スタテンアイランドの衛星写真
スタテンアイランド [ 注釈 1] (Staten Island, 英語発音: [ˈstætən ˈailənd] ) またはスタテン島 (スタテンとう)は、アメリカ合衆国 ニューヨーク州 ニューヨーク市 に属する島 で、ニューヨーク湾 内にある。周辺の小さな無人島を含め、ニューヨーク市に5つある行政区 のうちの1つ(スタテンアイランド区[ 注釈 1] 、スタテン島区[ 2] 、Borough of Staten Island )となっている。
概要
スタテンアイランド区はニューヨーク市の行政区の一つだが、他の4つの行政区と同様、それ自体でニューヨーク州の一つの郡 をなしており (リッチモンド郡 、Richmond County)、区域は郡域と同じである。1975年 までは行政区としての名称も「リッチモンド区」であった。
ニューヨーク開拓当時の面影をわずかながらも残す地域であり、住宅地ののどかな風景が広がる。
北端にはスタテンアイランド・ヤンキース (ニューヨーク・ヤンキース 傘下のマイナーリーグ チーム、2020年 シーズン後に解散)の本拠地だったリッチモンド・カウンティ・バンク・ボールパーク がある。内陸部にはニューヨーク市立大学スタテンアイランド校 や、スタテンアイランド病院、リッチモンド・タウン歴史地区 (英語版 ) 、爬虫類で知られるスタテンアイランド動物園 (英語版 ) などがあり、同区の文化の中心となっている。
中西部のフレッシュ・キルズ (英語版 ) には、ニューヨーク市のごみ処理場があった。アメリカ同時多発テロ事件 で崩壊したワールドトレードセンター の残骸の分別もここで行われた。フレッシュ・キルズ埋立地 (英語版 ) はかつて世界最大の埋立地 であり、体積にして万里の長城 を超える世界最大の人工建造物であった[ 3] [ 4] 。フレッシュキルズ・パーク の建設が2008年10月に始まり、少なくとも30年間は段階的に継続する予定である。2035年から37年までに全体の完成をみるが、マンハッタン にあるセントラルパーク の約3倍の規模で、ニューヨークで2番目に大きい公園となる。
2018年8月の開業を目標に、世界最大の観覧車となる予定であるニューヨーク・ホイール (英語版 ) がスタテンアイランド・フェリー のセント・ジョージ・ターミナル の近くに建設する計画があったが、2018年10月23日に建設中止が発表された[ 5] 。
地理
スタテンアイランドはニューヨーク市の南西部、アッパー・ニューヨーク湾 の入口に位置し、他の市域とは東のニューヨーク湾で隔てられている。
北はキル・ヴァン・カル (英語版 ) 、西はアーサー・キル (海峡)が隣のニュージャージー州 との境となっている。
アメリカ合衆国統計局 によると、リッチモンド郡(スタテンアイランド区)は総面積265.5 km2 (102.5 mi2 ) で、うち151.5 km2 (58.5 mi2 ) が陸地、114.0 km2 (44.0 mi2 ) が水域である。総面積の42.95%が水域となっている。
歴史
北アメリカの他の大部分の土地と同じように、この島への人類の居住は氷床の後退とともにすぐさま始まった。約14,000年前のクローヴィス文化 の遺物がこの島で発見されている。
大型哺乳類 が島内から絶滅したことにより、一度はこの島から人類がいなくなったと考えられている。アメリカン・インディアン が定住して農耕を始めたのは約5,000年前に遡ると見られているが[ 6] 、より古い年代の人類が居住した遺物はこの島の複数の箇所で発見されている[ 7] 。
ヨーロッパ人がこの地に到来したとき、この島の住民はウナミ 区域レナペ族 であるラリタン集団 であった。スタテンアイランドはアルゴンキン語族 であるレナペの言葉で"悪い木の遠い地"を意味するAquehonga Manacknong または"悪い木"を意味するEghquhous と呼ばれていた[ 8] 。この地域はen:Lenapehoking として知られるレナペの本土の一部であった。
最初にこの地に到達したヨーロッパ人は、フランス王フランソワ1世 に雇われたイタリア人探検家のジョバンニ・ダ・ヴェラッツァーノ である。彼は1520年にフランスのen:La Dauphine 号でザ・ナローズ (英語版 ) に到達し、一晩停泊した。
1609年、オランダ王国 から派遣されたイギリス人探検家のヘンリー・ハドソン はHalf Moon 号でアッパー・ニューヨーク湾 に到達した。オランダ人はこの島を、オランダの議会Staten-Generaal の栄誉を称えStaaten Eylandt (英:"States Island")と命名した(背景に関してはen:Generality Lands も参照のこと )。
このエリアでの最初のオランダ人の定住はニューネーデルラント 植民地として1624年にガバナーズ島 で始まった。それ以前にも、ガバナーズ島では貿易のためのキャンプが10年以上行われていた。1626年、この彼らの植民地はマンハッタン島 へと移った。マンハッタン島はニューネーデルラントの首都ニューアムステルダム となった。
オランダ人によるStaaten Eylandt (スタテンアイランド)への定住は何十年も始まらなかった。1639年から1655年、en:Cornelis Melyn とDavid de Vries はこの島への定住を三度試みたが、原住民との対立のために定住地は破壊され全て失敗に終わった[ 9] 。1661年、最初のオランダ人による定住はOulde Dorp (オランダ語で古い村, "Old Village")で始まった[ 10] 。これはザ・ナローズ (英語版 ) のすぐ南、サウス・ビーチ (英語版 ) のすぐ近くであった。Oude Dorpの名残は、Old Town という地区 名として残っている[ 11] 。New Dorp 地区はOude Dorpの拡張された地区である。
第二次英蘭戦争 (英語版 ) の終了時の1667年、オランダはブレダの和約 によってニューネーデルラントをイングランドへ譲渡した。こうして、ニューヨーク植民地 の一部として、Staaten Eylandt は英語化 され"Staten Island"となった。
1683年に、ニューヨーク植民地は10の郡に分割され、スタテンアイランドと近隣の幾つかの小島はリッチモンド郡となった。この名前は、当時のイングランド王 であったチャールズ2世 の息子、初代リッチモンド公 チャールズ・レノックス の爵位名から取られている。
アメリカ独立戦争 において、スタテンアイランドはいくつかの役割を担うことになる。1776年、ニューヨーク・ニュージャージー方面作戦 の端緒としてイギリス軍はスタテン島に兵力を集めた。また同年、スタテン島和平協議 がこの島で開催された。1777年には、スタテン島の戦い の舞台にもなった。
