クキ・チン諸語(クキ・チンしょご、Kuki-Chin)は、シナ・チベット語族チベット・ビルマ語派に属する言語群である。北東インド (アッサム州、ミゾラム州、マニプル州等)、ミャンマー (チン州、ラカイン州、ザガイン地方域、マグウェ地方域)、及びバングラデシュ (チッタゴン管区) で用いられている。ミゾ・クキ・チン諸語(Mizo-Kuki-Chin)やクキッシュ(Kukish)とも呼ばれる。
クキ・チン諸族の大部分はインドのアッサム州で暮らすクキ族(英語版)か、ミャンマーで暮らすチン族として知られている。なお、クキ・チン諸族の一部は、ナガ族としても分類されている。さらに、クキ・チン諸族はミゾ族(英語版)(ルシャイ族(英語版))とは民族学的に異なる。
カルビ語(英語版)がクキ・チン諸語と関連する言語であるか、あるいはクキ・チン諸語の1派であることには一般的同意が得られている。しかしながら、Thurgood の著作(2003)では、カルビ語はチベット・ビルマ語派に分類されていない。なお、ムル語(英語版)はかつてクキ・チン諸語へ分類されていたが、現在はロロ・ビルマ諸語と関連の深い言語であると考えられている。
下位分類
クキ族やチン族が暮らす地域は、基本的に険しい丘陵や山岳に囲まれており、政情も不安定である。このため、クキ・チン諸語の分布状況は、他のチベット・ビルマ諸語と比べてもはっきりとしない部分が多い。従来提唱されてきたクキ・チン諸語の下位区分は、いずれも暫定的なものに過ぎない。
Peterson (2017) は、クキ・チン諸語を北西語群(Northwestern)、北東語群(Northeastern)、中央語群(Central)、マラ語群(Maraic)、南西語群(Southwestern)、南東語群(Southeastern)の6つに分類している。
より古い文献においては、古態クキ語(Old Kuki)、北部チン語群、中央チン語群、南部チン語群という4分類も見られる。「古態クキ語」はPeterson (2017)の「北西語群」、「北部チン語群」は「北東語群」に概ね相当する。
Bradley (1997) は、マニプリ語(メイテイ語)もクキ・チン諸語に含めている。
祖語
VanBik (2009) は、比較方法を用いてクキ・チン諸語の祖語の再建を試みている。
類型論的特徴
他のチベット・ビルマ諸語と同様に、クキ・チン諸語は声調言語であり、SOV型を基本語順とする。名詞は後置修飾を受ける。
クキ・チン諸語は代名詞化言語(pronominalized language)であり、動詞には人称を表す接辞が付加される。同様の特徴は、ギャロン諸語やキランティ諸語、ヌン諸語やジンポー語等にも存在する。ただし、クキ・チン諸語における人称一致の体系は、これら他のチベット・ビルマ諸語とは独立に発達したものである。
多くのクキ・チン諸語において、動詞は2つの異なる語幹を持つ。両者は一定の文法的条件に応じて使い分けられる。以下の例文では、文の極性が語幹の区別に関与している。
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a. |
hŋaaktshia-nùu-niʔ |
bêel |
a-laak |
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子供-女-ERG |
壺 |
3SG.S-取る |
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| | 「少女が壺を取った。」
(VanBik 2021: 371) |
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b. |
hŋaaktshia-nùu-niʔ |
bêel |
a-làa |
lăw |
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子供-女-ERG |
壺 |
3SG.S-取る |
NEG |
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| | 「少女が壺を取らなかった。」
(VanBik 2021: 371) |
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a. |
anglo-lö |
l’ång |
la |
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少女-TOP |
壺 |
取る |
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| | 「少女が壺を取った。」
(VanBik 2021: 371) |
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b. |
anglo-lö |
l’ång |
lo-lä |
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少女-TOP |
壺 |
取る-NEG |
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| | 「少女が壺を取らなかった。」
(VanBik 2021: 371) |
チベット・ビルマ諸語にはしばしば、動詞に付いて動作の方向や様態を表す方向接辞が見られるが、これはクキ・チン諸語にも備わっている。
関連項目
出典
参考文献
- 西田, 龍雄 著「チン語支」、亀井孝, 河野六郎, 千野栄一 編『言語学大辞典 第二巻 世界言語篇(中)さ-に』三省堂、東京、1989年、995-1008頁。
- George van Driem (2001) Languages of the Himalayas: An Ethnolinguistic Handbook of the Greater Himalayan Region. Brill.
- Thurgood, Graham (2003), “A subgrouping of the Sino-Tibetan languages: The interaction between language contact, change, and inheritance”, The Sino-Tibetan languages, London: Routledge, pp. 3–21, ISBN 978-0-7007-1129-1.
- Peterson, David (2017), “On Kuki-Chin subgrouping”, Sociohistorical linguistics in Southeast Asia: New horizons for Tibeto-Burman studies in honor of David Bradley, Leiden: Brill, pp. 189-209, doi:10.1163/9789004350519_012.
- Van Bik, Kenneth (2009). Proto-Kuki-Chin: A reconstructed ancestor of the Kuki-Chin languages (STEDT [Sino-Tibetan Etymological Dictionary and Thesaurus] Monograph Series 8). Berkeley: University of California.
外部リンク