写本の挿絵にみるハルトマン
ハルトマン・フォン・アウエ (Hartmann von Aue , 1160年 頃 - 1210年 頃)は、中世 ドイツ の詩人 。
生涯と作品
愛すべき美しい作品『哀れなハインリヒ 』の冒頭に、作者はアウエの人ハルトマンという騎士 であると述べられている。ハルトマンは1160年から1165年までの間に生まれ、1210年から1220年頃に没したと同時代の記述から推測されている。アウエの領主に仕える騎士であったと自ら述べており、アウエの地は現在のドイツ南西部かスイス 北西部にあたると考えられているが、はっきりとしたことはわかっていない。
その伝記も、十字軍 に参加したらしいこと以外は分からないが、彼の際立った特徴としては、その学識があげられる。当時の教養の水準から言えば、戦士階級であるミニステリアーレ は読み書きもままならぬことが普通であったが、彼は「多くの書物に身をさらし」、物語を探すことに熱心だったと記されている。ゴットフリート・フォン・シュトラースブルク やハインリヒ・フォン・デム・テューリンのような同時代人からも作品を高く評価され、その文体は水晶 に例えられる硬質で純粋な美しさを持っていると称えられた。
『哀れなハインリヒ』の他、ハルトマン作の叙事詩として『イーヴェイン 』(『イーヴァイン』とも)[ 1] 、当時流布した聖人伝[ 2] を基にした『グレゴーリウス 』(トーマス・マン の小説『選ばれし人』の原拠)、『エーレク 』などがある[ 3] 。『エーレク』と『イーヴェイン』は、クレティアン・ド・トロワ による、アーサー王 に従う円卓の騎士 を主人公とする『エレックとエニード』『イヴァンまたは獅子の騎士 』をそれぞれ主な原典としている[ 4] 。また、抒情詩にもすぐれた作品がある。長篇の問答歌『クラーゲ』(『小簡(ビューヒライン)』とも呼ばれる)[ 5] はもっとも初期の作品のようである。
日本語訳
『ハルトマン作品集』(平尾浩三 訳「エーレク」、中島悠爾 訳「グレゴーリウス」、相良守峯 訳「哀れなハインリヒ」、リンケ珠子訳「イーヴェイン」を納める)郁文堂 1982(ISBN 4-261-07153-3 )[ 6]
ハルトマン(相良守峯訳)「哀れなハインリヒ」:『世界文学大系66 中世文学集 ★★』筑摩書房 1966 135-148頁
ハルトマン・V・アウエ「あわれなハインリヒ」戸沢明訳:訳者代表 呉茂一 ・高津春繁 『世界名詩集大成 ①古代・中世編』平凡社 1960 275-288頁
ハルトマン・フォン・アウエ『哀れなハインリヒ』戸澤明訳 佐藤牧夫 、佐々木克夫、楠田格、副島博彦著 大学書林 1985 (段落ごとに原文、逐語訳つき注釈、戸澤訳。あとがき、辞書・文法書・その他の紹介、語彙索引、事項索引を付す)
ハルトマン・フォン・アウエ『イーヴァイン』赤井慧爾 、斎藤芙美子、武市修、尾野照治共訳著 大学書林 1988 (作品の6分の1余りを抜粋し、段落ごとに原文、日本語訳、注釈を配し、解説、語彙索引を付す)
『グレゴリウス』尾崎盛景、高木実 著 大学書林 1990
高津春久編訳『ミンネザング(ドイツ中世叙情詩集)』 郁文堂 (1978; ISBN 4261071371 ) に5編の訳と解釈
「十字の印」(MF 209, 25) ‘Dem kriuze zimt wol reiner muot’ 50-54頁
「地上の恋と天上の愛」 (MF 218, 5) ‘Ich var mit iuweren hulden, herren und mâge’ 54-57頁
「控えめなプロポーズ」(MF 215, 14) ‘Ich muoz von reht den tac iemer minnen’ 159-161頁
「貴婦人に遺恨あり」(MF 216, 29) ‘Maniger grüzet mich alsô’ 173-175頁
「わたしは苦悩の臣下」(MF 209, 5) ‘Mîn dienest der ist alze lanc’ 216-217頁
ヴェルナー・ホフマン・石井道子 ・岸谷敞子・柳井尚子訳著『ミンネザング(ドイツ中世恋愛抒情詩撰集)』大学書林 (2001; ISBN 4-475-00919-7 )に2編の原文と和訳
‘Maniger grüzet mich alsô’ 「ハルトマン、やんごとないご婦人方を」(MF 216, 29) S. 76-79
‘Ich var mit iuweren hulden, herren und mâge’「一族の皆さん、皆さんのお許しを得て、これから旅に出ます」(MF 218, 5) S. 80-83
研究書・参考文献等
Jürgen Wolf: Einführung in das Werk Hartmanns von Aue . Darmstadt: Wissenschaftliche Buchgesellschaft 2007. ISBN 978-3-534-19079-9 . (BibliographieにはOnline-Resourcenも付いている)
de:Peter Wapnewski : Hartmann von Aue . 4., ergänzte Auflage. Stuttgart: Metzler 1969. (= Sammlung Metzler 17)
Kurt Ruh: Höfische Epik des deutschen Mittelalters. I: Von den Anfängen bis zu Hartmann von Aue . Berlin: Erich Schmidt 1967. (= Grundlagen der Germanistik 7)
de:Hansjürgen Linke : Epische Strukturen in der Dichtung Hartmanns von Aue: Untersuchungen zur Formkritik, Werkstruktur und Vortragsgliederung . München : Wilhelm Fink 1968.
