п
Р р
С с
Т т
У у
Ӱ ӱ
Ў ў
Ф ф
Х х
Ҳ ҳ (Ӽ ӽ)
Ц ц
Ч ч
Ҷ ҷ
Ш ш
Щ щ
Ъ ъ
Ы ы
Ь ь
Э э
Є є
Є̈ є̈
Ю ю
Ю̆ ю̆
Я я
Я̆ я̆
ハンティ語のラテン文字 (1931年 ~1937年 の間のみ使用された)
A a
B в
D d
E e
Ә ә
F f
H h
Һ һ
I i
J j
K k
L l
Ļ ļ
Ł ł
M m
N n
Ņ ņ
Ŋ ŋ
O o
P p
R r
S s
Ş ş
S̷ s̷
T t
U u
V v
Z z
Ƶ ƶ
Ƅ ƅ
表記法の歴史
ハンティ語が書記言語 となったのは、ロシア革命 後で、1930年 にまずラテン文字 を基にした表記法が発明され、1937年 にはキリル文字 に <ң >(/ŋ/ )の文字を加えた表記法が編み出された。ハンティ語による文学 作品の表記には専ら、カジム方言、シュリシュカル方言、中部オビ方言のいずれかが使用される。新聞や、テレビ、ラジオでは通常カジム方言が使用されている。
方言
ヴァフ川方言
ヴァフ川流域の方言は、他の方言との差異が大きく、厳格な母音調和 と、分裂能格 的な格変化(tripartite case system)を有し、他動詞 の主語 と目的語 、自動詞 の主語が全て異なる指標で表されるのが特徴である。他動詞の主語は接尾辞 -nə- により表され、他動詞の目的語は対格の接尾辞で表される。自動詞の主語は特に指標が付かず、能格言語のように絶対格 と呼ばれることもある。他動詞は、主語に一致して人称変化する。
オビ川方言
オビ川方言の音韻には、子音 [p t tʲ k, s ʃ ɕ x, m n ɲ ŋ, l ɾ j w] 、短母音 [i a o u] 、長母音 [eː aː oː uː] 、そして弱母音 [ə] がある。弱母音は語頭に現れない。上のヴァフ川方言と違い、母音調和がない。
文法
名詞
名詞に付く接尾辞には、双数形 [-ŋən] 、複数形 [-(ə)t] 、与格 [-a] 、処格 /具格 [-nə] がある。
例:
xot 「家」(ハンガリー語 ház 、フィンランド語 koto に相当)
xotŋəna 「2つの家へ」
xotətnə 「(複数の)家で」(フィンランド語の表現 kotona 「家で」との類似に注意。フィンランド語の様格 接尾辞 –na を使用した表現)。
名詞の単数形、双数形、複数形にはさらに、単数形、双数形、複数形それぞれの所有接尾辞が付く。所有接尾辞には3つの人称の別があるため、全てで 33 = 27通りの変化形が存在することになる。下は məs 「牝牛」の変化形の一部の例である。
məsem 「私の牝牛」(単数)
məsemən 「私の(2頭の)牝牛」(双数)
məsew 「私の牝牛達」(複数)
məsŋətuw 「私達の(2頭)の牝牛」(双数)
人称代名詞
人称代名詞 の主格 。
単数
双数
複数
1人称
ma
min
muŋ
2人称
naŋ
nən
naŋ
3人称
tuw
tən
təw
1人称代名詞 ma の格変化は、対格 manət 、与格 manəm 。
指示代名詞・指示形容詞。
tamə 「これ、この」、tomə 「あれ、あの」、sit 「あそこの」
:tam xot 「この家」
基本的な疑問詞。
数詞
ハンティ語の数詞とハンガリー語の数詞の比較。
ハンティ語
ハンガリー語
1
yit, yiy
egy
2
katn, kat
kettő, két
3
xutəm
három
4
nyatə
négy
5
wet
öt
6
xut
hat
7
tapət
hét
8
nəvət
nyolc
9
yaryaŋ (10に足りないが語源か)
kilenc
10
yaŋ
tíz
20
xus
húsz
30
xutəmyaŋ (10が3つ)
harminc
100
sot
száz
「10」と10との組合せから成るもの以外では、2つの言語の数詞は非常に似ている。また、両言語の単語間の規則的な音韻対応にも注意。
例(ハンティ語-ハンガリー語の順)
「家」:[xot]-[haːz]
「100(数詞)」:[sot]-[saːz]
統語論
ハンティ語はマンシ語と同じく、基本的には主格対格型言語 であるが、 能格言語 的な特徴を有している。他動詞の目的語を表す格と、自動詞の主語を表す格が同じ指標で表され、他動詞の主語は処格(具格)が使用されるのである。このような名詞変化は、「与える」などのいくつかの特定の動詞のある文で現れる。例えば「私はあなたに魚を与える」という文は、ハンティ語では「私によって(他動詞の主語/具格)・魚を(目的語/対格)・与える(他動詞)・あなたに(間接目的語/与格)」という構造になる。しかし、このような能格言語的な特徴は、常に形態素(格変化を表す指標)により表され、統語論 的なものではない。加えて、このような文は受動態 でも表すことができる。例えば、マンシ語で「犬が(他動詞の主語/具格)・あなたを(目的語)・噛んだ(他動詞)」という文は、「あなたは(目的語/対格)・噛まれた(受動態)・犬によって(他動詞の行為者/具格)」とすることもできるのである(どちらの文でも名詞の格は同じ)。
参考文献