1898年、スタテンアイランドはニューヨーク市の一部として併合された。当初の行政区 名は郡名と合わせてリッチモンド区であったが、1975年にスタテンアイランド区と改称された。
1993年、住民投票でスタテンアイランドのニューヨーク市からの分離が可決されたが、結局現在まで分離はなされていない(シティ・オブ・グレーター・ニューヨーク#スタテンアイランド分離 参照)。
人口統計
2000年の国勢調査 によると、スタテンアイランド区(リッチモンド郡)には人口443,728人、156,341世帯、114,128家族が暮らしている。人口密度は2,929.6/km2 (7,587.9/mi2 ) である。163,993軒の住宅があり、面積あたりの平均戸数は1,082.7/km2 (2,804.3/mi2 ) である。人種的な構成は白人 77.60%、アフリカ系 9.67%、ネイティブ・アメリカン 0.25%、アジア系 5.65%、オセアニア系 (英語版 ) [ 注釈 2] 0.04%、その他の人種4.14%、および混血2.65%である。人口の12.07%がヒスパニック またはラテン系 である。
2000年、スタテンアイランドでのおもなヨーロッパ系の比率は以下のとおりである。
交通
メトロポリタン・トランスポーテーション・オーソリティ(MTA) 傘下のスタテンアイランド鉄道 が東岸に沿って島の南北を結んでいるが、島外と連絡する鉄道はなく、スタテンアイランド・フェリー (無料)がマンハッタン のホワイトホール・ターミナル とスタテンアイランドのセント・ジョージ・ターミナル の間で運行されている。
島の内外の連絡路としては、東のブルックリン区 との間にはザ・ナローズ (英語版 ) (ヴェラザノ=ナローズ橋 )、隣のニュージャージー州 との間には北からベイヨン橋 (英語版 ) 、ゴーサルズ橋 (英語版 ) 、アウターブリッジ・クロッシング (英語版 ) の3橋がある。
関連項目
ニューヨーク市の行政区要覧
領域
人口
面積
行政区
郡
(2010年4月1日国勢調査 )
mi²
km²
1. マンハッタン
ニューヨーク
1,626,159
23
59
2. ブルックリン
キングズ
2,592,149
71
183
3. クイーンズ
クイーンズ
2,296,175
109
283
4. ブロンクス
ブロンクス
1,418,733
42
109
5. スタテンアイランド
リッチモンド
472,621
58
151
ニューヨーク市
8,405,830
303
786
19,651,127
47,214
122,284
出典: アメリカ合衆国国勢調査局 [ 12] [ 13]
脚注
注釈
出典
^ “Quickfacts.census.gov ”. 12 August 2023 閲覧。
^ 用例: “ニューヨーク市の犯罪情勢 [2012会計年度犯罪統計] ”. 在ニューヨーク日本国総領事館 (2012年10月1日). 2015年4月23日 閲覧。
^ “Fresh Kills Park Project Introduction ”. New York City Department of City Planning (2007年). 2007年8月13日 閲覧。
^
John, Lloyd ; Mitchinson, John (2006-10-05). QI: The Book of General Ignorance . Faber and Faber. pp. 114-115. ISBN 0-571-23368-6
^ “スタテン島の大観覧車、建設を中止 NY市の協力得られず、投資家が発表 ”. 2019年3月15日 閲覧。
^ Jackson, 1995
^ Ritchie, 1963
^ History of Richmond County (Staten Island), New York . https://books.google.co.jp/books?id=IswpAQAAMAAJ&pg=PA1&lpg=PA1&dq=Aquehonga+Manacknong&source=bl&ots=6mqPoapbF0&sig=yi5eItry_qKAlCoK8Fy89nb9iq0&hl=en&sa=X&ei=f19SU7L-FLTEsAT9_YCoBw&redir_esc=y#v=onepage&q=Aquehonga%20Manacknong&f=false
^ Russell Shorto , The Island at the Center of the World: The Epic Story of Dutch Manhattan and the Forgotten Colony that Shaped America. First Edition. New York City : Vintage Books (a Division of Random House , 2004), ISBN 1-4000-7867-9
^ Ellis, Edward Robb (1966). The Epic of New York City . Old Town Books. p. 55
^ Scheltema, Gajus and Westerhuijs, Heleen (eds.), Exploring Historic Dutch New York . Museum of the City of New York/Dover Publications, New York (2011) ISBN 978-0-486-48637-6
^ Per the County and City Data Book:2007 (U.S. Census Bureau), Table B-1, Area and Population , retrieved on July 12, 2008, New York County (Manhattan) was the nation's densest-populated county, followed by Kings County (Brooklyn), Bronx County, Queens County and San Francisco, California .
^ American Fact Finder (U.S. Census Bureau): New York by County - Table GCT-PH1. Population, Housing Units, Area, and Density: 2000 Data Set: Census 2000 Summary File 1 (SF 1) 100-Percent Data , retrieved on February 6, 2009
外部リンク