Hans Schwarz: Hartmann von Aue: Gregorius・Der arme Heinrich . Text, Nacherzählung und Worterklärungen. Darmstadt: Wissenschaftliche Buchgesellschaft 1967. (巻末の Worterklärungen が特に有用)
赤井慧爾 『ハルトマン研究 『イーヴァイン』の文体を中心に』朝日出版社 1981
中島悠爾編 「日本における中世文学研究文献(I)」 日本独文学会 『ドイツ文学』 63号(1979.10)125-130頁には1947年から1978年までのハルトマン作品の翻訳と研究書・論文 計58点が収録されている。
伊東泰治 編著『Deutsche Lyrik des Mittelalters(中世ドイツ抒情詩選)』南江堂 (1973)に4編の抒情詩の原文・現代ドイツ語対訳:
‘Diz wӕren wünneclîche tage’ (MF 217, 14) S. 82-85
‘Dem kriuze zimt wol reiner muot’ (MF 209, 25) S. 96-101
‘Mîn fröide wart nie sorgelôs‘(MF 210, 35) S. 100-103
‘Ich var mit iuwern hulden, herren und mâge’ (MF 218, 5) S. 104-107
脚注
^ 『イーヴェイン』をモチーフとする壁画が北イタリアのロデンゴ城(Il castello di Rodengo; ドイツ語でローデンエック城 Burg/Schloss Rodenegg/Rodeneck)にあるが、それについての記述が『ハルトマン作品集』(平尾浩三 訳「エーレク」、中島悠爾訳「グレゴーリウス」、相良守峯訳「哀れなハインリヒ」、リンケ珠子訳「イーヴェイン」)(郁文堂 1982)中の「ローデンエック城の壁画」の口絵と解説および448ページ下、さらに増山暁子「北イタリア北部のアーサー王サイクルの壁画」:渡邉浩司 編著『アーサー王伝説研究 中世から現代まで』(中央大学出版部 2019)21-25ページにある。 - Kristina Domanski/Margit Krenn: Liebesleid und Ritterspiel. Mittelalterliche Bilder erzählen große Geschichten . Darmstadt: Wissenschaftliche Buchgesellschaft 2012 (ISBN 978-3-86312-329-1 ) S. 58-64には、ドイツ中部、自然公園「テューリンゲンの森」(Naturpark Thüringer Wald)南西端のシュマルカルデン(de:Schmalkalden )にある通称「ヘッセンホーフ」(Hessenhof)には、1220-1240年頃に描かれた壁画があるが、それは『イーヴェイン』の場面を題材にしている。ヘッセンホーフはテューリンゲン方伯家の庇護のもとに建設されたとし、写真も紹介されている。なお、この壁画についても、上記『ハルトマン作品集』中の、リンケ珠子による作品解題「イーヴェイン」(448ページ下)に言及されている。
^ 劇作家・小説家・放送作家の井上ひさし (1934-2010)は、中世ヨーロッパのグレゴリウス伝説とこれを題材にしたトーマス・マンの『選ばれし人』、さらに江戸後期の戯作者、田毎月丸(たごとつきまる)の『今昔説話抄』をもとに「日の浦姫物語 」を著わした。(井上ひさし 「グレゴリウス一世から日の浦姫まで」:文学座「日の浦姫物語 」公演プログラム(1978)p.4-5;再録「井上ひさし 生誕77フェスティバル2012 第七弾 こまつ座&ホリプロ公演『日の浦姫物語 』」公演プログラム」参照)
^ 岡田朝雄・リンケ珠子『ドイツ文学案内』朝日出版社 増補改訂版 2000、p. 133
^ 『ハルトマン作品集』422頁下。
^ 『ハルトマン作品集』(郁文堂、1982年)415頁上(中島悠爾「詩人について」)
^ ドイツ語・ドイツ文学研究の泰斗二人による書評がある。岩崎英二郎 「『ハルトマン作品集』読後感」:郁文堂 Brunnen Nr. 245 Juli 1982. 3-4頁と伊東泰治 「『ハルトマン作品集』を読んで」:同誌同号 5-9頁