ツォツィル語 [ 4] (ツォツィルご、英 : Tzotzil 、原語名 Bats'i k'op またはBatz'i k'op [ɓät͡sʼi kʼɔpʰ] )とはメキシコ のチアパス州 でインディヘナ のツォツィル族 により話されているマヤ語 の一つである。大半の話者はスペイン語 を第二言語とするバイリンガル である。Central Chiapas[訳語疑問点 ] には、ツォツィル語で授業を行う小中学校も存在する[ 5] 。ツェルタル語 がツォツィル語と最も関連深い言語で、両者はマヤ語族のツェルタル・グループを形成する。ツェルタル語やツォツィル語、チョル語 はチアパスでは最も広く話されている言語 である。また、自称 であるBats'i k'op は〈真の言葉〉を意味する[ 6] 。
方言
ツォツィル語にはチアパス州内の地域名にちなんだ六つの方言(チャムーラ (英語版 ) 、シナカンタン (英語版 ) 、サン・アンドレス・ララインサル (英語版 ) 、ウイシュタン (英語版 ) 、チェナロー (英語版 ) 、ベヌスティアーノ・カランサ (英語版 ) )があり、相互理解可能性 もまちまちである[ 7] 。
表記揺れについて
インディヘナ言語・芸術・文学センター (CELALI)は2002年、言語名(ならびに民族名)はTzotzilよりTsotsil と綴られるべきであるとした。
音韻論
母音
ツォツィル語には五つの母音がある。oとuは円唇 と非円唇 の間で揺れ動き、非円唇母音をそれぞれö、üと綴ることも提唱されている。
前舌
中舌
後舌
狭
i [i]
u [ü ɯ]
中央
e [e̞]
o [o̞ ɤ̞]
広
a [ä]
声門化子音の前では、母音は長母音化や緊張化する模様である(例: tak'in 〈お金〉のa )。
子音
唇
歯茎
硬口蓋
軟口蓋
声門
帯気
放出
帯気
放出
帯気
放出
帯気
放出
鼻
m [m]
n [n]
破裂
b [b̪]
p' [pʼ]
t [tʰ]
t' [tʼ]
k [kʰ]
k' [kʼ]
' [ʔ]
破擦
p [ɸʰ]
ts /tz [tsʰ]
ts' /tz' [tsʼ]
ch [tʃʰ]
ch' [tʃʼ]
摩擦
v [v] , [f]
s [s]
x [ʃ]
j [ħ]
接近
l [l]
y [j]
はじき
r [ɾ]
/v/ は子音連結 中や早口で話される際には無声化して[f] という発音となる場合がある。
/b/ は特に母音間や語頭に位置する際に入破音 [ɓ] となることが多い。また、語頭でわずかに声門音化される。
/kʰ pʰ tʰ/ は語末において更に帯気が激しくなる。
/w d f ɡ/ はよく現れるが、借用語に限られる(例: bweno < スペイン語 bueno )。
帯気音や放出音は音韻的な対照性をなす。たとえばkok、kok'、k'ok'の三つはいずれも〈私の脚〉、〈私の舌〉、〈火〉という様に全く異なる意味を持つ。
音節構造
ツォツィル語の単語は全て子音で始まる(声門閉鎖音 もありえる)。子音連結は許容されるが、ほぼ常に語の最初で見られ、接頭辞 と語根 から成るものである。ツォツィル語において語根は以下の様な形で現れる。
※…Cは子音、Vは母音を表す。
CVC (例: t'ul 〈うさぎ〉)
CV (例: to 〈依然〉)
CVCVC(例: bik'it 〈小さい〉)
CV(C)VC(例: xu(v)it 〈(ミミズ型の)虫〉)、二番目の子音は方言によっては脱落する)
CVC-CVC(例: ’ajnil 〈妻〉)
CVCV (例: ’ama 〈笛〉)
CVC-CV (例: vo'ne 〈昔に〉)
最も一般的な組み合わせはCVCである。ほとんど全てのツォツィル語の単語はCVCの語根に何らかの接辞 がつけられたものと分析される。
強勢と抑揚
普通発話において強勢は語ごとに語根の最初の音節に置かれ、句の最後の語に著しい強勢が置かれる。孤立している語の場合、最初の強勢は-luh 〈一人称複数排除の接尾辞 〉のある感情動詞 (affective verb )や二音節の重複した語幹を除き最後の音節に置かれる。こうした要素から、強勢は必ず予測できるものではないため、アキュート アクセントで示される。ツォツィル語の変種のうちベヌスティアノ・カランサのサン・バルトロメ・デロス・リャノス(San Bartolomé de Los Llanos)のものは、Sarles (1966) により二種類の音韻的な声調 を有していると分析された[ 8] 。しかし、エリベルト・アベリノ (Heriberto Avelino)による2010年の研究調査では、声調の対照性を明確に確認することはできなかった[ 9] 。
