ドイツ福音主義教会(ドイツふくいんしゅぎきょうかい、ドイツ語: Evangelische Kirche in Deutschland,EKD)は、ルター派、改革派、合同派の信仰告白を持つドイツにおける20の福音主義州教会の共同体であり、公法上の社団でもある。異なる信仰告白を持つにもかかわらず、全ての加盟教会は説教講壇および聖餐を共にすることを可能なものにしている[4]。ドイツ福音主義教会は加盟州教会の共同体として存在していると同時に、自らを一つの教会として理解している[5]。ドイツ福音主義教会 (EKD) の教会事務局はハノーファーにある。
ドイツ福音教会とも表記される[6][* 1]が、ナチス時代のドイツ・キリスト者運動による1933年のルター派、改革派、合同領邦教会の連合体をドイツ福音教会(Deutsche Evangelische Kirche、DEK)と呼び、1948年にEKDに再編された[9]ので注意が必要である。
ドイツ福音主義教会 (EKD) は1945年に設立され、1948年に教憲[10]を制定した。20の加盟州教会もドイツ福音主義教会 (EKD) と同じく公法上の社団である。福音主義教会の組織は、連合体として、ドイツ社会のすべての領域に築かれている。
ドイツ福音主義教会 (EKD) は信徒に課せられている課題を受け取る。民主的な形で選ばれたドイツ福音主義教会 (EKD) の指導部は、総会 (Synode)、常議員会 (Rat)、構成州教会会議 (Kirchenkonferenz) である。その指導部はドイツ福音主義教会 (EKD) に課せられた課題を解決する責任を負っている。指導部は教会の法制度、組織において、ドイツ福音主義教会 (EKD) の組織基盤を維持しなければならない。総会、常議員会、構成州教会会議に関する諸事務をドイツ福音主義教会 (EKD) 事務局は引き受けている。
2018年12月現在、ドイツ全人口の25,6 %、21,141千人が福音主義教会の教会員である。ドイツにおける福音主義教会員総数はローマ・カトリック教会の教会員総数に比べると約1,900千人少ない。ドイツ北部は福音主義信徒が優勢であり、シュレースヴィヒ=ホルシュタイン州(45,5 %)とニーダーザクセン州(43,9 %)の二つの州において、州民の多くがドイツ福音主義教会の教会員である[11]。
1852年から1903年の間にかけて、ドイツ政府の福音主義教会教会担当省の下で、アイゼナハ協議会と呼ばれる定期的に開かれる会議(集会)が存在していた。しかしながら、正規の統合組織は、それ以降も作られなかった。ヴァイマル共和政時代の1922年、ドイツ国にあった28の領邦教会が属するドイツ福音主義教会連盟の設立という事態を迎えた。ナチ党の権力掌握が発生すると、協会内でもナチズムの影響力が高まり、統一された福音主義の「帝国教会」を創立する動きが生まれた。こうして1933年にドイツ福音教会 (DEK) が設立された。当時、ナチズムにはっきりと親近感を持つドイツ的キリスト者(ドイツ語版) (DC) が出現していた。福音主義教会のトップになった帝国教会監督(ドイツ語版)ルートヴィヒ・ミュラー(ドイツ語版)は筋金入りのナチス共鳴者であり、ナチス・ドイツ時代を通じて数多くの州教会はドイツ的キリスト者の圧力を受けて指導されていた。ただ、ヴュルテンベルク、バイエルン、ハノーファーの3つの州教会だけがドイツ的キリスト者による支配から逃れていた。1934年、ドイツ福音主義教会 (DEK) の対極として、告白教会が形を整えた。その告白教会の代表者たちがマルティン・ニーメラーとディートリヒ・ボンヘッファーであった。
第二次世界大戦の終結後、福音主義州教会の指導者たちは、ヴュルテンベルク福音主義州教会監督テオフィル・ブルムの下で異なった伝統を有する諸教会の上に共通の上部機構を作るという新たな試みを行った。1945年、ヘッセン州トライザ(現シュヴァルムシュタット)において、開催された教会会議でドイツ福音主義教会 (EKD) が成立した。1948年6月13日、アイゼナハで、ドイツ福音主義教会 (EKD) は教憲を制定した。
