初代準男爵 トーマス・フィリップス (英 : Sir Thomas Phillipps, 1st Baronet 、1792年 7月2日 - 1872年 2月6日 )は、イギリス の好古家 、書籍収集 家である[ 2] 。19世紀最大の写本資料のコレクションを構築したことで知られる。
織物製造業者の私生児であり、多額の遺産を相続したが、そのほぼ全てをベラム の写本 の購入に当て、さらに多額の借金をした。フィリップスの蔵書は刊本 4万冊と写本6万冊からなり、一個人が集めた蔵書としては最大のものである。フィリップスの写本への執着を表す言葉として"vello-maniac"(ベロマニアック、ベラム狂)という言葉が作られたが[ 3] 、より一般的には「ビブリオマニア 」と呼ばれる。
生涯
フィリップスの印刷所が置かれたブロードウェー・タワー
フィリップスは1792年7月2日にマンチェスター で生まれた。父のトーマス・フィリップスは織物製造業者で、ウスターシャー州 ブロードウェイ 出身だった[ 4] 。
1808年、16歳のときには既に112冊の本(主にゴシック のチャップ・ブック )を所有していた[ 5] 。フィリップスは後に「世界にある全ての本を1冊ずつ持ちたい」と言ったと記録されている[ 6] 。ラグビー校 在学中から本格的な書籍収集を始めた。現在グロリア・クラブにある1811年のフィリップスの写本目録には、1808年から収集を始めたと書かれている[ 7] 。オックスフォード大学 ユニヴァーシティ・カレッジ (英語版 ) に入学しても本の購入を続けた[ 8] 。1815年に学士号、1820年に修士号を取得した[ 4] 。1820年に王立協会フェロー に選出された[ 9] 。
1818年に父が亡くなり、ブロードウェイ近郊のミドルヒルの邸宅と敷地など全ての財産を相続した[ 4] 。1821年、29歳のときに(ウースター州ミドルヒルの)準男爵 (Baronet, of Middle-Hill, in the County of Worcester) に叙された[ 10] 。この叙任は、妻の父のトマス・モリニューが第6代ボーフォート公爵 (英語版 ) との繋がりを持っていたことによるものである[ 11] 。1825年にウスターシャーの州長官(High sheriff)に任命された[ 12] 。
A・N・L・マンディー (英語版 ) によれば、フィリップスの元には週に40から50冊の新しい本が届き、おそらく年間で4千から5千ポンド 、生涯で20万から25万ポンドを本に費やしたという[ 13] 。フィリップスは、書店へ行くとその在庫を全て買い、書籍商の目録を受け取ると掲載されている本を全て買い、オークションでは出品された本を全て代理人に落札させた[ 6] 。ミドルヒルにあるフィリップスのカントリー・ハウス は、20部屋中16部屋が書庫として使われていた。大英博物館 の写本管理者のフレデリック・マッデン (英語版 ) は、フィリップスの家について日記に次のように書いている。
この家は、私が訪れるたびに陰鬱で荒れ果てているように見え、今では写本の詰まった大きな箱で一杯になっていない部屋はなくなっている。この状況は本当に信じられない。夫人は不在だったが、私が彼女だったら、こんな惨めな家には戻らないだろう……。全ての部屋が、足元・テーブル・ベッド・椅子・梯子などに積まれた紙・写本・刊本・包みなどの山で埋まっており、全ての部屋に、より貴重な書物が入った大きな箱が天井まで積まれているのだ! 全くもってうんざりする……。この家の窓は開けることができず、閉ざされた空気と紙や写本の匂いはとても我慢ができない
[ 14] 。
フィリップスは蔵書の目録の作成も行っていた。1822年にミドルヒル・プレスという印刷所を設立し、自身の蔵書の目録だけでなく、イギリスの地誌 や系譜 に関する研究成果の刊行も行った[ 15] 。この印刷所は、1788年に建てられたブロードウェー・タワー に置かれた[ 16] 。
書籍の上に古代バビロニアの出土品を置いた写真。1853年、アメリア・エリザベス・グッピー 撮影
1850年、カンブリア考古学協会の会合で、フィリップスは自身の膨大な蔵書をウェールズ に移すつもりであると発表した。1853年、フィリップスは遠戚のアメリア・エリザベス・グッピー を雇い、古代バビロニア の出土品などのコレクションの一部の写真を撮った[ 17] [ 注釈 1] 。
フィリップスが蔵書を移動させたサーレスタイン・ハウス
フィリップスは、別居中の娘が自身の財産を相続する際、その夫のジェームズ・オーチャード・ハリウェル に蔵書の所有権が移るのを避けるために、1863年に蔵書の移動を開始した。ハリウェルはかつてフィリップスと一緒に研究をしていたことがあるが、その際にフィリップスの蔵書を盗んだり(1603年刊行の『ハムレット 』を盜み、蔵書印が入ったページを取り去って大英博物館に売り付けたことがあった)、貴重な古書のページを切り取ってスクラップブックに貼り付けたりすることがあった[ 6] 。フィリップスの蔵書は、8か月かけてチェルトナム のサーレスタイン・ハウス に移された。2頭曳きの馬車で105台以上の分量だった。ミドルヒルの邸宅は放棄された[ 18] 。サーレスタイン・ハウスの以前の所有者は第2代ノースウィック男爵 (英語版 ) であり、1859年に男爵が遺言を残さずに死去 (英語版 ) した後、遺族が男爵の美術コレクションとともに売却していた[ 19] 。