音韻学的過程
母音間で/b/は前声門化され、これに子音が続く場合にb 音は「声門閉鎖音 + 有声のm 」となる。語末の位置において、b 音は「声門閉鎖音 + 無声のm 」となる。従ってtzeb 〈少女〉は[tseʔm̥] という発音となる。
接辞を加えた結果二重の摩擦音となる場合、片方のみが発音される。従ってxx, ss, nn, jjはそれぞれx [ʃ] 、s [s] 、n [n] 、j [h] という発音とする必要がある。たとえば、ta ssut 〈彼は戻ってくるところだ〉は[ta sut]と発音される。左記以外の二重子音はそのままの形で発音される。たとえば、動詞の構造中や同じ種類の子音が等位接続する音節で現れる語中のtztzやchchなどはそのまま重複して発音される(例: chchan 〈彼はそれを悟る〉 → [tʃ-tʃan])。
s 音が接頭辞の一部としてch, ch', xで始まる語根に接続する場合、x に変化する。
x 音が接頭辞の一部として語頭や語尾にtzやsがある語根に接続する場合、 s に変化する。
形態論
ツォツィル語においては名詞 、動詞 、限定詞 のみが語形変化し得る。
名詞
名詞は所有や反射関係 、絶対接尾辞 (absolutive suffix )によるindependent state、数 や排除の接辞の他、行為者や名詞化の成語要素をとる。複合語は以下の三通りの方法によって形成され得る。
名詞の語根 + 名詞の語根 (例: jol-vitz 〈頂上〉 「頭-丘」)
動詞の語根 + 名詞の語根 (例: k'at-in-bak 〈地獄〉 「燃やす-骨」
限定詞の語根 または 不変化詞 + 名詞の語根 (例: unen-vinik 〈小人〉 「小さい-人」)
名詞につく接頭辞の例としては〈飼い馴らされていない動物〉を示すx- が挙げられる(例: x-t'el 〈大トカゲ 〉)。
名詞複数形を作るための接尾辞は名詞が所有されるものであるか否かなどに基づいて変化する。
-t-ik, -ik 所有されるものを表す名詞を複数形にするために用いられる接尾辞で、所有の接頭辞と関連性を持つ(例: s-chikin-ik 〈彼の/彼女の/彼らの耳〉、k-ich'ak-t-ik 〈私たちの爪 数枚〉)
-et-ik 所有されないものを表す名詞を複数形にするために用いられる接尾辞(例: vitz-et-ik 〈いくつかの丘〉、mut-et-ik 〈鳥たち〉)
-t-ak 二つで一組のものを表すものや、物と所有者との組み合わせを複数形とするための接尾辞(例: j-chikin-t-ak 〈私の両耳〉、s-bi-t-ak 〈彼らの名〉)。
身体の一部や親族を表す語彙などの名詞は必ず所有されるものと見做される。こうした名詞は基本的に所有の接頭辞無しで用いることが不可能で、例外は絶対接尾辞と共に用いることによって所有者が限定されないことを表す場合である。所有接頭辞は以下のものが挙げられる。
単数
複数
包含
排除
一人称
k- / j-
k-...-t-ik / j-...-t-ik
k-...-kutik(シナカンタン方言: k-...-tikotik) / j...-kutik(シナカンタン方言: j-...-tikotik)
二人称
av- / a-
av-...-ik / a-...-ik
三人称
y- / s-
y-...-ik / s-...-ik
二種類の接頭辞のうち、左側のものは母音で始まる語根の前で、右側のものは子音で始まる語根の前でそれぞれ用いられるものである。たとえば、k- + ok → kok 〈私の脚〉、j- + ba → jba 〈私の顔〉の様になる。なお、この所有接辞は他動詞 の主語 を表す際にも用いられる。
絶対接尾辞は通例-il であるが、-el 、-al 、-ol といった別形も存在する(例: k'ob-ol 〈誰かの手〉)[ 10] 。
動詞
動詞には相 、時制 、pronominal subject and object[訳語疑問点 ] の接辞や状態 、態 、法 、数の成語要素がつく。これらもやはり以下の三通りの方法により複合語を形成することが可能である。