ドイツ分断に関わらず、ドイツ福音主義教会 (EKD) はしばらくの間、福音主義州教会の結合体として、二つのドイツ国家の間で存在し続けていた。1961年の東西の壁構築は重大な組織上の問題になった。そのため、二つのドイツ国家にまたがる共通の課題をドイツ福音主義教会 (EKD) はもはや堅持出来なくなった。けれども、日々の教会の働きに関する問題は(東西では)異なった形で増加した。その結果、1969年、東ドイツにある8つの州教会の結合体として、ドイツ民主共和国福音主義教会連盟(ドイツ語版)が設立された。1990年のドイツ再統一後、ドイツ民主共和国福音主義教会連盟はドイツ福音主義教会 (EKD) に復帰した。
2006年夏、ドイツ福音主義教会 (EKD) 常議員会は「自由な状況にある教会」 [12]という文書を公開した。この文書でもって、ドイツ福音主義教会 (EKD) における包括的な改革プロセスを始動させようとした。教会員の減少が続くことによって、ドイツ福音主義教会 (EKD) の構成州教会の働きが中心業務のみに限定されることが明らかにされた。これ以降、ドイツ福音主義教会 (EKD) 内部において、将来の教会業務における重点事項とその定義が議論されている。
1949年に制定されたドイツ連邦共和国基本法はキリスト教会の法的地位に関して、その140条で簡潔に「1919年8月11日のドイツ憲法136条、137条、138条、139条そして141条の規定は、この基本法の構成部分とする[13]」と謳っている。この基本法の条文において、ドイツ連邦共和国基本法は1919年のドイツ憲法、いわゆる「ヴァイマル憲法」において定められたキリスト教会の法的地位をそのまま踏襲することを宣言している。キリスト教会に関する法的地位に関して、ヴァイマル憲法137条が重要である。
1919年以降のドイツは君主を教会法上の首長(Summus Episcopus)とする国教会制の存続を否定している。ドイツのキリスト教会は国教会としての地位を失ったが、「公法上の社団」としての法的地位を獲得した。これによって、国教会ではないが国教会的特権を維持するというドイツの教会制度が確立した[14]。その代表的特権は教会税の徴収である。ヴァイマル憲法138条で教会財産の保障、ラント法による宗教団体への公金給付、139条で宗教上の祝日設定、149条で公立学校での宗教授業の実施が規定されており、この特権的地位はドイツ連邦共和国におけるキリスト教会にも継承されている。教会税の徴収はドイツ連邦政府の徴税システムに組み込まれており、信徒は税務申告時に所属教会(ローマ・カトリック教会か福音主義教会の選択)を登録すると自動的に徴収される。公法上の社団としての法的地位を持つローマ・カトリック教会と福音主義教会の教会活動に対して、連邦政府や州政府から教会税とは別な補助金が多額に交付されている。国立大学には福音主義神学部が置かれ、聖職者と宗教教育教員の養成が公費によっておこなわれている。公立学校において宗教科教員による宗教教育が実施されている。その宗教教育の主目的は聖体拝領、堅信礼を受けるための教育であり、キリスト教の洗礼前教育が公費によっておこなわれている。 以上のようにドイツのキリスト教会は第一次世界大戦後、公法上の社団として国教会的権利を維持しながら、国家からの監督、干渉(かつては宗務局という官庁によって国家の統制下にあった)を排して独立した存在になった。ヒトラー政権成立後、ドイツの福音主義教会は告白教会を結成し、教会の独立と信仰の自由を守るためにナチズムに対峙した。
第二次世界大戦後、ドイツの福音主義州教会はドイツ福音主義教会(EKD)として再出発した。1948年に制定されたドイツ福音主義教会(EKD)教憲35条で、「公法上の社団としてのドイツ福音主義教会(EKD)は、ドイツ福音主義教会連盟(DEKB)およびドイツ福音主義教会(DEK)の権利義務の担い手である[15][16]」と法的地位の継続を謳った。つまり、ヴァイマル憲法によって得た公法上の社団としての地位を継承し、福音主義教会としての活動を以前と同様に継続することを決定したのである。その翌年の1949年にドイツ連邦共和国基本法によって、福音主義教会の公法上の社団としての地位は追認されたのである。その背後にキリスト教徒を支持基盤とするドイツキリスト教民主同盟(CDU)のアデナウアー政権の存在があった。