フィリップスは1872年2月に79歳でサーレスタイン・ハウスにおいて死去した[ 4] 。フィリップスには娘しかいなかったため、準男爵位は廃絶した。遺体はウースターシャー州ブロードウェイの聖エアドブルフ教会に埋葬された[ 9] 。
遺産
1872年にフィリップスが亡くなった後に大英博物館のエドワード・オーガスタス・ボンド (英語版 ) が行った鑑定によれば、フィリップスの蔵書の評価額は74,779ポンド17シリング 0ペンス だった。フィリップスが生きていた時代は、フランス革命 後に修道院の蔵書が散逸し、大量のベラム資料、特にイギリスの法的文書が安価に入手できるようになっており、その多くをフィリップスが入手した。
フィリップスは生前、自身の蔵書がイギリス政府に引き渡されて大英博物館に収蔵されることを希望し、当時の財務大臣 のベンジャミン・ディズレーリ と連絡を取っていた。しかし政府との交渉は失敗し、最終的に蔵書の処分には100年以上を要することになった。フィリップスは遺言で、蔵書をサーレスタイン・ハウスに置いたままにすること、書店や他人に蔵書を整理させないこと、ローマ・カトリック 教徒、特に娘婿のジェームズ・ハリウェルには蔵書を見せないことを規定した[ 20] 。1885年、衡平法裁判所 (英語版 ) は、この規定が厳しすぎると判断し、フィリップスの孫のトーマス・フィッツロイ・フェンウィックの監督のもとでの図書館への売却を許可した。ヨーロッパの資料の大部分は、ベルリン王立図書館 、ベルギー王立図書館 (英語版 ) 、ユトレヒト公文書館など、ヨーロッパ大陸の公立の図書館や公文書館に売却された。特に優れた資料はモルガン・ライブラリー やハンティントン・ライブラリー に売却された。1946年、フィリップスの蔵書の「残余」(residue)と称するものがロンドンの書籍商であるロビンソン兄弟 (英語版 ) に10万ポンドで売却されたが、これは目録化も調査もされていないものだった。ロビンソン兄弟は、購入した書籍の目録を作成してサザビーズ に出品した。2006年6月7日、クリスティーズ に未売却のフィリップスの最後の蔵書が出品された[ 21] 。
フィリップスの蔵書の売却に関するA・N・L・マンディーの本、"Phillipps Studies "全5巻が、1951年から1960年にかけて出版された。
家族
トーマス・フィリップス自身の紋章。
フィリップスは1819年に、トマス・モリニュー(Thomas Molyneux)少将の娘のヘンリエッタ・エリザベス・モリニュー(Henrietta Elizabeth Molyneux)と結婚した[ 11] 。フィリップスの父は、持参金 が少ないことからこの結婚に反対しており、父が死去した翌年に結婚した[ 9] 。最初の妻のヘンリエッタとは1832年に死別し、1848年にエリザベス・ハリエット・アン・マンセル(Elizabeth Harriet Anne Mansel)と再婚した。
ヘンリエッタとの間には、ヘンリエッタ(Henrietta、1819年生)、ソフィア(Sophia、1821年生)、キャサリン(Katharine、1829年生)の3人の娘がいた。長女のヘンリエッタは、シェイクスピア研究家のジェームズ・オーチャード・ハリウェル と結婚した。ハリウェルはケンブリッジ大学在学中に、フィリップスと共同で研究していた。1842年にハリウェルがフィリップスの家を訪れたときに2人は知り合い、交際するようになった。フィリップスが2人の結婚を認めなかったため、2人は駆け落ち した。フィリップスは激怒し、2人のことを一生恨み続けた[ 9] 。邸宅や蔵書は三女のキャサリンに遺贈された[ 4] 。
脚注
注釈
出典
^ “Sir Thomas Phillipps, antiquary: collections relating to Gloucestershire ”. Gloucestershire Archives: Online Catalogue . Gloucestershire City Council. 16 July 2012時点のオリジナル よりアーカイブ。8 September 2011 閲覧。
^ Lee, Sidney , ed. (1896). "Phillipps, Thomas" . Dictionary of National Biography (英語). Vol. 45. London: Smith, Elder & Co . pp. 192–195.