動詞 + 名詞 (例: tzob-tak'in 〈集金する〉)
動詞 + 動詞 (例: mukul-milvan 〈殺害する〉)
限定詞 + 動詞 (例: ch'ul-totin 〈名親となる〉)[ 10]
また、動詞体系には能格性 が認められる(#動詞の照応 を参照)。能格(人称A)を表す接辞は所有接辞に等しい。絶対格 (人称B)を表す接辞は接頭辞と接尾辞の二種類が存在し、方言によって用いられ方にばらつきが見られる。
単数
複数
包含
排除
一人称
i-, -un (シナカンタン方言: -on)
i-, -utik
i-, -unkutik (シナカンタン方言: -otikotik)
二人称
a-, -ot
a-, -oxuk
三人称
なし[ 注 1]
-ik
限定詞
限定詞とは述語 として機能するものの、動詞にも名詞にも属さない語のことである。英語ではadjective (形容詞 )と訳すことができる場合が多い。動詞の様に相によって語形変化する訳ではなく、名詞のように名詞句の先頭に立つことや所有接辞と結びつくことができる訳でもない。限定詞が複合語の一部となるには以下の三通りの方法がある。
動詞の語根 + 名詞 (例: ma'-sat 〈盲目の〉 「良くない-目」)
残り二つは色に関するものである。
2. 色の限定詞 + 動詞の語根 + 成語要素 -an 〈陰、陰のかかった色の〉 (例: k'an-set'-an 〈黄の陰〉)
3. 色の限定詞の繰り返し + -t-ik 〈複数化の接尾辞〉 (例: tzoj-tzoj-t-ik < tzoj "赤" この構造は色の強さを示唆する。)[ 10]
冠詞
ツォツィル語には定冠詞 が存在する。ti , li , i といったヴァリエーションが存在し、定冠詞で修飾された語の末尾には接語 -e が付加される[ 11] (例: vinik 〈人〉 → ti vinik-e )。
統語論
ツォツィル語の基本語順はVOS型 (動詞-目的語-主語)である[ 12] 。主語や直接目的語は格 としては表されない。述語は主語や直接目的語と共に人称や、数にも一致する。強調されない人称代名詞は常に省かれる[ 13] 。
動詞の照応
ツォツィル語の照応体系は能格-絶対格型 であるため、自動詞の主語と他動詞の直接目的語とは同じ接辞の組によって表され、他動詞の主語はそれとは異なる接辞の組によって表される。たとえば、以下の文に用いられている接辞を比較されたい。
l- i- tal -otik 〈私たち(包括 )が参った〉
'i j- pet -tik lok'el ti vinik -e 〈私たち(包括)が人をさらった〉
一つ目の文においては自動詞tal 〈来る〉に-i-...-otik という主語が一人称・複数・包括であることを示す接辞が付加されているが、もう一方の文においては動詞pet 〈運ぶ〉が他動詞であるため一人称・複数・包括であることを示すためにj-...-tik という別の接辞が用いられている。
l- i- s- pet -otik 〈彼が私たち(包括)をさらった〉
そしてこの三つ目の文から、一人称・複数・包括では目的語〈私たちを〉は一人称・複数・包括の自動詞主語〈私たちが〉と同じ-i-...-otik という接辞で表されていることが見てとれる。故に、-i-...-otik は一人称・複数・包括の絶対格用のマーカーで、j-...-tik は同じ人称・数・包括性の能格用のマーカーである。
またl- i- s- pet -otik の文からは三人称用の能格マーカーがs-であることも分かるが、これは三人称の絶対格用マーカーがØ、つまり無しであることと対照を為している(参考: 'i- tal 〈彼/彼女/それ/彼らが来た〉)[ 13] 。
サン・アンドレス・ララインサル方言において他動詞の取りうる形態は大まかに以下の通りである[ 注 2] 。
maj 〈ぶつ〉
目的語
一人称
二人称
三人称
主語
一人称
不完全相
-
ajmaj
jmaj
完全相
jmajot
二人称
不完全相
amajun
-
amaj
完全相
三人称
不完全相
ismaj
asmaj
smaj
完全相
lismaj
smajot
数の表し方