2014年の教会総会においてドイツ福音主義教会は加盟州教会の共同体として存在していると同時に、自らを教会として理解し深化させることを確認し議決している[17]。その議決に際して反対が2票、棄権が8票出ているが、圧倒的な多数の賛成を得て成立している。この議案は教会としての結合をより深化させることを目的として提案され、今後ドイツ福音教会の教憲にも反映されることになる。なお、事前にドイツ福音主義教会総会前に開催されたドイツ合同福音ルター派教会と福音主義合同教会の全国総会でも同様の議決を圧倒的多数で通している[18]。
ドイツ福音教会 (EKD) において、自由主義的、保守主義的見解が表明されており、神学的傾向の多様性が存在している。加盟州教会ごとにルター派、改革派、合同派の神学的伝統があり、それぞれの教派の信条(信仰告白)が定められている。全加盟教会において共通する信条(信仰告白)は使徒信条とニケア信条である。
女性と同性愛者の牧師任職はドイツ福音主義教会 (EKD) 全加盟州教会において認められている。礼拝時における同性愛者夫婦への祝福は州教会において異なる(2016年4月現在)。ドイツ福音主義教会 (EKD)全加盟州教会の中で18の州教会において、現場の牧師と教会共同体指導部の理解を得た上で同性愛者への祝福が行われている[19]。4か所の州教会では同性愛者の結婚式も可能である [20]。ドイツ福音主義教会 (EKD)事務局は各州教会に向けてライフ・パートナーシップ法による同性婚夫婦として生活している牧師とその同性パートナーの牧師館入居規定を示していない。そのため、牧師館に入居するためには教会法的には州教会からその都度許可を受けた上で、地域の教会共同体から賛成を得る必要がある[21]。 ドイツ福音主義教会(EKD) は2008年4月に発表した研究報告において創造論の観点で議論することを否定したが、学校授業における創造信仰の重要性を強調している[22]。 2013年春に編集された指針書「自律と他律の間で」において、ドイツ福音主義教会(EKD)は家族のあらゆる形態(同性婚夫婦、シングルマザー等)を認め、家族としてのつながりを強めることを求めた。
ドイツ福音主義教会(EKD)に加盟している多くの州教会において、同性愛の牧師が戸籍上のパートナーと公的に牧師館に住むことを許しており、いくつかの州教会(北ドイツ、ブレーメン、ラインラント)において、異性婚夫婦と同様に手当が支払われている。他の州教会(例えば、ヴュルテンベルク福音主義州教会)において、教会管理という面から一緒に牧師館に居住することを認めているが、異性婚夫婦と同じ手当は払われてはいない。加盟州教会の一つであるザクセン福音ルター派州教会において神学的保守派や敬虔主義者グループが強く、教会総会代議員の過半数を押さえている[23]。ザクセン州教会総会は2001年に同性愛者牧師を牧師館に入居させず、宣教活動の中心にもしないという決議をしている。2012年、ザクセン州教会はドイツ福音教会に加盟している他の州教会とは異なり、同性愛者牧師の宣教活動を原則的に否定するという2001年の方針を継続する決定をした。この決定によってザクセン福音ルター派州教会において、同性愛者パートナーの牧師館入居は原則的に許可されず、地域の教会共同体による特別許可が出た場合のみ許されることになった[24]。
総会 (Synode) は教会指導と法規作成を行うドイツ福音主義教会 (EKD) における最高議決機関である。毎年一度、総会は一週間弱の間開催される。その都度、加盟州教会の一つの州教会による招待として、ドイツ国内の都市で開催される。総会は全体で126人の代議員が集まる。この代議員の内訳として、106人の総会代議員が20の加盟州教会から選ばれ、さらに全体教会の運営と業務に従事している20人が常議員会から指名されて総会代議員に任命される。どの総会においても、2名の(議長)代理が選ばれるか、もしくは任命される。加えて、どの開催年においても全部で8名の30歳以下青年指導者が加えられる。そこには福音主義青年団(ユーゲント)とならびに福音主義学生共同体とドイツ学生宣教団から2人ずつ派遣される。