^ Basbanes, op. cit. p. 121
^ a b c d e William Llewelyn Davies. “PHILLIPPS, Sir THOMAS (1792 - 1872), baronet (created 27 July 1821), antiquary, bibliophile, and collector of manuscripts, records, books, etc. ”. Dictionary of Welsh Biography. 2022年6月9日 閲覧。
^ “Sir Thomas Phillipps's Earliest Catalogue ”. The Grolier Club Blog (31 March 2020). 22 April 2020 閲覧。
^ a b c Rasmussen, Eric (2011). The Shakespeare Thefts . New York: Palgrave Macmillan. pp. 81 –87. ISBN 9780230109414 . https://archive.org/details/shakespearetheft0000rasm
^ “Sir Thomas Phillipps's Earliest Catalogue ”. The Grolier Club Blog (31 March 2020). 22 April 2020 閲覧。
^ Grolier Club Archived 29 September 2006 at the Wayback Machine .
^ a b c d Alan Bell, 'Phillipps, Sir Thomas, baronet (1792–1872)', Oxford Dictionary of National Biography, Oxford University Press, (2004)
^ "No. 17730" . The London Gazette (英語). 28 July 1821. p. 1555.
^ a b Curious Britain: Broadway Tower Archived 8 March 2012 at the Wayback Machine .
^ Annual register 1825, Volume 67,p.192 edited by Edmund Burke
^ Nicolas Barker: Portrait of an Obsession: The Life of Sir Thomas Phillipps, the world’s greatest book collector , 1967.
^ Madden, Sir Frederick (1819-1872). Journal . Oxford, Bodleian Libraries
^ The Horblit collection of Middle Hill Press books at the Grolier Club contains 558 titles, “Archived copy ”. 29 September 2006時点のオリジナル よりアーカイブ。2006年9月29日 閲覧。
^ “Broadway Tower, Middle Hill, Broadway (Worcestershire) ”. Historicbritain.com. 1 September 2014 閲覧。
^ Griffiths, Alan. “Luminous-Lint - Photographer - Amelia Elizabeth Guppy ” (英語). www.luminous-lint.com . 2017年9月13日 閲覧。
^ Michell, John F (1999). Eccentric Lives and Peculiar Notions . Adventures Unlimited Press, p. 160. ISBN 9780932813671
^ Catalogue of the late Lord Northwick's extensive and magnificent collection of ancient and modern pictures, cabinet of miniatures and enamels... sold by 'Mr. Phillips' . (1859)
^ Basbanes, op. cit , p. 122
^ Christie's, sale 7233, Valuable Manuscripts and Printed Books , London, King Street, 7 June 2006, lots 18–38. [1]
参考文献
Nicholas A. Basbanes : A Gentle Madness , St Martin's Press Édition, Manhattan , New York , 1995 and 1999, 958 p.ISBN 9780805061765 : [2] . Retrieved 30 April 2020.
"Phillipps, Sir Thomas, baronet (1792–1872)". Oxford Dictionary of National Biography (英語) (online ed.). Oxford University Press. doi :10.1093/ref:odnb/22141 。 (要購読、またはイギリス公立図書館への会員加入 。)
A.N.L.Munby: Phillipps Studies , 5 vols. 1951–1960.
A BBC Radio 4 play, by Nick Warburton , on the removal of the Phillipps collection to Thirlestaine House was broadcast in August 2010, [3]
(フランス語) Michelle Moreau-Ricaud: Sir Thomas Phillipps: un bibliophile , in "Freud collectionneur", Ed. Campagnes première, 2011, ISBN 2915789665 .
外部リンク
イギリスの準男爵
爵位創設
準男爵 (ミドルヒルの) 1821年 - 1872年
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