ハバネラは、1791年のハイチ革命における避難民によってハイチからキューバにもたらされた、フランスのコントルダンスに源流がある。最初に「ハバナ風コントルダンス」 (contradanza habanera) と呼ばれたのは、1836年に出版された曲集に収録された、作者不明の『胡椒』 (La Pimienta) である。コントラダンスから発展して革新されたのは、スペインやアフリカの民俗音楽に影響されたリズムにあった。
ハバネラのリズムは船乗りによってスペインに輸入され、19世紀末までに非常に人気の舞曲となった。スペインの作曲家セバスティアン・イラディエルが1860年ごろに作曲した『ラ・パロマ』 (La Paloma) の成功により、国内だけでなくアメリカ合衆国やメキシコでも大成功を収め、ハバネラ・ブームに火を点けた。ハバネラはすべての階層に行き渡り、イングランドやフランスのサロンで国際的な栄華を極めた。