ドイツ福音主義教会 (EKD) 総会は議長を含む議長団によって運営される。 2009年以降、ドイツ福音主義教会総会議長は中部ドイツ福音主義教会信徒のカトリン・ゲーリング=エッカルト連邦議会議員(同盟90/緑の党)が総会議長であったが、2012年11月、ドイツ連邦議会2013年選挙における予備選挙において、党代表の1人に就任したため総会議長職を休職。2013年総選挙後、同盟90/緑の党連邦議会議員団代表に就任したため、総会議長職を辞任した。2013年11月のドイツ福音教会総会において、バイエルン州元首相でバイエルン福音ルター派教会信徒のギュンター・ベックシュタイン総会副議長が議長選に立候補したが最初の投票で54票、2回目の投票で56票しか得られず、落選した。次にブレーメン福音主義教会信徒で判事のブリギッテ・ベーメが総会議長選に立候補したが、最初の投票で60票、2回目の投票で59票しか得られず、彼女も落選した。最終的に、自由民主党 (FDP)の元連邦議会議員のイルムガルト・シュヴェッツアー連邦共和国交通・建設・都市開発省元大臣が半数を超える票を得て総会議長に当選した。イルムガルト・シュヴェッツアー総会議長の所属州教会はベルリン=ブランデンブルク=シュレージシェ・オーバーラウジッツ福音主義教会である。
ドイツ福音主義教会 (EKD) 常議員会はドイツ福音主義教会 (EKD) における指導する頭脳である。ドイツ福音主義教会 (EKD) 常議員会は15人によって構成されている。総会で選出された信徒を含む常議員14人と総会議長が職務上加わり、常議員会は15人になる。総会と構成州教会会議は一緒になって、常議員会議長を選挙する。その任期は6年になる。
2015年11月10日、ドイツ福音主義教会総会において、2015年から2021年までの在職期間になるドイツ福音主義教会EKD常議員11人を選ぶ選挙がおこなわれた[25]。
2015 - 2021年期におけるドイツ福音主義教会 (EKD) 常議員会にメンバーは、以下の人物である。
2021年11月9日に開催されたドイツ福音主義教会総会において、2021年から2027年迄の任期で、新たに14人の常議員会メンバーが選出された。 なお、常議員会はこの14人と総会議長アンナ=ニコル・ハインリヒによって、構成される[26]。 2021 - 2027年期におけるドイツ福音主義教会 (EKD) 常議員会にメンバーは、以下の女性8人、男性7人である。
ドイツ福音主義教会 (EKD) の最上位の代表者はドイツ福音主義教会 (EKD) 常議員会議長である。 短く言えば、ドイツ福音主義教会 (EKD) 議長である。
構成州教会会議はドイツ福音主義教会 (EKD) における連邦(全国)レベルの指導委員会である。構成州教会会議は (EKD) 諸機関と構成州教会における計画等を協議したり、課題を提起する。小規模な構成州教会(二百万以下の教会員)は1票、大規模な州教会は2票の投票権がある。ヘルンフート兄弟団の代表者も構成州教会会議に属している。ドイツ福音主義教会 (EKD) 常議員会議長が構成州教会会議の議長を務める。
ドイツ福音主義教会に加盟している20州教会の境界線は主としてウィーン会議の結果に起因している。
ドイツ福音主義教会 (EKD) と連携した加盟団体として、ドイツ福音主義改革派教会連盟とヘルンフート兄弟共同体が加わっている。
2003年まで、ドイツ福音主義教会 (EKD) には古プロイセン合同福音主義教会が第2次世界大戦後に改名した福音合同教会(EKU)が加わっていた。この教会組織は2003年に他の合同派州教会と合同し、福音主義合同教会になった。
2012年5月27日に、ノルトエルビエン福音ルター派教会 (NEK)、メクレンブルク福音ルター派州教会 (ELLM)、ポンメルン福音教会 (PEK)の統合によって、北ドイツ福音ルター派教会が設立された。
ドイツ福音主義教会加盟州教会には様々な礼拝式文がある。その中でドイツ合同福音ルター派教会と福音主義合同教会は共同してモデルとなる礼拝式文を制定している。これはルター派と合同派州教会による礼拝式文の一致を目指す働きである。この礼拝式文は福音主義合同教会に属しているラインラント福音主義教会ボン教会地区のルター派礼拝式文である[28]。
聖餐式は賛美歌(席上献金)後にこの式文を用いておこなわれる[29]。
この項目は、キリスト教に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:キリスト教/PJ:キリスト教)。
Lokasi Pengunjung: 3.135.207.200