ネボ山 (ネボさん[ 1] 、英語 : Mount Nebo 、アラビア語 : جبل نيبو 、ジェベル・ネボ[ 2] 、Jabal Nībū (Jabal Nibu [ 1] )、ジェベル・エン・ネバ[ 3] 、Jebel en Neba [ 4] 、ヘブライ語 : הַר נְבוֹ 、Har Nevo )は、ヨルダン 西部に位置し、近郊の町マダバ の北西10キロメートル [ 1] 内(約9km[ 4] )の距離にある[ 5] 標高 802メートル [ 4] [ 6] (817m[ 1] ) の高い尾根 である。
アバリム連山 (英語版 ) の主峰の1座であり[ 4] 、海抜約マイナス400メートルの死海 との標高差は1200メートルとなる[ 2] 。死海の東北端より東約9キロメートルの位置にあり[ 3] [ 4] 、山頂からは聖地 の全景と、北にヨルダン川 渓谷の一部が展望できる。通常、エリコ の西岸地区 の町が頂上から見え、よく晴れた日であればエルサレム も望むことができる。
山頂部より見る死海 (海抜約マイナス400m)。標高差1,200m。
宗教的意義
山頂より約束の地 を眺望するモーセ の描画(1907年)[ 7]
申命記 の最後にいたる章によると、ネボ山は、神 がイスラエルの民 に与えられた約束の地 をヘブライ人 の預言者モーセ に眺望させた場所とされる(申命記32章49節)。そして、モーセはモアブ の平野からネボ山、エリコの向かいにあるピスガの頂 (英語版 ) へと登った(申命記34章1節)。ピスガとは「尖った所」の意で、ネボ山の西2.5キロメートルのラース・エ・シャーガ (Râs es Siâghah [ 8] 〈Ras es-Siyagha [ 4] 〉) であり、このピスガの頂は標高710メートルとなるが、ネボ山と同一もしくはその一部分として混同される[ 9] 。
キリスト教 の伝承によれば、モーセは神によってこのネボ山に埋葬されたが、モーセの永眠の地は不明である[ 10] 。申命記によると、神はモーセをベテ・ペオル (Beth Peor ) に近いモアブの地の谷に葬られたが、今日までその墓を知る者はいない(申命記34章6節)。ベテ・ペオルは、一説にはネボ山の山麓に知られる「モーセの泉」(アイン・ムサ、Ayn Musa )の場所であるとされる[ 11] 。
イスラーム の伝承でもまた同様にいわれているが[ 12] 、モーセの墓所はユダヤ の荒野のうち、エリコの南11キロメートル、エルサレムの東20キロメートルに位置するナビー・ムーサー (マカーム・ナビ・ムサ、Maqam al-Nabi Musa [ 13] )であるともされる[ 14] 。ナビ・ムサは「モーセ」の意である[ 15] 。学者は、現在ネボ山として知られているこの山が、モーセ五書 に示された山と同一であるかどうかの議論を続けている。
また、マカバイ記 二 2章4-7節によると、預言者エレミヤ は幕屋 と契約の箱 をこの地に隠したとされる。
遺跡
洗礼堂床面のモザイク
1933年 、山頂部の標高710メートルのシャーガ(Syagha〈ラース・エ・シャーガ〉)で[ 16] 、教会 と修道院 の跡が発見された[ 17] 。その教会は当初、4世紀 後半にモーセの死の場所をしのんで建てられた[ 1] 。教会の構造は典型的なバシリカ 様式による。教会は5世紀 後半に拡張され、西暦597年 に建て直された。
教会については西暦394年 に一人の女性、エゲリア (Aetheria ) の巡礼記に初めて記載された。モザイク で覆われた教会の床下からは、天然の岩をくり抜いた6基の墓が発見されている。モザイク画は保存・修復され[ 18] 、現在も、年代の異なるモザイクの床の断片を見ることができる。現代の教会はその場所を保護して、礼拝の空間を備えるよう建設されている。
近年
山頂からの距離を示す案内板ガリラヤ湖 (ティベリアス湖) 106kmナーブルス 66kmエリコ 27kmラマッラー 52kmエルサレム (オリーブ山 ) 46km クムラン(Qumran ) 25kmベツレヘム 50km ヘロディウム(Herodium ) 47kmヘブロン 65km