多くの名詞と共に、数は数えられるものの特徴に対応する助数詞 と必ず組み合わせられる。数-助数詞と組み合わせたものは、数えられる名詞の前に来る。たとえばvak-p'ej na 〈六軒の家〉において、〈丸いもの〉や〈家〉、〈花〉などに用いられる助数詞-p'ej は数vak 〈六〉と結びつき、na 〈家〉の前に来ている[ 14] 。
語彙の例
また、スペイン語からの借用語も多く存在する。
rominko < domingo 〈日曜日〉
pero < pero 〈しかし〉
preserente < presidente 〈大統領〉
bino < vino 〈ワイン〉[ 14] [ 15]
辞書・文法書
1975年、スミソニアン博物館 が3000語から成るツォツィル語の英語訳辞書を製作した[ 注 3] 。ツォツィル語の単語一覧表や文法書は19世紀 末にまで遡り、特に重要であるのはオットー・シュトル (英語版 ) の Zur Ethnographie der Republik Guatemala (1884年)である[ 16] 。
典礼における使用
2013年、教皇フランチェスコ1世 はミサの祈祷文や秘蹟 の儀式をツォツィル語やツェルタル語に翻訳することを認めた。
メディア
ツォツィル語のラジオ番組はCDI (en ) のラジオ局XEVFS (英語版 ) (ラス・マルガリタス (英語版 ) )やコパイナラ (英語版 ) のXECOPA (英語版 ) によって放送されている。
ツォツィル語により信徒団体を規定した植民地期の文書
脚注
注釈
^ 文法書においてはø-, -øなどの様に表される。
^ ここで示された不完全相形の前には不変化詞ta や接頭辞x- , ch- が、完全相形の前には不変化詞la(j) が付く場合がある。
^ Laughlin (1975) のことを指す。後に改訂・拡充版として Laughlin (1988) も発表されている。
出典
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^ Laurie Bauer, 2007, The Linguistics Student’s Handbook , Edinburgh
^ “アーカイブされたコピー ”. 2007年2月5日時点のオリジナル よりアーカイブ。2008年1月29日 閲覧。 ] 文法のレジュメ
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^ Dryer (2013) .
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^ a b Haviland (1981). op.cit.
^ Laughlin (1975). op. cit.
^ Dienhart (1997), "Data Sources Listed by Author" を参照。
参考文献
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Dryer, Matthew S. (2013) "Feature 81A: Order of Subject, Object and Verb ". In: Dryer, Matthew S.; Haspelmath, Martin, eds. The World Atlas of Language Structures Online . Leipzig: Max Planck Institute for Evolutionary Anthropology. http://wals.info/
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関連文献
Dienhart, John M. (1997年). “The Mayan Languages- A Comparative Vocabulary ” (electronic version). Odense University . 2007年8月20日 閲覧。
García de León, Antonio (1971) (スペイン語). Los elementos del Tzotzil colonial y moderno . México: Universidad Nacional Autónoma de México
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外部リンク