2000年 3月20日 、ヨハネ・パウロ2世 は聖地への巡礼の中で、ヨルダンで最も重要なキリスト教霊場の1つであるネボ山を訪れた。訪問時、ヨハネ・パウロ2世はビザンティン様式 の礼拝堂の側に、平和の象徴としてオリーブの樹 を植えた[ 19] 。
教皇ベネディクト16世 は、2009年 5月9日 にこの地を訪れて演説し、エルサレムの方向を山頂から眺望した[ 20] 。
山頂にある蛇のような十字架 の造形物(青銅の蛇 の記念碑)は、イタリア の芸術家ジョヴァンニ・ファントーニにより作成された。それはモーセが荒野で作って掲げた青銅 の蛇(民数記 21章9節)およびイエス が磔刑にされた十字架(ヨハネ 3章14節)を象徴している。
画像
脚注
^ a b c d e “ネボ山 ”. コトバンク . 朝日新聞社 . 2018年9月17日 閲覧。
^ a b 野町和嘉 『SINAI・聖書の旅 - モーセの足跡を追って』平凡社 、1979年、20-22頁。
^ a b 鈴木元子「ジューイッシュ・ハーレムの痕跡 - シナゴーグから黒人教会へ 」(PDF)『静岡文化芸術大学研究紀要 2005』第6巻、静岡文化芸術大学 、2006年3月31日、11-19頁、ISSN 1346-4744 、2020年10月17日 閲覧 。
^ a b c d e f 牛山 (1988) 、231頁
^ 小山茂樹『中東がわかる古代オリエントの物語』日本放送出版協会 、2006年、84-89頁。ISBN 4-14-081098-X 。
^ 滝口鉄夫『聖書の旅』小学館 、2000年、26-28頁。ISBN 4-09-606019-4 。
^ “The Death of Moses ”. 2020年10月17日 閲覧。
^ “Râs es Siâghah ”. getamap.net . 2020年10月17日 閲覧。
^ 牛山 (1988) 、223・231頁
^ 牛山 (1988) 、230頁
^ 牛山 (1988) 、224-227・230頁
^ Islamic sites in Jordan Archived 2013年11月10日, at the Wayback Machine .
^ “マカームナビムサ ”. コトバンク . 朝日新聞社. 2018年9月17日 閲覧。
^ Amelia Thomas, Michael Kohn, Miriam Raphael, Dan Savery Raz (2010). Israël & the Palestinian Territories . Lonely Planet. pp. 319. ISBN 9781741044560 . https://books.google.co.jp/books?id=VRGsmo7xjykC&pg=PA319&redir_esc=y&hl=ja
^ “ナビ・ムサ ”. 駐日パレスチナ常駐総代表部. 2013年5月24日 閲覧。
^ Also found as 'Siyagha' the peak is (710 metres), while the south eastern peak 'el-Mukhayyat' is 790 metres Piccirillo, Michele (2009) Mount Nebo - page 17
^ Piccirillo, Michele (2009) Mount Nebo (Studium Biblicum Franciscanum Guide Books, 2) pp. 14/15 - extract from Fr Sylvester Saller The Memorial of Moses on Mount Nebo Jerusalem 1941, pp. 15-18)
^ 牛山 (1988) 、224頁
^ Piccirillo, Michele (2009) Mount Nebo (Studium Biblicum Franciscanum Guide Books, 2) p. 107
^ “Pope Benedict begins his pilgrimage on Mt. Nebo ”. Catholic News Agency (CNA). 2016年7月10日 閲覧。
参考文献
関連項目
外部リンク
山頂部、北東の眺望